原子力システム研究開発事業
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成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

ナトリウム流動の可視化による高速炉 気液界面・速度場の計測制御に関する研究開発

(受託者)国立大学法人大阪大学
(研究代表者)福田武司 大学院工学研究科 教授
(再委託先)独立行政法人日本原子力研究開発機構

1.研究開発の背景とねらい

 本事業では、最先端の非線形波長変換技術を駆使した真空紫外(VUV)域高出力レーザーを用いてナトリウムの光学物性を検証することにより、従来不可能であると考えられてきたナトリウム流動の構造可視化を実現する。また、渦の生成消滅過程を含む動力学研究基盤を高速炉の気液界面・速度場の計測に応用し、ガス巻き込み現象評価指針の検証ならびにナトリウム体系における電磁気力を用いた熱流動制御に係わる革新技術の基盤形成に資することを目的とする。

2.研究開発成果

 最外殻電子数が1個の第一族アルカリ金属元素は、高強度レーザー光電場との相互作用の観点で、従来から学術的に注目されてきたが、反射係数が顕著に低減するプラズマ端以下の短波長領域における屈折率と消衰係数(減衰率)は未だ正確に評価されていない。本事業では、高速炉の冷却材として有力なナトリウムに注目し、非線形波長変換で生成したVUVレーザー光を用いた流動場計測の成立性を検証するため、過去に例を見ない観測窓試験の成果をもとに、ナトリウムの分光透過率測定を実施した。この結果を速度場計測と流動制御試験装置の構造設計に反映するとともに、応用研究の一環として、高速炉におけるガス巻き込み現象[1]の評価手法確立に資するため、ナトリウム試験に先立って同一の構造寸法を持つ試験装置で水模擬ガス巻き込み実験を行い、概ね数値計算の結果と整合することを確認した。また、ナトリウム流動場計測に係わる最適試験条件を定量予測するとともに、乱流数値解析モデルを用いて速度場制御の可能性を検証した。

(1) ナトリウム流動場の可視化計測技術の評価
①観測窓の適用性検証試験
 VUV域光学材料として一般に用いられているMgF2とCaF2の2mm厚基板(20mmφ)を325℃の液体ナトリウムに各々1ヶ月間浸漬(500℃加熱時は、過剰にナトリウム蒸気の発生したことから浸漬を1時間で停止)し、機械強度試験に加えて試験試料表面の電子顕微鏡観測、特性X線成分元素分析、VUV域分光透過率測定等を実施した。その結果、酸化還元電位がナトリウムより大きい(Li>Ca>Na>Mg)Caを成分とするCaF2が観測窓として適用可能であることが分かった。しかしながら、機械強度の半減と化学反応(0.5MgF2+Na→NaF+0.5Mg)による試料表面の劣化に加え、ナトリウム元素の母材侵入を確認(侵入深さ約20μm)したMgF2(図1)の方が浸漬後の分光透過率が約4倍高かった。図2にナトリウム浸漬前後におけるCaF2のVUV域分光透過特性を示す。また、材料強度が低く熱膨張係数が大きいLiF(VUV域レンズ材料)は、浸漬によって短時間で破断した。その他、インコネルX-750表面に窓材との親和性を鑑みてニッケルを蒸着したU字型シール材の実用性を明らかにした。
② VUV域におけるナトリウムの光学物性検証
 非線形光学結晶(KD*P:KD2PO4とBBO:BaB2O4)、Nd:YAGレーザーを用いた予備試験の結果に基づいて、最高出力6.3Wの独Lambda Physik社製 LPF-220 型F2レーザー(波長157nm)と高圧(<0.8MPa)高純度(99.99999%)水素ガスを封入したラマン・セル[2]を組合せたVUV光源を設計製作し、ナトリウムの分光透過特性を評価した。試験装置の外観を図3に示す。下部ダンプ・タンクで溶解したナトリウムをアルゴン・ガスの圧力で、2枚のCaF2観測窓間(間隙幅:2mm-10mm)に移送し、透過光成分を焦点距離200mmのVUV分光器と光電子増倍管で観測する構造である。また、大気中における157nm光の減衰率が大きい(15Paで3dB/m)ことから光路全体を真空排気した。世界初の157nmレーザー光を用いた誘導ラマン散乱実験では、波長スペクトル特性と水素ガス圧依存性が理論値と異なり、低圧力(<0.1MPa)のもと、基本波長の157nmに加えて比較的高い強度が得られた波長成分139nmと146nm、173nmを用いてナトリウム分光特性評価試験を実施した。その結果、図4に示すように、基本波長である157nm近辺で>25%の透過率と厚み依存性を得た。しかしながら、迷光成分やナトリウム表面で生成する酸化物(Na2O)の寄与が観測されており、定量評価の精度向上が必要である。また、150nm近傍における信号強度の顕著な低減はCaF2窓材の分光透過特性に起因する。一方、<250℃の試験範囲では透過率の明確な温度依存性を検出していない。
③ ナトリウム流動場の計測制御技術の適用性評価
 波長157nmの光子エネルギーは7.9eVであり、基底準位のシリコンに対する吸収励起エネルギーに相当する。これは、波長157nmのレーザーを光源とし、シリコンを追跡元素としたPIV(粒子像速度計)速度場計測の実現性を示唆するものである。
 本事業では、速度場計測を目的とした流動機能装置の設計と検証試験の実施に際し、大規模数値計算を睨んだメッシュデータを作成し、数値解析による構造仕様の最適化と実験条件の検討を行った。また、ローレンツ力を応用した能動的乱流制御手法の評価に際しては、LES (Large Eddy Simulation)を用いた電磁流体の乱流数値解析[3]として、平行平板間流れの解析を実施(図5)し、磁場を印加することで乱流統計量が変化することを確認した。また、図6に示す配管合流部下流域での温度変動現象(サーマルストライピング)の緩和を具体的な対象とし、大規模数値解析のための解析条件、入力データの整備を行った。図7は磁場を印加しない条件での解析結果例であり、中心断面での瞬時温度分布および無次元温度差0.2, 0.5の等値面を表している。
(2)ガス巻き込み評価手法のナトリウムに対する検証
① 水流動試験
 ナトリウム体系でのガス巻込み試験を行うにあたり、VUVレーザーを用いた可視化が可能で現象を合理的に解明できる試験部の形状を水試験によりサーベイするとともに、物性値が異なるナトリウムと発生条件などを比較することを目的として水試験を計画実施した。試験で得られたガス巻込み現象の可視化画像を図8に示す。試験部に水平に流入する流れで作られる循環と下部に置いた吸込み管への下降流によって、渦が発達し液面からのガス巻込み現象が発生している。策定した試験体形状をナトリウム試験装置設計に反映した。試験では、可視光レーザーPIV計測を用いて、流入流速や流速分布に加え、くぼみ渦の深さなどのデータを幅広く取得し、数値計算の結果と概ね整合することを確認した。
② ナトリウム試験
 本事業で設計製作するナトリウム試験装置は、ナトリウムに接する観測窓を有する点、レーザー光が透過する長さを短くするために試験部の形状を矩形とする点など、これまでのナトリウム試験装置にない特殊な試験部を有する。これらを考慮し水試験で得られた試験部形状を元に可視化実証を行うナトリウム試験装置を設計した。これにより観察窓の破損に対する安全対策を含め矩形の試験部が成立する見通しを得た。図9に設計を行ったナトリウム試験部の形状を示す。平成19年11月末現在で、主要なナトリウム機器の工場製作を完了した。
③ 評価手法の検証解析
 既に開発済みのガス巻込み評価手法を水試験体系に適用し、試験条件などの設定に反映するとともに、水試験結果との比較を行った。入口流速などの試験条件が渦の挙動に及ぼす影響や、現状の評価手法の適用性について知見を得た。解析体系と液面下10mmでの水平断面内流速場の比較の一例を図10と図11に示す。現状で定性的には流れ場の一致が見られ、渦を伴う流れ場に対する本解析手法の妥当性を確認した。

