取材レポート

令和7年度 第1回&第2回 JST研究公正ワークショップ ー映像教材「倫理の空白Ⅲ」手引書を使ってみようー 報告

令和7年度 第1回&第2回 JST研究公正ワークショップフライヤー
 「JST研究公正ワークショップ -映像教材『倫理の空白Ⅲ』手引書を使ってみよう-」が、2025年9月3日(水)と4日(木)に、ハイブリッド形式(対面・オンライン)で開催されました。JSTではこれまで研究倫理教育映像教材「倫理の空白」シリーズ*を制作しており、今回はその具体的な活用法をまとめた「倫理の空白Ⅲ」手引書をテーマとして、映像教材の切り口や多様な考え方を理解し、所属機関での研究倫理教育等につなげられるように企画されました。札野氏による研究倫理教育の現状と課題の講演に続き、田代氏・中田氏による講義と手引書を用いたモデル講義を体験いただきました。その後、参加者はグループワークを通じて今後の研修における教育目標や説明資料などを検討しました。本レポートでは当日の様子を紹介いたします。

*「倫理の空白」シリーズの映像教材はこちら https://www.jst.go.jp/kousei_p/measuretutorial/mt_movie.html

講義:映像教材「倫理の空白Ⅲ」手引書を使ってみよう (9月3日、4日)

早稲田大学 大学総合研究センター 教授 札野 順 氏 
講義資料はこちらからご覧ください。
札野 順 氏
札野 順 氏

 まず札野氏は研究倫理教育における課題について講義され、研究ステージに応じた研究倫理教育が必要であり、教育目標を明確にすることで教育/研修の質を担保できると説明されました。

 最終的には倫理的問題状況において、自律的に判断し、問題解決に行動する道徳的自律性を持つことが目標であるとされました。

続いて、2022年度にアップデートされたNIHのRCR教育に関するガイダンスを引用し「責任ある研究活動に関する教育は、研究者養成の基本要素であるという原則を再確認するべきである」と強調されました。さらに、研究倫理の知識・理解について継続的に検討が必要であり、新たな現象として査読不正やAI関連等、また、曖昧な概念として、二重投稿、自己盗用(剽窃)、サラミ出版、などがあることを話題に上げられました。

 札野氏は教材活用の工夫についても言及され、映像教材「倫理の空白」シリーズは、仮想事例とし倫理的なジレンマを擬似体験でき、視聴後にグループ・ディスカッションを取り入れることで価値・態度を共有し、効果が高まるとされました。他にも映像教材を使うメリットとして以下を挙げられました。

1. 能動的学習及び意思決定の経験が可能
2. 共感・視点取得を促し、倫理的感受性を高める
3. シミュレーション型学習のメリット(他分野での強固な知見)
4. ハイブリッド型教育での学習効果が高まる
5. 行動変容に結び付く教育的要素が取り入れやすい


講義:「二重投稿・二重出版を題材とする 研究倫理教育について」 (9月3日)

東北大学大学院 文学研究科 教授 田代 志門 氏
講義資料はこちらからご覧ください。

田代 志門 氏
田代 志門 氏
 田代氏は映像教材「倫理の空白Ⅲ」人文・社会科学編の映像教材と手引書の監修者として、映像教材の背景として研究活動における二重投稿・二重出版に関する解説とそれらの研究倫理教育について講義されました。

 まず、手引書の作成において、「二重投稿・二重出版」や「自己盗用」などの用語解説に特に力を入れたとされ、その背景について話されました。
 二重投稿や二重出版については、学会や分野によって定義が様々にあり、何をもって「二重投稿」「二重出版」とみなすかの定義が明確になっていないと指摘されました。「二重投稿」については、文部科学省の研究不正ガイドラインでは「他の学術誌等に既発表又は投稿中の論文と本質的に同じ論文を投稿すること」といった広い定義が表記されている一方、医学系の学会では、「同時に複数の雑誌に論文を投稿すること」のみを指す狭い定義が広く見られます。

田代氏スライド
出典:田代氏 講義資料p.2より

さらに、「何が既発表に該当するのか」「本質的に同じとは何を指すのか」といった判断基準についても学会ごとに異なっており、学会報告資料、科研費報告書、修士・博士論文(機関レポジトリでの公開/非公開)、プレプリントといった出版と非出版の中間的な形態が時代とともに増えてきたことが、「既発表」の該当性を考える上で難しいポイントになっていると述べられました。

 「自己盗用」については、明確な定義が存在しないと説明され、手引書においては、「著者が自身の既発表のテキストやデータ等を『再利用であること』を適切に表示せずに再利用すること」というAndreescu(2013)の定義を採用したと話されました。不適切な業績評価やマイナスの影響を与えないよう留意する必要はあるものの、正当な目的や『再利用』が適切に明示されている場合は、許容される場合もあることから、より中立的な用語として、「テキスト・リサイクル」(text/textual recycling)という言葉があると紹介されました。

 さらに、二重出版については、学術論文以外の扱いについても言及がありました。たとえば既発表の論文を加筆修正して書籍にまとめることや、一般向け書籍に再構成することは人文・社会科学において一般的であり、むしろ学術的価値を高める場合もあります。法学的観点からも、現行のガイドラインが例外規定を明記していないために、正当な出版活動が不当に懲戒の対象とされる可能性がある点が指摘されていることを紹介され、明確な基準と例外規定の必要性を強調されました。

