原子力システム研究開発事業
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成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

液体金属熱流動評価のための高速度3次元直接計測技術開発

(受託者)国立大学法人東京大学
(研究代表者)岡本孝司 大学院新領域創成科学研究科 教授
(再委託先)独立行政法人日本原子力研究開発機構

1.研究開発の背景とねらい

 本事業では液体金属冷却型高速増殖炉の炉心熱流動評価手法の信頼性向上と上部構造物における高サイクル疲労評価のための水流動高時間分解3次元計測技術を開発するとともに、これを応用した液体金属流動高時間分解3次元計測技術を開発し、水および液体金属の多次元温度-速度相関熱流動データベースの構築を目指す事を目的とする。
 液体金属冷却型高速増殖炉の炉心熱流動評価の高信頼性化は、次世代炉開発に重要な視点である。さらに、炉心上部構造物には、炉心からの高温と低温のナトリウムが混合せずに衝突することによって生ずる温度変動が高繰り返し応力として与えられ、材料の劣化を促進することが懸念されており(サーマルストライピング現象)、流速等が厳しい条件となる次世代炉では、より高周波数で詳細な評価が必要となっている。従来の研究では、実験による検証を経てシミュレーションを中心とした評価が行われてきた。しかし、この実験データは液体金属が不可視流体であることから、プロセスデータや熱電対などの局所温度変動などのバルク情報であった。サーマルストライピングや炉心流動は、温度と流動が畳重する場であり、過渡変動を含む詳細な3次元温度分布や流速分布情報が重要であるが、計測技術の限界から、これらは取得できていなかった。もし、これらの詳細な計測評価データを取得することが出来れば、サーマルストライピング現象の詳細な把握とともに、炉心熱流動評価の信頼性を飛躍的に高めることが可能となる。本事業においては、水流動と液体金属流動を対象とした計測技術を連携して開発し、上記の目的を達成する。

2.研究開発成果

2.1水流動高速度3次元直接計測技術開発
 液体金属冷却型高速増殖炉の炉心熱流動評価手法の信頼性向上と上部構造物における高サイクル疲労評価のための水流動高時間分解3次元計測技術を開発する。水などの透明流体の速度・温度計測では、従来、二次元PIV(Particle Image Velocimetry)法や蛍光染料を用いたLIF(Laser Induced Fruorescent)法が開発されてきた。しかし、 LIF法による温度計測は、測定系の不安定や、クエンチング現象などにより、高精度に測定することが容易ではない。
 本研究開発事業では、一度の励起で長時間発光する燐光を、高時間分解能で測定することにより、温度の関数である燐光寿命(減衰率)を測定し、温度を評価する。さらに燐光寿命に基づく温度計測とPIVの計測を組み合わせ、温度速度相関計測システムを開発する。定量速度場計測手法のPIVでは流れの中に、流れに追随するトレーサー粒子を混入させ、この移動量を分析することによって速度を算出する。そこで本研究開発事業では、この粒子に燐光染料を吸着させ、TSParticle (Temperature Sensitive Particle )を開発し、これを用いて温度速度相関計測システムを開発する。

