原子力システム研究開発事業
成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

炉心損傷評価技術(レベル2PSA)の開発

(受託者)独立行政法人日本原子力研究開発機構
(研究代表者) 中井 良大 次世代原子力システム研究開発部門FBRシステムユニット長
(再委託先)三菱FBRシステムズ株式会社、国立大学法人九州大学

1.研究開発の背景とねらい

 原子炉施設で発生しうる広範囲の事故を対象として、その発生頻度と影響を定量評価する確率論的安全評価(PSA)を実施することは、原子炉施設の安全設計の妥当性を示す上で有効である。ナトリウム冷却高速炉のためのPSAを実施するためには、炉心損傷の事象進展、格納容器内での熱流力現象及び放射性物質の移行挙動を扱うレベル2PSAに関する評価手法を整備する必要がある。
 ナトリウム冷却高速炉のレベル2PSAにおいて検討対象とすべき事象と対応する解析手法を図1に示す。この中で解析手法の新たな開発が必要なものは、①炉心物質再配置過程を対象とした解析手法MUTRAN及びSIMMER-LT並びに②格納容器内事象のうちナトリウム・デブリ・コンクリート相互作用とそれに伴うエアロゾル放出に関する評価手法である。また、レベル2PSAの現象論的イベントツリーの構築及び分岐確率の設定の際に必要な判断根拠となるデータベースを整備する必要がある。
 本事業では、平成18年度〜平成21年度の約4年間で、上記①及び②の開発を行うとともに、図1に示す全事象について、同図に示す解析手法を用いた感度解析により支配現象の摘出を行い、レベル2PSAのための技術的根拠を整備する[1]。対象プラントは、再臨界回避概念を取り入れた実用化戦略調査研究フェーズIIの大型ナトリウム冷却酸化物燃料高速炉[2]を基本とする。

2.研究開発成果

2.1 炉心物質再配置に関する評価手法の開発
2.1.1 MUTRANの開発
 炉心損傷時の燃料流出によって核的停止状態に至った後の過程において、概念図(図2)に示されるような崩壊熱による低出力条件での炉心物質移動挙動を数時間から数十時間の長期間にわたって解析可能とするために、MUTRANコードを開発中である[3]。
 これまでに、多流体・非圧縮性で溶融燃料とスティールの移動を扱うパイロットモデルの機能確認を行った上で、これをベースとして固体の取扱い、スティールの蒸発挙動等を模擬するよう拡張するとともに、運動量及び熱輸送量の相関式も大幅に変更してコーディングを行った。また、健全燃料ピン・制御棒が残っている場合のモデル化を実施中である。制御棒のB4Cと被覆材が約1250℃以上の条件では急速に反応し被覆管の減肉が生じることを考慮する。
 MUTRANは、発熱量を入力としており、臨界となった場合の出力変化はSIMMER-LTコードにより解析する必要がある。臨界への近接をモンテカルロ法核計算コードMVPによりチェックするため、MUTRANコードの出力情報よりMVP用入力データを作成する変換プログラムを準備している。

2.1.2 SIMMER-LTの開発
 SIMMER-LTコードは、炉心物質再配置過程で比較的早い物質移動が生じる事象推移と再臨界の発生する可能性のある事象推移の解析へ適用するために、空間依存核動特性モデルを有するSIMMER- IIIをベースに開発している。長時間計算を可能とするため、数値解法及び物理モデルを改良する。数値解法改良については、アルゴリズム開発の一環としてSIMMERの並列化を実施した。大型並列計算機(富士通HPC2500)で16 CPUを用いた場合に全体として6倍程度の高速化効果が得られた(図3)。並行して行う物理モデルの改良については、事故後過程における物質移動挙動に適した簡略化候補モデルを摘出するとともに、その一部としてナトリウムの蒸発・凝縮モデルの定式化を実施している。