3.今後の展望

(1)ナトリウム流動場の可視化計測技術の評価
 VUV領域で15以上の高い量子効率を持つ画像増幅器付高速(<5ns)CCDカメラを用いて、追跡元素を添加したナトリウム流動を2次元計測し、速度場の評価可能性を検証する。また、外部から電磁場を印加することにより、流れの制御性や液体金属を対象にした渦の動力学に踏み込み、電離気体を対象とした三間‐長谷川方程式の適用性を調べるとともに、電磁流体力学の基盤拡張となる新規学術分野を開拓し、高速炉における熱流動制御を目指した応用研究を幅広く展開する計画である。
 さらに、速度場の計測結果と数値解析結果との比較を実施することで、計測精度の検討を実施するとともに、数値実験を用いたナトリウム流動場の電磁力による制御試験への援用、妥当性評価を実施する。その他、これらの結果を用いて、サーマルストライピング現象における温度変動抑制機構の詳細な検討を実施する予定である。
(2)ガス巻き込み評価手法のナトリウムに対する検証
 VUVレーザーを用いた構造可視化研究の応用として、原子力機構大洗研究開発センターにてナトリウム試験を平成19年度末に開始し、ガス巻込み現象を確認する計画である。次年度にはVUVレーザーによるナトリウム中の可視化を試みる。また、ナトリウム中でのガス巻込み現象の発生条件を把握し、水試験結果と比較することで、物性値の影響を評価する。この結果に対して機構で開発したガス巻込み現象の評価手法を適用し、ナトリウムへの適用性を評価する。これらにより、ナトリウムを冷却材とする実機での現象を評価できるよう、本手法を検証する予定である。

4.参考文献

[1] 大島宏之他, ナトリウム冷却高速炉の自由液面ガス巻込み現象の評価, 日本原子力学会2006年春の年会, 熱流動部会企画セッション, TD26, p.733-736, 2006.
[2] A. Yariv,“Quantum Electronics”(Whiley, New York, 1975)2nd ed.
[3] T. Takata, A. Yamaguchi, M. Tanaka, H. Ohshima,“Application of Near Wall Model to Large Eddy Simulation based on Boundary Layer Approximation”, Proc. of ICONE14: Inter. Conf. Nucl. Eng., ICONE14-89608, Jul. 17-20, Miami, Florida, U.S.A., 2005.
Japan Science and Technology Agency
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