 まとめとして、二重投稿・二重出版を題材とする研究倫理教育では、まず用語の定義を共有することが重要であること、「二重投稿・二重出版=すべてが悪」ではなく、許容されない場合と許容される場合があり、その根拠について考えることが大切であることをあらためて示されました。

モデル講義 二重投稿について考える(対象:教員)

モデル講義は、本ワークショップの参加者が自機関の研修を企画・検討する前に、まずは参加者側として、映像教材を用いた研修を体験することを目的に実施されました。田代氏より、モデル講義の実演が行われ、討議では「なぜ学生が二重投稿の疑義をかけられるに至ったのか」「教員としてどのような助言が可能であったか」がテーマとされ、個人の指導だけでなく、研究機関全体でのサポート体制の重要性について意見が交わされました。

講義:「サラミ論文を題材とする研究倫理教育について」 (9月4日)

東京理科大学薬学部 准教授 中田 亜希子 氏
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中田 亜希子 氏
講義資料はこちらからご覧ください。

 中田氏は、「倫理の空白Ⅲ」自然科学編の手引書の監修を担当されました。講義では、教育プログラム作成のヒントとして、教材と手引書の特徴や活用方法を解説されたあと、モデル講義が行われました。





教育プログラム作成のヒント

スライド1
出典:中田氏 講義資料p.18より
 中田氏は教育プログラムを作成する手法として、教育工学の有名な概念の1つであるインストラクショナルデザインの手法を解説されました。ゴールから逆向きに設計していき、1.学習目標、2.評価方法、3.教授方法の順で考えるため、効率的に教育プログラムを作ることができると説明されました。その上で、倫理の空白Ⅲは、教授手法(教育手法)として「事例検討」に用いることができ、どこでも視聴できるため、事前課題として使える点、様々な登場人物がいるため立場別の教育が可能な点、討論するトピック数により講義の時間調整が可能といった有用性を挙げられました。

 また、動画教材自体がもつメリットとして、研究不正という体験が難しい事例を扱える点、役に自分を重ねやすい点、擬似体験により記憶に残りやすい点などがあると述べられました。
スライド2
出典:中田氏 講義資料p.19より

 次に、手引書を活用するヒントとして、ミニ講義や解説の資料作成に使える点、モデル講義を参考に時間配分を考えることができる点、討論場面の候補が示されている点、演習問題や確認テストの引用元として使用できる点、などを示されました。

 学習目標・評価・教育方法を考えた後には、研修会の準備として、1.事前課題の検討、2.模造紙に相当するツールの準備3.ミニ講義の検討、4.討論内容をあらかじめ想定した解説などについて触れ、そのポイントや効果について説明されました。

モデル講義 サラミ出版 (対象:理系大学のPIクラス)

 まず、モデル講義のねらいとして、サラミ出版の基本的知識を知り、それを回避するために必要な行動について考えるものであることを受講者と共有されました。ミニ講義では、「サラミ出版はなぜ問題視されるのか」と問いかけられ、①業績の水増し、②不必要な査読・追試の発生、③研究意義の把握がしにくくなる点、等の問題があると説明されました。また、サラミ出版と判定する基準に明示的なものはなく、学問領域の慣習や学会ごとで捉え方に差があるとされ、大規模研究の場合、論文の読者が、報告されているデータについて大規模な研究の文脈において収集されたものであることを認識できるよう、その大きなプロジェクトとの関連性を説明する必要があることなどを示されました。

 その後、「倫理の空白Ⅲ」自然科学編におけるサラミ論文に関連するシーンを視聴し、「谷口教授の指導・対応について、責任著者として本来どのように行動するべきか」を議論テーマとし、少人数討論(Small Group Discussion;SGD)が行われました。各グループは、動画教材や具体事例をもとに議論し、意見や気づきを共有しました。中田氏は、この議論の過程で、参加者は単なる知識習得に留まらず、自らの考えを言語化し、他者の意見と比較・補強することで理解を深めることができると解説されました。

グループワーク

グループワークの様子
グループワークの様子
 両日行われたグループワークでは、グループごとに映像教材を用いた研究倫理研修を想定し、教育目標を定め、研修で用いる映像教材のシーンの選定、その実施に必要なミニ講義の説明資料の作成などに取り組みました。

 本ワークショップには、ふだん研究活動に従事される研究者や、研究公正にかかわる事務担当などが参加され、それぞれの立場を踏まえた意見交換が活発に行われました。最後に各グループで発表され、成果の共有がされました。


ワークショップ後のアンケートには次のような感想が寄せられました。(JSTにおいて一部を抜粋、編集)
・事前ワークの共有や当日のグループワークを通じ、二重投稿、自己盗用に関する知見を広げることができました。
・自分の意識が及ばなかったことまで意見交換ができ、触発される部分も多くありました。
・二重投稿などについて、研究分野による考え方の違いを実例で理解できました。

当日の講義資料はこちら
前回のセミナー 令和7年度 JST研究公正セミナー ~新作!映像教材「倫理の空白IV」の紹介と解説~報告