サイエンスアゴラ2016ポスト国際光年企画「限界に挑戦する光科学」

開催概要

  •  日時     2016年11月6日(日)12:40~15:00
  •  会場     日本科学未来館 7階会議室3 (お台場)
  •  企画提供   科学技術振興機構・東京都理化教育研究会

プログラム

  •  ● 重力波で知る宇宙の不思議
  •     安東 正樹  東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 准教授
  •  ● 超高速カメラで開く未知の世界
  •     合田 圭介  東京大学大学院理学系研究科 化学専攻 教授・専攻長
  •            内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)プログラムマネージャー
  •  ● 細胞をのぞく、脳をのぞく
  •     柳田 敏雄  大阪大学大学院生命機能研究科 特任教授
  •            理化学研究所QBiCセンター長、情報通信研究機構CiNetセンター長
  •  ● 講演者との対話

レポート

昨年の国際光年シンポジウムを踏まえて、「限界に挑戦する光科学」と題するシンポジウムを開催しました。「限界に挑戦」とは、従来の考えでは 限界とされていたものを「光科学」の力で越えようとすることです。今回は、「しる」、「わかる」、「つくる」ことの源となります「測る」を テーマに取り上げ、物理、化学、生物の分野でご活躍の先生方に最先端の研究をわかりやすく、また楽しくお聞かせ頂きました。また、講演者との 対話という時間では、特に高校性を中心とする活発な質疑が有りました。今後の進路を考える上でも大きなヒントになったように思います。


1)重力波で知る宇宙の不思議  安東 正樹


 安東正樹先生は、日本の重力波天文学をリードされている新進気鋭の研究者です。 2016年の物理分野に大きな衝撃を与えた重力波観測に関して、重力波とは何か、その観測の原理、国内での観測準備、国際連携の必要性などのお話を頂きました。



 重力があると、時空に歪みが生じます。重力波とは、その歪みがさざ波のように光速で伝わって行く現象で、これは 1915年にアインシュタインが発表した一般相対性理論から予言される波です。その存在は1970年代にハルスとテイラーらにより間接的に証明されています。 2015年9月、アメリカの重力波検出器 LIGOによって重力波の直接検出がなされ、2016年に一般に公開されました。 重力波によって生じる2点間の固有距離の変化はごくわずかで振幅が10のマイナス21乗、すなわち地球から太陽までの1.5億キロメートルの間で水素原子一個分(10のマイナス10メートル)の変化に相当します。このため、重力波の検出には、マイケルソン干渉計と呼ばれるレーザー干渉計が用いられます。直交する二つのアームの端につるされた鏡の動きを観測するものです。 これまでの重力波望遠鏡では、だいたい100年に一回程度の頻度でやっと観測できるものでしたが、現在の第二代の重力波望遠鏡では、感度が10倍となり、 そのために10倍遠くまで観測できるようになり、1年に10回程度確認できるレベルへと頻度は1000倍へと大きく進歩しています。


●国際観測ネットワークで宇宙の不思議を探る

 LIGOができたからといって、それ一台だけでは十分であるとは言えません。重力波望遠鏡は指向性が小さいために重力波の来る方法が良くはわからないからです。 そこで、地球上に複数台の重力波望遠鏡を設けることで、到着時間の差から方向を含めた観測が初めて可能になります。日本では、岐阜県の神岡に「かぐら」と呼ばれる重力波望遠鏡を建設中です。 本格稼働は2018年以降を予定しており、これによって初めて本格的な「重力波天文学」が実現されます。 重力波観測の国際観測ネットワークよって、宇宙が始まった瞬間を直接的に観ることができると期待されます。


2)超高速カメラで開く未知の世界  合田 圭介


 合田圭介先生は、米国での学生時代には重力波顕微鏡に関わり、その後、光計測に関わるイノベータとして 革新的なイメージング技術を創成されています。また、現在はImPACTのプログラムマネージャとしても活躍されています。
 本講演では、高速カメラがなぜ必要か、高速カメラの歴史、STAMPカメラの撮影原理と効果、そのカメラを利用してImPACTで進めているバイオ燃料開発についてお話し頂きました。



