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研究チームの研究成果

高性能・超低電力短距離ワイヤレス可動情報システムの創出

研究代表者

黒田 忠広

(慶應義塾大学理工学部 教授)

平成17年度研究報告

1.研究実施の概要

  磁気結合チャネルを用いたチップ間通信の研究では、磁気結合を用いて10Tbps/100mWのチップ間通信を可能にする技術を創出する。これまでに1Tbps/3Wの世界最高速度チップ間通信を達成した。ビット誤り率10-12以下であり、十分に高信頼で実用化できる技術である。また電子の利用効率を高めるナノデイジー・チェーン技術を研究し、試作チップによる評価から2倍電力効率を高めることができることを示した。今後はナノデイジー・チェーン技術をさらに追求し、回路とレイアウトと製造プロセス・実装技術の最適化を行うことで、1Tbps/100mWを目指す。
  偏波変調を用いたパルス通信の研究では、偏波変調を用いた1パルスでのシンボル多重化を実現し、10Gbps/10mWの近距離無線通信技術を創出することを目指している。これまでに、22-29GHzの準ミリ波帯UWB帯を利用するパルスジェネレータを試作し1パルスあたり3pJでパルスを送信する回路を試作した。本年度は、パルスに偏波変調をかけてビット多重化を行う回路とパルスレシーバについて試作、検証を行う予定である。
  ワイヤレス可動情報システムが自由に動き回る場合、高効率かつ利便性高く給電する方法が不可欠である。本研究では、有機トランジスタを用いて、大面積かつフレキシブルな有機ワイヤレス給電シートを試作し、空間を動き回る情報システムに簡便かつ高効率にワイヤレス給電する手法を供することを目的としている。本年度は、印刷法によって30×30cm2の寸法の有機トランジスタを製造した。
  CMOSデジタル回路でアナログ回路を積極的に置き換えた、電力効率に優れた新しいワイヤレス通信方式を提案し、100Mbps/1mWのワイヤレス通信用CMOS LSIの試作・実証を行う。従来の無線アーキテクチャでは、大部分を占めるアナログ回路による消費電力が問題となっている。本研究では、デジタル化とフラッシングの相乗効果により、消費電力の低減を目指す。今年度は90nm CMOSプロセスを用いた送信回路の設計と評価を行った。

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2.研究実施内容

1 ナノコイル配列を用いたチップ間通信性能

  これまでの研究において、チップ間無線通信技術は、1Tbpsの高速化・高密度化を達成してきた。電力に関しては、1チャネルあたり3mW/Gbpsを消費している。その中で約70%の電力を送信回路が消費している。より多チャネル化を目指すためには、送信電力の削減が課題である。そこで、電子の利用効率を高め、低消費電力化を達成するための技術として、デイジーチェーン技術を提案する。これは、インダクタチャネルを直列にn段接続する技術である。送信チャネルを流れる電流は、1チャネルだけでなく隣接送信チャネルにも流れる。これによって、電流は隣接送信チャネル間で再利用される。よって、接続チャネル数に反比例して電力を削減することができる。ただし、チェーン数を多段にすればするほど、インダクタチャネルに寄生するRC遅延によってデータスキューが増加する。これは、受信器のタイミングマージンの減少やBERの劣化をまねく要因となる。
  0.18μmCMOS技術でテストチップを試作した。チップサイズは2.7mm x 3.7mmである。チップには8チャネル送信回路が4種類内蔵されている。デイジーチェーンでない従来の1チャネル送信回路と2, 4, 8段デイジーチェーン送信回路である。どの送信回路アレイも8チャネルを搭載している。チャネルピッチは20μmピッチで配置した。
  デイジーチェーン段数に対するBERについて測定を行った。8段デイジーチェーン送信回路においては、送信データスキューの増加によりBERは劣化した。一方で4段までのデイジーチェーン送信回路は、1Gbps/ch, BER<10-12の高い通信品質を得ることが出来た。そこで4段までのデイジーチェーン送信回路において、その低電力効果を測定した。2段デイジーチェーン送信回路においては約20%、4段デイジーチェーン送信回路においては約35%の電力削減を1Gbps/ch, BER<10-12の高品質通信において、達成することが出来た。この成果は、VLSI回路シンポジウム’06において発表する予定である。