2.1.1燐光寿命温度計測手法開発
 水流動計測技術開発に必要な、燐光寿命に基づく温度分布計測システムを開発するため、まずは染料の燐光寿命計測システムを構築した。光源は主にパルスレーザー(355nm、出力約7mJ、パルス幅約10ナノ秒)を用いた。発生する燐光をPINフォトダイオードで測定し、出力電圧をオシロスコープで記録した。このシステムで燐光寿命を計測し、燐光そのものがどのような周囲条件に影響されるのか、あらゆる視点から燐光特性を評価し、最適な染料とその最適な利用法を調査した。数多くの染料について調査を実施したが、ここでは代表的なユーロピウム錯体EuTTAについて示す。エタノールに溶かしたEuTTAをTLCプレートに吸着させ、空気中で温度を変化させた場合の燐光寿命を図1にまとめた。EuTAAの燐光寿命は、は非常に強い温度依存性を、20℃から100℃までという広い範囲にわたって保持していることが判る。染料溶液を励起して得られる蛍光強度から温度などを測定する通常のLIF法では、これほど広い温度範囲で応答する染料が報告された例は過去にない。蛍光に基づいた方法では、ある程度以上の温度になると温度クエンチングが著しくなり、温度変化による蛍光輝度変化が非常に小さくなる、または、測定限界を下回る。しかしこのユーロピウム錯体を用いた場合、20℃の場合には燐光寿命が1m秒を越え、100℃の場合でも100μ秒ほどであった。高温でも失活せず、広い温度範囲で応答する点において非常にロバストで実用的といえる。
 燐光寿命温度計測システムで用いる染料として、EuTTAは非常に有用である可能性が高いことがわかった。一方、温度速度相関計測システムの構築を考慮すると、ダイナミックPIVによる速度場計測との同時計測のためには、PIV用のトレーサー粒子が温度の情報も持つと便利である。そこでこのEuTTA染料をイオン交換樹脂や多孔質無機粒子に吸着させ、これらの粒子からでる燐光の寿命を調査した。尚、この温度計測可能なトレーサー粒子をTSParticle (Temperature Sensitive Particle)と命名する。図2は多孔質無機粒子に染料を吸着させた場合の燐光寿命と温度の関係を示している。イオン交換樹脂と多孔質無機粒子について、空気中及び水中で実験を行った結果、20℃から100℃までという広い範囲にわたって、燐光寿命が高い温度依存性を示し、100℃の場合でも寿命が100μ秒以上であった。ただし、染料を吸着させる粒子は状況に応じて最適なものを選択する必要がある。
 励起光の波長・出力、染料特性を総合的に考慮し、紫外線レーザー(355nm,10Hz,7mJ/pulse)とEuTTAを採用して計測システムを開発した。また、TSParticleに吸着させた染料が水中へ溶出することを防ぎ、確実に基礎データを取得するため、水中だけではなくオイル中でも試験を行った。オイル中で試験を行う場合は、水への溶出がないため粒子径分布の整った多孔質無機粒子型TSParticleが適している。指数関数的に減衰する燐光を確実に複数枚のフレームで撮影するため、フレーム間の時間差が短いダブルエクスポージャーモードで冷却型CCDカメラを駆動した。励起光や周囲のわずかな蛍光物質などの影響を避けるため、レーザー発光の1μ秒後から1フレーム目の露光を開始し、適当な露光時間ののち、150ナノ秒の間をあけて2枚目のフレームの露光を行う。2枚目のフレームの露光時間は制御できない。これ以降、1フレーム目の画像の輝度を2フレーム目の輝度で割ることで得られる比を、温度評価に重要な燐光寿命(減衰率)とみなす。
 多孔質無機粒子型TSParticleとオイルを用い、液面近傍に通電ヒーターを設置して液層の上側を徐々に加熱した場合の輝度変化を調べた。液面近傍の液温を31.5℃から62.6℃(液面下2mm)まで上昇させた結果、図3に示すように、温度が高くなったエリアのみ減衰率が高くなり、温度変化のほとんどない領域ではその変化がほとんどないという結果が得られた。すなわち、ある程度の誤差範囲内で、燐光寿命を用いた温度計測に成功した。
2.2 液体金属流動高速度3次元直接計測技術開発
 本事業では、ダイナミック中性子トモグラフィ(DNCT; Dynamic Neutron Computer Tomography)と命名した新計測技術(特願2006-168348号)を用いて液体金属流動の速度・温度同時高速度3次元計測データを取得することを目指すことを目的とする。DNCT技術は中性子ラジオグラフィ(NR)を基盤技術とした新計測技術である。NR技術を用いると液体金属は透明度の高い像として、トレーサは不透過な像として記録される。

