水の循環系モデリングと利用システム

 

平成15年度採択 Q&A

 

 

『森林荒廃が洪水・河川環境に及ぼす影響の解明とモデル化』 恩田裕一研究チーム

Q 「森林荒廃が洪水・河川環境に及ぼす影響の解明とモデル化」の研究課題において、なぜ人工森林が荒廃するのか、その理由を教えてください。

A  日本各地の山林では、1960から70年代の拡大造林期に植栽されたスギやヒノキの人工林が間伐や徐伐などの森林管理の時期を迎えているにもかかわらず、木材価格の低下や林業労働者の減少によって放置されています。このような森林では、林冠が鬱閉し林内に光が届かず、林床に生育している植生が少ないため、土壌がむき出しになっている(裸地化)状況が観察されます。とくに、ヒノキの人工林は広葉樹に比べて落葉量が少なく、またスギの落葉に比べてヒノキの落葉は小片になり易いために、ヒノキ人工林では、土壌の有機物が流出し裸地化が顕著に現れています。このような人工林は遠くから観察すると緑に覆われた山に見えるのですが、いったん森の中に足を踏み入れると土壌の有機物が大変少なく、荒廃した森林となっています。


Q 人工森林が荒廃すると私たちの生活にどのような影響がでてくるのですか。

A  本来、有機物が豊富な森林土壌では、降った雨は地面に浸透し、一定時間地中に蓄えられた後にわき水として渓流水になります。しかし、林床が裸地化し荒廃した人工林では、雨粒などが地面をたたき付けることによって、地表面に水を浸透させづらい層(土壌クラスト)ができます。その結果、雨水が容易に地表流(地面の表面を流れる水)となって地面を流れる現象が起こります。このような、地表流が発生すると、本来は一時的に地中に蓄えられていた雨水が、地中に染みこまずに直接河川に流れ出すことから、ピークの流出量が増加し下流域に洪水を引き起こす可能性があります。また、地面に雨水が蓄えられないことから渇水期の水流出が減少することも予想されます。このような水流出の変化は、河川の濁り・水質や水温の変化などによって、魚類の生息環境など河川生態系にも影響を及ぼすことが考えられます。つまり、災害の発生、生活用水・農業用水などの水資源の確保、河川環境の変化などに私たちの身近な生活に影響が出てくると考えています。


Q 人工森林荒廃の洪水・河川への影響把握において、どのような研究を進めているのですか。

A  人工林の荒廃によって発生する地表流の実態と洪水発生のメカニズムを解明し、モデリングによる洪水予測や森林管理の方向性の提言をするための研究を進めています。具体的には、日本各地で人工林の荒廃が顕著に見られる地域(東京・三重・長野・愛知・高知)において、ヒノキ・スギ・カラマツなどの人工林と広葉樹に覆われている森林流域とで、斜面・小流域(1ヘクタールくらい)・大流域(5から10ヘクタール)からの水流出を観測し、人工林と広葉樹林の比較を行なっています。また、ヒノキ・スギ・カラマツの人工林では森林管理の履歴(間伐の回数)の異なる流域からの水流出も比較しています。それぞれの斜面プロットと流域では、洪水時に流出水を採水し濁り具合(土砂流出)や水質を分析しています。とくに雨水や渓流水に含まれる酸素の同位体や化学成分は流域からの水流出経路(地表流や土壌水など)を明らかにし、地表流が流域の洪水流出にどの程度寄与しているのか解明するために適しています。このような水流出・水質に関する研究に加えて、森林の生長・森林の健康度・林内環境の変化なども人工衛星や航空写真などのリモートセンシングによって分析しています。以上のように地表流発生のメカニズムを理解した後にモデリングによって、森林の生長と森林荒廃の予測、森林荒廃による降雨浸透・地表面流の発生・洪水予測を行い、さらには水質変化や河川環境への影響評価を行います。


『水循環系の物理的ダウンスケーリング手法の開発』 小池俊雄研究チーム

Q 「水循環系の物理的ダウンスケーリングの手法の開発」の研究課題において、なぜ水循環系の物理的ダウンスケーリング手法の開発が必要なのか、狙いと意義を教えてください