2.2 格納容器内事象に関する評価手法の開発
2.2.1 格納容器応答過程評価手法の開発・検証[4]
 炉容器内における損傷炉心の保持失敗を想定すると、ナトリウム、デブリ(炉心と構造材の混合物)及び建屋コンクリートの相互作用によってコンクリートの浸食、可燃性ガスの発生、核分裂生成物(FP)を含むエアロゾルの放出が引き続き生じることを評価する必要がある。このために、格納容器応答解析コードCONTAIN/LMRに軽水炉向けモジュールとして用意されているデブリ・コンクリート相互作用計算モデルCORCONとデブリからのFP・エアロゾル放出計算モデルVANESAを改良し、ナトリウムの存在する高速炉環境に適用可能とする。現在までに、軽水炉用に整備された既存モデルの詳細調査をした上でナトリウム環境ゆえに必要となる整備事項を摘出し、モデルの改良に着手している。相互作用の典型的解析体系はコンクリート層の上にデブリ金属層、デブリ酸化物層、ナトリウムプール層が順に重なる構成となる。最上部に位置するナトリウムプールの近傍に着目して、ナトリウムプール中における化学反応、プールとデブリ酸化物層の熱伝達、デブリ酸化物層内に入り込むナトリウムの化学反応に関するプログラム改良と機能確認を進めている。

2.2.2 事象評価モデルの開発・検証用試験
 上述のナトリウム・デブリ・コンクリート相互作用解析手法を開発するためには、現象全体のうちナトリウム冷却炉に特有の現象に着目した要素試験が必要である。このため、計4種類の試験を計画し、順次、準備・実施している[4]。
 ナトリウムとコンクリートの反応またはデブリ・コンクリート相互作用は、コンクリート中の水分がナトリウム層またはデブリ層を通過するまでに化学反応を生じることによって、水素ガスを発生する。しかしながら、発生先の雰囲気中に酸素が存在する場合には、ナトリウムの燃焼熱が関連因子となって、発生水素の一部がナトリウムプール表面近傍で燃焼消費されることが過去の空気中実験で確認されている。この現象(水素再結合と呼ぶ)は高速炉事故時の水素蓄積挙動を評価する上で重要であるため、平成19年度において、雰囲気酸素濃度をパラメータとしてナトリウムプール中に水素ガスをバブリングさせる試験を実施した。酸素濃度の増加に伴い水素再結合割合が増大する傾向が明らかとなり(図4)、これによって水素蓄積に関する高速炉事故推移の評価精度を向上させることができる見通しを得た。
  上述の試験のほかに、ガスバブリング時にナトリウムプールからの不揮発性FP(模擬物質)の放出挙動を調べる試験、ナトリウム・デブリ・コンクリート相互作用環境の構成成分の反応性を明らかにする熱分析試験を計画し、試験技術の確立と試験準備を行っているところである。また、高速炉で想定される事象推移シナリオを考えた上で、ナトリウム・コンクリート反応環境へ高温デブリが及ぼす影響を明らかにするための小規模試験を計画しており、平成19年度に試験装置を製作する。

2.3 レベル2PSAのための技術的根拠の整備
 レベル2PSAの現象論的イベントツリー構築または分岐確率設定のためには、レベル2PSAで検討の対象とする全事象について、事故過程の支配現象や類似現象に関する実験的・解析的知見を技術的根拠として整備することが重要である。このため、典型的なナトリウム冷却MOX燃料大型炉(熱出力3570MWth)を対象として、既存の解析手法を用いた感度解析と支配現象の摘出に着手した。

2.3.1 炉停止失敗事象の検討
 炉停止失敗事象については、実機評価上重要な遷移過程を対象とした感度解析を行うために、先行する起因過程の解析をまず実施し、その結果を基にして遷移過程の解析体系作成及び初期条件の設定を行った。図5に起因過程の反応度と出力の時間変化を示す。反応度変化が静定した19.4秒の時点での炉心状態に基づき、図6に示す遷移過程解析の初期条件を作成した。今後、この初期条件を用いて感度解析を進めていく。
2.3.2 除熱源喪失事象の検討
 除熱源喪失事象発生時のプラント応答過程の解析を行うために、対象プラントの設計データを調査し、これに基づいて解析体系の作成を開始している。また、炉心崩壊過程の解析手法であるAPPLOHS-IIについて整備・試計算を実施するとともに、再臨界過程の解析に必要となるAPPSIMプログラム(APPLOHS-IIの解析結果をSIMMER-IIIへ接続するコード)の整備に着手した。