2 偏波変調通信による端末間至近距離通信

  偏波変調通信では、1つのパルスに複数のシンボルを重畳させたミリ波帯無線信号を用い、飛躍的な通信の高速化とシステムの低消費電力化を目指している。通信方式の改善による高速化、送信回路、受信回路のそれぞれの電力削減効果を組み合わせることにより、システム全体で送信ビットあたり消費電力1/1000を実現する。具体的には、偏波変調方式の鍵となる1つのパルスにNビットのシンボルを重畳させる方式をミリ波帯で用いることにより、従来の1パルス1ビットの通信方式と比較し10倍の通信速度を達成する。また、送信回路では、帯域制限された高出力パルスを直接発生させる回路を用い、局部発振回路を用いるミリ波送信回路と比較し消費電力を1/10に削減する。また、高出力パルスを利用した受信回路の待機電力を削減することにより、従来のミリ波受信回路と比較し消費電力1/10を実現する。通信速度を10倍、送受信回路の消費電力を1/100とすることにより、ビットあたり消費電力1/1000を実現する。
  昨年度は、ミリ波帯でのパルス生成を実現することを検証するために、90nmCMOSプロセスを用いて22-29GHz準ミリ波帯UWBのCMOSパルスジェネレータを試作した。パルス波形を整形することにより、周波数スペクトラムマスクを有効に活用しながら1パルスあたり3pJでパルスを生成可能なことがわかった。今年度は、この成果をふまえ、水平偏波と垂直偏波の2系統のパルス生成を組み合わせて偏波変調可能なパルス生成回路を実現するとともに、パルスレシーバの試作・検証を行う予定である。

3 有機トランジスタを用いた大面積無線給電シート

  ロボットのようなワイヤレス可動情報システムが自由に動き回る場合、高効率かつ利便性高く給電する方法が不可欠である。電源線を用いてバッテリーに給電するという従来の方法は、電力供給の効率は良いものの、情報システムのノード数が爆発的に増えた場合、作業効率が悪く不便であると考えられ、今後の大きな課題とされている。
  本研究では、有機トランジスタを用いて、大面積かつフレキシブルな有機ワイヤレス給電シートを試作し、空間を動き回る情報システムに簡便かつ高効率にワイヤレス給電する手法を供する。有機ワイヤレス給電シートとは、アンテナ・コイルとスイッチング用の有機トランジスタを集積化して1つの給電セルを構成し、格子状に並べて大面積のシート全面を覆ったものである。給電用のコイルが細かく分割され、必要個所のみ給電できるため、消費電力を従来の無線給電と比較して1/1000以下に低減できると期待できる。
  本年度は、大面積の有機トランジスタ・アレイを実現するために、印刷プロセスを用いて30×30cm2の寸法の有機トランジスタを製造した。我々はこれまでに、低温硬化タイプのポリイミド前駆体をインクジェットで塗布し、有機トランジスタのゲート絶縁膜へ応用し、0.7cm2/Vsという高移動度を得た。本年度は、低温(180 ºC)で焼成可能な銀ナノ粒子をインクジェットで塗布し、有機トランジスタのゲート電極に応用した。PENフィルム上に銀ナノ粒子をインクジェットで塗布し、大気中にて180 ºCで焼成し、厚み300nmの銀電極を形成した。インクジェット塗布時の基板の温度を変化させ、パターン形状、電極の抵抗率、表面平滑性を評価した。塗布条件を最適化した銀電極の抵抗率は5μΩ?cm(地金の銀の抵抗率の約3倍)であった。ポリイミドのゲート絶縁膜を形成した後、チャネル層として厚み50nmのペンタセンを蒸着した。最後に、ソース・ドレイン電極(幅W=500μm、長L=50μm)として、厚み50nmの金を蒸着してトップコンタクト型のトランジスタを試作した。40V印加時に飽和領域における移動度は0.5cm2/Vs、オンオフ比は106という特性を得た。

