「原子や分子の動く様子を、その系のもつ自然な時間スケールで直接見る」ということは、科学者のもつ大きな夢の一つです。原子や分子を直接見る手段としては、X線や電子線などの短波長量子ビームを用いた回折や顕微的手法、あるいは微小プローブを用いた走査型顕微鏡等が広く用いられています。しかしこれらの測定手法は、対象とする系のダイナミクスに固有の時間スケール(原子や分子ではピコ秒からフェムト秒、原子や分子内の電子移動ではフェムト秒からアト秒に相当)に及ぶ時間分解能を持っていません。一方、超短パルスレーザーを用いた超高速分光法では、対象とする系の変化をフェムト秒の時間精度で追跡することが可能となっています。しかしその空間分解能は光の波長で制限されているため、ナノスケールでのイメージングは困難です。近年、量子化学や固体物理、生物物理など多くの分野において複雑な量子系を理解することがますます望まれており、空間分解能と時間分解能を両立した新しい測定技術すなわち「分子動画技術」を目指した研究が、特に次世代放射光の利用研究として世界各国で行われています。本研究では、高強度超短パルスレーザーをガス媒質中に集光することによって得られる「高次高調波」と呼ばれるコヒーレントな短波長光を利用し、レーザー光の波長で制限されている空間分解能を打破し、原子や分子が非常に高速で動いている様子を直接観察する手法を開拓します。具体的には、以下に述べる二つのナノスケールイメージング手法の実現を目指した研究を行います。
第一に、高次高調波の発生過程に巧妙に埋め込まれている電子と光電場とのコヒーレンスを利用して、高調波のスペクトルから分子内の電子波動関数の形状を測定する手法に関する研究を行います。この手法は「分子軌道トモグラフィー」と呼ばれ、提案者らによってその原理が発見、実証された実験手法です。この手法を精密化し、より確立した分子動画技術とすることを目指します。
第二に、高次高調波それ自体が、空間的にコヒーレントな短波長光であることに着目し、ナノ構造における散乱光の空間パターンから、散乱源の構造を再構成する手法に関する研究を行います。ここでは手法の原理実証だけでなく、固体物理における重要な問題の一つである強誘電体のドメインのゆらぎやダイナミクスに関する知見を得ることを目指します。
これら二つの手法は一見異なるように見えますが、微細な空間情報が光のスペクトルや散乱パターンにフーリエ変換を介してコヒーレントに投影されている点で類似しています。これらの実験手法を発展させることにより、高強度超短パルスレーザーを基盤とした分子動画技術を確立することを目指します。 |