構造、次元制御された機能性有機材料の創製を実現させるためには、分子間相互作用を十分に理解し、精密に制御することが求められます。有機分子コンポネント特有の電子物性、柔軟性、自己集合性を広範囲に達成できる素材として、ここでは炭素性ナノ素材であるフラーレン（C₆₀）に着目しました。C₆₀は、炭素のみからなる直径約1 nmの球状 共役系分子であり、有機合成のプラットホームとしてでなく、有機・無機の性質を合わせ持つ特殊な素材です。球状表面での強力な − 相互作用が三次元的な分子集合を誘発できるだけでなく、特異な電子・光物性・n型半導体性などを兼ね備えています。
　本研究では、C₆₀間の−相互作用を、導入するアルキル鎖間で生じるファン・デル・ワールス相互作用との組合せにより巧妙に制御することで、組織構造の次元・モルフォロジー制御を達成し、バルク材料応用への新たな可能性を見出してきました（超撥水材料[1]、半導体性液晶[2]）。ここでは、組織構造制御のみならず、有機材料の“弱点”とされる低い機械的強度の改善に関して、本さきがけ研究にて開発された二つの革新的なアプローチを紹介します。
　「プラスチック化」：C₆₀に光重合性基であるジアセチレン部位をもつ長鎖アルキル基を導入した。この誘導体はTHF/MeOH溶媒条件下、ナノフレーク状の微粒子構造を自己組織化的に形成する。その際、基礎となる組織ユニット構造は二分子膜状に分子が配列している。微粒子表面は超撥水性を示す（水の接触角：145°）。紫外光照射により、意図するジアセチレン部位の重合と共に、近接するC₆₀間においても光付加反応が進行する。このダブルクロスリンキングによりプラスチック化された組織体は、機械的強度が光照射前と比較して約30倍増加し、熱（200 ℃）、溶媒（酸・塩基水溶液、極性および非極性有機溶媒）への高い耐性を示した。さらには、光重合後もその高い撥水性は保持されていることが確認された（図1）[3]。本材料は、自己組織化をモチーフとする撥水性材料としては、これまでで最も耐性、強度に優れた素材である。
　「金属化」：三本の長鎖飽和アルキル基を導入したC₆₀誘導体は、ジオキサン溶液の加熱・冷却といった、いわゆる有機合成での再結晶操作により、表面にナノフレーク構造を持つマイクロ微粒子を形成します（超撥水性微粒子[1]）。ここでは、この組織体の表面モルフォロジーを鋳型として用い、ナノフレーク状の金属薄膜を作製した（図2）[4]。マイクロ微粒子は気/水界面にて水面展開膜化でき、組織膜として基板上へ写し取ることができます。金属スパッタ蒸着を施し、この基板をC₆₀誘導体の良溶媒にあたるクロロホルムへ浸漬することにより、鋳型として利用したC₆₀誘導体は除去され、蒸着された金属のみが基板上へナノフレーク構造として転写されます。本手法の特徴としては、基板、蒸着金属に依存しない、大面積化が可能、ナノ組織金属が既に基板上へ固定化されている等の他、鋳型の構成要素となるC₆₀誘導体を回収、再利用できるサスティナブルケミストリーにも貢献できる点が挙げられます。転写された金属ナノフレーク上へ、種々の親水・疎水性末端を持つアルカンチオール分子の自己組織化単分子（SAM）膜を形成させることにより、基板表面の濡れ性を超“親水”から超“撥水”まで制御できます。さらには、ナノ組織化された金属の持つ特異な表面プラズモン吸収を応用することで、表面に吸着した分子のラマンシグナルを増強させることが可能です（金ナノフレークを基板として10⁵倍の表面増強効果）。機械的強度に関しては、鋳型となるC₆₀誘導体のマイクロ微粒子と比較して、金ナノフレークにおいて約30倍、白金ナノフレークで約10倍の強度向上が確認されています。

（参考文献）
[1] T. Nakanishi et al, Adv. Mater., 20 (3), 443 (2008).
[2] T. Nakanishi et al, J. Am. Chem. Soc., 130 (29), 9236 (2008).
[3] T. Nakanishi et al, Angew. Chem. Int. Ed., 48 (12), 2166 (2009).
[4] T. Nakanishi et al, Chem. Eur. J., 15 (12), 2763 (2009). (Front Cover Picture)

図1. ジアセチレン部位を持つアルキル基導入型C₆₀誘導体のフレーク状微粒子組織体（基礎構造は二分子膜状）とその光重合化および超撥水性.

図2. 飽和アルキル基導入型C₆₀誘導体のフレーク状微粒子組織体の表面モルフォロジーを金属ナノフレーク構造へ転写.