本研究課題では、相補的核酸塩基対を形成することが可能な自己集合性分子とDNAをナノ構造形成素子として用いることにより、分子認識駆動型のナノファイバー構築と構造制御に挑戦します。さらには、DNAの核酸塩基配列を利用した自己集合性分子の分子配列制御や、ナノファイバーへの光・電子機能の付与を試み、DNA科学と自己集合体科学の融合による新たなナノ構造形成手法と機能を開発します。

　 1. DNA鋳型により誘起されるチミジル酸−アントラセン複合体1のJ会合体形成
　アントラセンの2および6位にスペーサーを介してチミジル酸を導入したチミジル酸−アントラセン複合体1の水中での自己集合および鋳型DNAであるdA₂₀との二成分系自己集合を形成させ、これらの集合体構造や光学特性について検討した。その結果、1とdA₂₀との二成分自己集合体（1-dA₂₀）を含む水溶液についてはUV-Visおよび蛍光スペクトル測定から、アントラセン部位がJ会合していることを示唆する長波長シフトした鋭い極大吸収と、小さなストークスシフトが観察された。また、AFM観察より、1-dA₂₀ の二成分系自己集合体からは高さ5 nmのヘリカルナノファイバーが生成していることが明らかとなった。さらに、自己集合体および二成分系自己集合体について時間分解蛍光スペクトル測定を行ったところ、二成分系自己集合体中のアントラセンは、自己集合体中のアントラセンに比べて蛍光寿命が長寿命化していることがわかった。これは、アントラセン部位が水分子から隔離され無輻射失活が起こりにくくなっていることを示唆する。様々な測定結果から、1-dA₂₀の二成分系自己集合では、アデニン−チミン間の相補的核酸塩基対形成によってらせん構造をもつナノファイバーが生成し、ファイバー中心部のアントラセン部位は短軸方向にhead-to-tail配向することによってJ会合体を形成することがわかった (Figure 1)。

Figure 1 (a) チミジル酸−アントラセン複合体1と鋳型DNA dA₂₀、およびb) 1-dA₂₀二成分系自己集合体構造とJ会合した1中のアントラセン部位の推定構造。

2. DNAを鋳型とした双頭型ヌクレオチド脂質自己集合体の高次構造形成
　炭素数18のオクタデカメチレン鎖両端にチミジル酸をもつ双頭型脂質2とdA₂₀による二成分系自己集合体について詳細に検討した。まず、自己集合体調製直後の2水溶液を偏光顕微鏡で観察した結果、流動性をもつマルテーゼクロスパターンが観察されたことから、2の自己集合体は脂質膜が積層しラメラ液晶となっていることが示された（Figure 2a）。しかし、この流動性とマルテーゼクロスパターンは24時間後には消失し、最終的にはナノファイバーからなるゲルを形成した。一方、二成分系自己集合体2-dA₂₀は長期間流動性を示し、偏光顕微鏡下複屈折が観察された（Figure 2b）。興味深いことに、2-dA₂₀を凍結乾燥した粉末試料のAFM観察を行ったところ、高さ約5 nm、長さ100 nm程度のナノロッドが、ほぼ配向を揃えたネマチック相を形成していた（Figure 2c）。また、このナノロッドを詳細に観察した結果、ピッチ約7 nmの右巻きらせん構造を形成していることがわかった（Figure 2d）。種々の測定から、このナノロッド中では、2のチミンとdA₂₀のアデニンが相補的核酸塩基対を形成しており、ロッド間には負電荷による適度な反発が存在するため凝集を妨げていることが示唆された。すわわち、ネマチック配向の駆動力として、Onsager理論で説明されるロッドの構造相互作用と、ロッド表面の負電荷による反発が考えられる。以上のように、ビルドアップによる分子集合体の階層的な高次構造の構築を達成した。

Figure 2 (a) 2の自己集合体調製直後および(b) 2-dA₂₀の二成分系自己集合体の偏光顕微鏡像。bar=10μm。(c), (d) 2-dA₂₀の二成分系自己集合体から得られたナノロッドのAFM観察像。