2.2.1 DNCTシステム開発
 図4に、DNCTシステムの概略図を示す。DNCTシステムは原子炉炉心側から、①中性子制御系、②試験体位置制御系、③撮像系から構成されるシステムである。DNCTシステムの設計には、中性子線・γ線同時計算モンテカルロ解析コードであるMCNPを用いて、JRR-4の炉心からDNCTシステム全領域を内包する範囲で設計解析を実施し、この最適化の結果を反映したものづくりを実施した。MCNP解析で中性子制御系を設計し、決定した解析結果を図5に示す。(a)はコンバータ周囲での熱中性子束の3次元解析結果を、(b)はコンバータ位置での熱中性子束分布の詳細解析結果をそれぞれ示す。本MCNP解析から、①6本の熱中性子ビームが生成され、6面の投影像を3面のコンバータを用いて得ることができる見通しを得た。②熱中性子束の最高値は1x107[n/cm2s]を超え、画像増幅を行う事でNR像を得られる見通しを得た。
 DNCTの基本原理の確認および基礎的データの取得を目的として、製作したDNCTシステムをJRR-4の中性子照射室に設置し、炉内基礎試験を実施した。本試験では、JRR-4の原子炉定格出力3.5MWを約9分間維持する専用運転を1回実施した。
 図6に炉内基礎試験で使用した回転体内蔵試験体の概略図を示す。試験体の内部には、上部半分に中性子吸収体であるカドミウム線・小球(φ 1, 2mm)を埋め込んだアルミニウム製の回転ドラムがあり、制御パターンに従って回転する仕組みとなっている。なお、1.5rps時にドラム表面速度が約0.24m/sとなる。250fpsで記録したNR映像3セットの6方向からの画像データをDNCTデータ解析システム(RAIDEEN)を用いて、瞬時のCT値(マクロ断面積値に相当)までデータ解析を行った。図7は、CT計算を行い瞬時CT値分布を解析した結果の一例である。この図は試験体内の回転体が0.5rpsで回転している時間範囲内で、撮影速度が250fpsで記録したオリジナルデータをML-EM法(最尤推定-期待値最大化法)でCT処理を行った結果である。なお、NR技術を用いて瞬時CT値分布を求めた前例は無い。
 開発したDNCTシステムにより6本の中性子ビームが生成され、6面分の中性子ラジオグラフィ(NR)映像を同時に高速度で記録するDNCTの基本原理が確認できた。複数ビームによるNRデータの取得は世界初である。また、オリジナル映像を動画で同時観察すると、6ビームに対応する試験体内回転体の動きが確認できた。
 なお、投影されたNR像の画質は、中央2ビームに対応する画面は良好であり、左右両端の2ビームに対応する2画面が最も低い。具体的には、画像のぼけが大きすぎるため鮮明さが極めて低い。この原因は、コリメータの平行度(L/W)が10.6と極めて低いことにある。本基礎試験で輝度をより高く設定可能であることが確認されたため、今後はコリメータに平行度を高くする部品を追加することで画像ぼけを低減し鮮明さを増加させる改善を行う予定である。
 さらに、DNCTデータ解析システムRAIDEENが実データに対して問題なく機能することを確認する事ができた。
2.3 まとめ
 水流動計測技術開発に必要とされる、燐光寿命に基づく温度分布計測システムを開発した。さらに、多次元化を進めるとともに、炉内構造を模擬したテストセクションを製作し、燐光寿命計測法について評価を行った。寿命が温度依存性をもつ染料の寿命特性を計測することにより評価するとともに、ユーロピウム錯体のEuTTAを候補染料として選定した。ユーロピウム錯体を用いて、パルスレーザとカメラを組み合わせることで、燐光寿命温度分布計測システムを構築した。
 DNCTシステム開発においては、JRR-4の中性子ビーム環境を最大限に生かすため中性子モンテカルロ解析コードMCNPを用いてDNCTシステムを設計・製作した。製作したシステムを用いてJRR-4中性子照射室で炉内基礎試験を実施し、DNCTシステムの基礎的特性を評価した。6本の中性子ビームを生成し、6面分の中性子ラジオグラフィ映像を同時に高速度で記録するDNCTの基本原理が確認できた。具体的には、1回転/秒で回転する動体を1/250秒で記録し、品質の改良が必要ではあるが、データ解析により3次元動体と認識できた。

3.今後の展望

 スケジュールにしたがって開発を進める予定である。具体的には、水流動システム開発においては、開発した燐光寿命温度計測システムと、ダイナミックPIV(Particle Image Velocimetry)システムを組み合わせて、温度速度相関計測システムを開発する。さらに平成20年度は、流動データベースの構築を目指した検討を進める。
 液体金属流動システム開発においては、DNCTデータの処理および可視化を行う解析システムを開発するとともに、研究用原子炉JRR-4の中性子照射室で炉内試験を実施し、DNCT解析システムを用いて総合性能を評価する。さらに、液体金属流動装置の設計製作を行うとともに、平成20年度は、液体金属流動装置を用いた流動データ取得を推進し、流動データベースの構築を目指した検討を進める。
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