4 オールモスト・デジタルによる端末間短距離通信

図 1 送信回路の評価系  従来の無線アーキテクチャでは、大部分がDC的に電力を消費するアナログ回路により構成されているため、消費電力の低減が困難であった。本研究では、DC電力を消費しないCMOSデジタル回路で、アナログ回路を積極的に置き換えたオールモスト・デジタル無線という、電力効率に優れた新しいワイヤレス通信方式の提案と実証を目指す。
  今年度はオールモスト・デジタル無線の基本動作検証を検証する目的で、90 nm CMOSプロセスを用いた送信回路の設計と評価を行った。送信回路はCMOSデジタル回路で構成されている。図1に試作した送信回路を用いたデータ送信測定の様子を示す。送信回路でアンテナを駆動し、受信側のアンテナをオシロスコープに直接接続することにより、データ受信を行った。その結果、20 Mpulse/sを2mWで1m無線伝送できることを確認した。来年度以降は、送信回路の更なる低電力化と受信回路の設計を行う。

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3.研究実施体制

1. 「慶應義塾大学」グループ

(1) 研究分担グループ長 : 黒田 忠広 (慶應義塾大学理工学部 教授)
(2) 研究項目

  • 磁気結合チャネルを用いたチップ間通信の研究

2. 「柏」グループ

(1) 研究分担グループ長:藤島 実(東京大学、助教授)
(2) 研究項目

  • 偏波変調通信を用いた超高速無線通信の研究

3. 「本郷」グループ

(1) 研究分担グループ長:染谷 隆夫(東京大学、助教授)
(2) 研究項目

  • ワイヤレス給電シートの超低消費電力化に関する研究

4. 「駒場」グループ

(1) 研究分担グループ長:高宮 真(東京大学、助教授)
(2) 研究項目

  • 超低消費電力の無線通信を実現するオールモスト・デジタル無線に関する研究

4.成果発表等

1. 論文(原著論文)発表(国内 1件、国際 4件)

  • N. Miura, D. Mizoguchi, M. Inoue, T. Sakurai, and T .Kuroda, "A 195-Gb/s 1.2-W Inductive Inter-Chip Wireless Superconnect for 3-D-Stacked System in a Package," IEEE Journal of Solid-State Circuits (JSSC), Vol.41, No.1, pp. 23-34, Jan. 2006.
  • 黒田忠広, "LSI回路設計技術," 電子情報通信学会誌 Vol.89 No.2 pp. 96-101, Feb. 2006.
  • Shingo Iba, Yusaku Kato, Tsuyoshi Sekitani, Hiroshi Kawaguchi, Takayasu Sakurai and Takao Someya, "Use of laser drilling in the manufacture of organic inverter circuits ", Analytical and Bioanalytical Chemistry, Volume 384, Number 2, pp. 374 - 377 (January 2006, Published online: 11 November 2005).
  • Tsuyoshi Sekitani, Shingo Iba, Yusaku Kato, Yoshiaki Noguchi, Takao Someya and Takayasu Sakurai, "Ultra-flexible organic field-effect transistors embedded at a neutral strain position", Applied Physics Letters 87, 173502 (October 18, 2005).
  • Takao Someya, Yusaku Kato, Shingo Iba, Hiroshi Kawaguchi, and Takayasu Sakurai, "Integration of organic field-effect transistors with organic photodiodes for a large-area, flexible, and lightweight sheet image scanner", IEEE Transactions on Electron Devices, Volume 52, Issue 11, pp. 2502-2511 (NOV 2005).

2. 新聞報道

黒田忠広, "半導体チップ 無線で連結," 日本経済新聞, 2006年2月10日

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