原子力システム研究開発事業
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成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

材料表面劣化計測技術を用いた耐腐食性高強度材料の研究開発

(受託者) 国立大学法人名古屋大学
(主任研究員) 柚原淳司 大学院工学研究科 准教授
(再委託先) 独立行政法人物質・材料研究機構

1.研究開発の背景とねらい

 原子炉材料の腐食や応力割れはナノ・原子スケールの材料表面から起こることから、材料表面上で生じる劣化をナノ・原子スケールで同定できる計測技術やこれら劣化要因を除くことにより材料性能を改善できる技術が求められている。本事業では、表面科学及びナノテクノロジー分野で広く利用され高度化された走査型プローブ顕微鏡等の既存の表面分析技術を組み合わせることにより、革新的原子炉用材料の性能評価をナノ・原子スケールで行える表面劣化計測技術を開発する。この表面劣化計測技術を用いて、表面における腐食要因を分析評価し、また、表面を耐腐食性薄膜で被覆もしくは表面合金化等の既存技術の複合化をすることにより材料の耐食性の改善を目指す。

2.研究開発成果

 本事業では、電子制御アクティブ除振台付きの超高真空走査型トンネル顕微鏡(STM)装置、X線光電子分光装置(XPS)装置、低速電子回折(LEED)装置、オージェ電子分光装置(AES)、走査トンネル分光装置(STS)、電子エネルギー損失分光装置(EELS)を複合化することにより、原子スケール表面劣化計測手法を開発した。さらに、試料表面の清浄化のためのkeVアルゴンイオンビームスパッタ装置、試料加熱装置(1200℃まで)、金属酸化物薄膜作製のための金属蒸着装置、酸素ガス暴露・ガス分析装置を備えた試料作製・腐食反応チェンバーを作製した(図1)。本事業では、特に、鉛ビスマス冷却高速炉の炉材料に用いる耐食性金属酸化物薄膜の開発を目指している。そこで、基板材料としてはニッケルを含まないフェライト鋼SUS430を用いたが、比較として、基板材料にオーステナイト鋼SUS304も用いた。
 まず始めに、単結晶および多結晶のSUS430を用いて、表面観察試験を実施した。超高真空チェンバー内にて試料表面をアルゴンイオンスパッタリングとアニーリングにより清浄化処理をした後のSTM像を図2に示す。図2(a)はSUS430(111)表面のSTM像である。加熱によりクロムが表面偏析し、トライアングルナノクラスターを形成していることがわかる。図2(b)は、クロムの表面偏析が起こらない作製条件でのSUS430(111)表面のSTM像であり、規則正しい表面構造を形成していることがわかる。図2(c)はSUS430多結晶表面のSTM像である。多結晶粒の一つを観察しているが、表面は柱状微粒子のような凸凹が数多く観察され、(111)、(100)、(110)面といった安定な低指数面により構成されていると考えられる。
 次に、鉛ビスマス冷却高速炉の炉材料に用いる耐食性金属酸化物薄膜の開発のため、SUS430多結晶表面へ酸化バナジウム薄膜を作製しビスマスを2ML蒸着後、試料を加熱しビスマスと金属酸化薄膜との化学反応性を調べた。得られたXPSスペクトルを図3に示す。まず、バナジウム蒸着後400℃で酸化加熱すると(酸素分圧2x10-5Pa)、バナジウム、クロム、鉄のピークがすべて高結合側にシフトしていることがわかる。以上より、安定な表面酸化膜の作製には、酸素ガス存在下で400℃に加熱する必要があることがわかった。次に、ビスマスを2ML蒸着後、400℃から700℃範囲で真空加熱をした。酸化バナジウムは500℃までは安定に存在したが、600℃以上で崩壊していくことがわかった。酸化バナジウムの崩壊に伴い、酸化クロム膜が形成されることが判明した。質量損失速度は、600℃で0.06nm/min、年換算で32μm/yearであると見積もられた。酸化チタン薄膜も同様の実験を行ったが、500℃以下でチタンがステンレス中へ溶解してしまうことが判明した。
 最後に、溶融鉛ビスマス冷却材が炉材料中の結晶粒界等にとけ込んだ場合を模擬して、半金属ナノ薄膜を実現し、膜厚、温度をパラメータとして、ナノスケールにおける構造安定性や融点等の熱物性における未解明の挙動を明らかにするための実験を行った。
 ナノスケール2次元ビスマスをシリコン結晶上に試作し、スポット分析型低速電子回折(SPALEED)法による格子定数の温度変化を測定した。表面垂直方向の熱膨張(層間距離の増大)は、図4に示すように温度上昇とともに増し、350Kにおいてさらに急激に増加した。当初、この急激な増加は表面融解に起因すると考えていたが、回折スポット間のバックグラウンドが殆ど変化していないことから、融解ではないことが明らかに なった。そこで表面並行方向への熱膨張を同時に測定したところ、350K以上では膨張が減少することが分かった。熱膨張係数の値として比較すると、垂直方向がα=1.0×10-4 K-1 となりバルク値から6倍増加しているのに対して、水平方向がα||=0.9×10-5 K-1 とバルクの値から20%程度も減少している。このことから、350K以上ではナノスケール程度の薄いビスマスは、表面界面垂直方向への熱膨張が大きくなるかわりに、界面に垂直な方向には逆に熱膨張が減少し、格子がハード化していることが明らかになった。

3.今後の展望

 次世代の革新的原子炉の構造材の開発において、材料を取り巻く環境を一つ一つ制御することが可能な超高真空チェンバー内にて原子スケール表面劣化計測技術により材料を評価することにより、これまでとは異なる視点から腐食・融解等の研究を進めることが本研究により可能となった。今後は鉛ビスマス高速炉やナトリウム高速炉に用いる炉材料となるフェライト鋼に様々な金属酸化物薄膜を作製し、耐食性試験を行うことによりステンレス材料の耐食性の改善を目指す。
Japan Science and Technology Agency
科学技術振興機構 原子力システム研究開発事業 原子力業務室