 人間の目では40~80ミリ秒程度の時間差しか計測できません。競馬でハナ差といわれる時間差は2ミリ秒半程度ですからカメラによる判定が必要です。 新幹線に乗って、例えば遠くの富士山を眺めるときには山の姿はわかりますが、線路脇の草木の姿をとらえるのは困難です。 このように、より小さなものを見ようとするとより細かい時間の物差し、すなわち高速のシャッター速度での記録が必要です。 ナノテクノロジーが進歩すれば、必然的に高速カメラが必要となります。 最初の動画カメラはストップモーションカメラです。馬が走るときに4つの足が浮いているか否かという賭けに答えるために発明されました。1870年代のことです。 その後、CCD、CMOSの電子回路カメラに進展し、現在では100万画素で最高速度毎秒210万コマという高速カメラが実現しています。 これに対し、STAMPカメラは光の処理だけで高速化を図ったもので、従来の最高速カメラの速度の250万倍、毎秒5兆コマという超高速の撮影が可能です。 STAMPカメラでは、高速の光パルスで生じる波長の時間的な変化を光の処理によって拡大して波長毎に分割してパルス列を作り、そのパルス列を物体と作用させた後に、 プリズムのように波長の違いを空間的に分けることでセンサー上の異なる位置に焼き付けて超高速の現象をとらえます。


●これまで見えなかった現象を見て新しい科学や産業の創成につなげる。

 STAMPカメラを用いると、従来は見ることのできなかったレーザー加工の詳細や、光の1/6程度の高速で伝わっていく熱伝搬の様子を直接観測できます。 また、ImPACTでは、統計データに埋もれていた一つ一つのミドリムシの個性を評価・解析することで、バイオ燃料の生産により効率的なミドリムシを開発しています。 このような超高速カメラによって新しい科学や新しいイノベーションを作ることが期待されます。


3)細胞をのぞく、脳をのぞく  柳田 敏雄


 柳田敏雄先生は大学での研究にとどまらず、理化学研究所や情報通信機構でセンター長として我が国の生命機能の研究を指導され、平成25年には文化功労者に選出されています。今回は、情報通信機構のCiNetセンターでの研究を中心に、認知という観点から脳の研究の最先端を紹介頂きました。



 大容量情報、さらには大容量の知識の蓄積を踏まえて、ビッグデータと機械学習が現在の重要なテーマとなっています。今は、人が機械に合わせ、限られた専門家が使う時代と言えます。 これに対し、将来は機械が人に合わせ、全ての人が使える時代であって欲しいという考えから、環境・状況・制約を認知して心配を安心に変え、希望実現を助ける技術の創成が求められます。 省電力でその実現を図るために、脳に学ぶAI技術の開発を進めています。入力された情報が脳活動にどのように記録(エンコード)されるか、脳活動から情報をどのように推定(デコード)するかが研究の対象です。機能MRIがその観測ツールです。 視覚についてエンコードモデルの構築に成功し、さらに脳活動から観ていた像の再現という脳情報のデコードにも迫っています。さらに、脳活動から脳が捉えている意味内容の推定にも到っています。 脳情報をデコードしてモジュール解析すると、脳機能ネットワークのつながりが、統合失調症の患者と健常者では異なっていることが分かります。また、慢性疼痛は脳が作り出した精神疾患で、 社会の高齢化と共に医療分野における最優先課題と言えますが、脳の状態をデコードすることよって適切な治療が可能です。天才的な脳の情報から、サッカー界のスーパースターであるネイマール選手の運動制御の仕組みにも迫りました。 ネイマール選手は意識に上らない段階で素早く状況を判断して行動に移していることが分かりました。英語の学習でも同様に役に立ちます。意識下の脳活動を変調すれば、日本人でも短時間に”l”と”r”を聞き分けることが可能となります。意識下では区別する能力を備えているからです。


●おもろい社会の創出を

 今の人工知能は個別の領域において個別の問題を解決しているに過ぎません。異なる領域で多様で複雑な問題を解決するには脳に学ぶことが必要です。 たとえファルファ碁がイ・セドル九段に勝ったとしても、使われる消費エネルギーの差は数万倍と大きな開きがあります。脳活動においては、生命の持つ本質的な「ゆらぎ」の原理が重要な要因です。 意識下での脳の状態のゆらぎが、あるしきい値を越えると「ひらめき」として意識に上ってきます。そのゆらぎを含めた微分方程式を立てると、分子から脳まで共通の原理が働いているように思います。 そのような生命のゆらぎ原理を活用することによって、例えば通信ネットワークの障害回避においても桁違いの省エネが実現出来ると期待されます。 そのような研究によって「おもろい未来社会」を作るのが夢です。


<お問い合わせ先>

国立研究開発法人 科学技術振興機構 戦略研究推進部

グリーンイノベーショングループ

電話:03-3512-3531