2.3.3 PAMR/PAHRの検討
 炉容器内で損傷炉心を保持すること(IVR: In-Vessel Retention)に着目して、事象進展を支配すると考えられる主要な現象を摘出した。MUTRANのパイロットモデルを用いた炉心物質再配置過程(PAMR)の予備解析、DEBNETコードを用いた事故後冷却過程(PAHR)の予備解析を実施し、事象進展を支配すると考えられる主要な現象を摘出した。
 炉心物質再配置過程では、崩壊熱による燃料の再溶融と集合体内下部への移動、密度差による燃料とスティールとの分離、制御棒部からの流出、燃料の移動過程での炉心内での臨界の可能性等が摘出された。事故後冷却過程では、微粒化後に炉容器下部に4段に渡り堆積した燃料デブリベッドの冷却性を種々の条件を変えて解析した。自然循環による炉容器及び冷却系内の流動をフローネットワークモデルで模擬した。解析例を図7に示す。炉心が閉塞した条件で解析し、2ループの主冷却系の片側が逆流することでデブリ温度が低下する現象が見られた。
2.3.4 格納容器内事象の検討
 格納容器内事象については、様々に想定される炉容器内事象との対応にも勘案しつつ、広範囲の感度解析を行うことが必要である。これまでに、除熱源喪失事象時にナトリウムやデブリが原子炉容器外まで流出する場合を対象として、格納容器内で生じるナトリウム・コンクリート反応の有無及び規模が事象進展に与える影響を把握するための予備的感度解析を実施した[5]。その結果、ナトリウム・コンクリート反応に伴う水素ガスの発生・蓄積・燃焼の挙動が格納容器への負荷を左右すること、ナトリウム・コンクリート反応の規模によって放射性物質放出量にも影響が及ぶこと(図8)、その特性は放射性物質の性状(ガス状/エアロゾル状)やエアロゾル挙動との関連が深いこと、などの知見が整理された。今後は、このような感度解析を継続実施して解析的知見を充実させるとともに、異なる炉容器内事象想定に対応する解析も実施する予定である。

3.今後の展望

 事業の開始から約1年間にわたり計画通り進められている。今後は、MUTRAN、SIMMER-LT及び格納容器内応答過程評価手法について着手したモデル開発・改良を進めると同時に、レベル2PSAの技術的根拠の整備に向けて感度解析の充実化、実験的・解析的知見を含む既存情報の調査・整理及びその実用炉への適用性評価を展開していく。なお、本事業の全範囲は、原子炉安全性を専門とする有識者から構成される委員会を組織し随時レビューを受けながら実施している。
 本事業によって得られる技術は、安全解析の評価信頼度を向上させるとともに、世界で初めて高速炉のレベル2PSAの標準的技術基盤を提供することを目指すものであり、高速増殖炉システムのより高い社会的受容性を生み出すことへの貢献が期待できる。

4.参考文献

[1] 丹羽元、栗坂健一、佐藤一憲、飛田吉春、神山健司、山野秀将、宮原信哉、大野修司、 清野裕、石川浩康、西村正弘、佐藤勇、小山和也、吉岡直樹、渡辺収、中井公一、山田由美、早川教、滝沢毅幸、守田幸路、「高速炉の炉心損傷評価技術(レベル2PSA)の開発(1)概要とスコープ」、日本原子力学会「2007年秋の大会」H46 (2007).
[2] 日本原子力研究開発機構、「高速増殖炉サイクルの実用化戦略調査研究フェーズII技術検討書−(1)原子炉プラントシステム−」、JAEA-Research 2006-042(2006).
[3] 早川教、小山和也、山田由美、渡辺収、「高速炉の炉心損傷評価技術(レベル2PSA)の開発(2)炉心物質再配置に関する評価手法の開発」、日本原子力学会「2007年秋の大会」H47 (2007).
[4] 清野裕、大野修司、石川浩康、西村正弘、佐藤勇、宮原信哉、「高速炉の炉心損傷評価技術(レベル2PSA)の開発(3)格納容器内事象に関する評価手法の開発」、日本原子力学会「2007年秋の大会」H48 (2007).
[5] 大野修司、清野裕、「高速炉の炉心損傷評価技術(レベル2PSA)の開発(4)格納容器内事象の支配因子を摘出するための感度解析」、日本原子力学会「2007年秋の大会」H49 (2007).
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