A  国際的に、人口増加によって水資源が逼迫し、また洪水氾濫原へ資産が集中しております。このような状況の中で、人間活動に対する甚大な被害が実際に発生するのは、水循環の変動の振れ幅が大きくなったときです。例えば、我が国の河川流域規模の水循環の大きな変動は、北東アジアスケールやアジアモンスーンスケールの水循環変動の影響を強く受けており、またこれら地域規模の変動は地球規模の水循環変動の中で生じます。したがって、地球規模の水循環変動の予測から地域規模へ、地域規模の予測から流域規模へ、スケールを小さくしながら予測をつなげていくこと、つまりダウンスケーリングが必要になります。
 予測は時間に関する微分方程式を時間について積分していくことですから、その初期値を正しく見積もることが必須です。従来はダウンスケーリングのときに、より小さなスケールの初期値が導入されていなかったために、折角ダウンスケーリングしても予測値にあまり改善が見られないことがありました。そこで本研究ではこのダウンスケーリングのときに、衛星観測データと土壌水分、積雪、雲・降水の物理モデルを組み合わせて小さなスケールにあったより正確な初期値を推定する手法(これを同化という)を導入を目指しています。大きなスケールの初期値から小さなスケールの初期値を算定する手法には統計的な性質を利用する手法がありますが、本研究では上記のように衛星観測値と物理モデルを組み合わせた手法の開発に取り組みますので、これを物理的ダウンスケーリングと呼んでおります。


Q この研究が進展すると、具体的に私たちにどのようなメリットをもたらすのでしょうか。

A  地域規模から流域規模の物理的ダウンスケーリングは洪水予測精度の向上に直接つながります。我が国は島国で陸地には大変密な観測網がありますが、周りを取り囲む海洋上には観測点がありません。したがってその点からいうと、我が国の各流域は観測点がはなはだ不十分であるといっても過言ではありません。海洋上での水蒸気、雲、降水などを豪雨予測に不可欠な大気情報を同化によって得て地域規模の水循環予測の精度を向上し、その出力を同様にしてさらに細かなスケール(メソスケールという)の大気モデルにダウンスケーリングして予測降雨を算定して、河川流出モデルに入力することにより、洪水予測精度の向上が見込まれます。我が国の場合は周りの海の上での初期値の正確な算定が鍵ですが、大陸の河川で観測が不十分なところにもこの手法は適用できますので、我が国だけでなく国際的な洪水管理にも貢献することができます。
 地球規模から地域規模の物理的ダウンスケーリングは中・長期の水循環予測精度の向上に役立ちます。土壌水分や積雪は、大気の下部境界として比較的長期にわたって大気水循環の変動に影響を与えますので、この分布を全球規模から地域規模に衛星データと物理的ダウンスケーリングによってより正確に求め、これを予測モデルの初期値として用いることで予測精度の向上が見込まれます。またこれらのスケールでの同化研究を通して、大気窶迫、面の境界条件を記述するモデルが改良されます。中・長期の水循環予測精度の向上には、初期値に加えて、境界条件の記述精度がより重要になってきますので、この面での予測精度向上も期待されます。


Q 研究を進める上で、特に重要な点はどこにあるのですか。

A  本研究は、水循環の物理機構を記述する数値モデルと、衛星観測を記述する放射伝達モデルのそれぞれの精度を向上させ、それを適切なバランスの下に組み合わせることにあります。前者は気象学、水文学において、後者はリモートセンシング工学において、それぞれ発達してきました。これら異なる分野の知識の蓄積を踏まえて、これらを融合させてより有用な情報を引き出すことが重要です。特に、陸面や雲、あるいはその結合系を対象とする放射伝達モデルの開発はそれ自体が最先端の課題で、観測実験と数値シミュレーションなどの基礎研究を踏まえたモデルの高度化が重要です。


『熱帯モンスーンアジアにおける降水変動が熱帯林の水循環・生態系に与える影響』

鈴木雅一研究チーム

Q 「熱帯モンスーンアジアにおける降水変動が熱帯林の水循環・生態系に与える影響」の研究課題において、降水変動と熱帯林の水循環・生態系の関係に着目して研究を進める狙い、意義はどこにあるのですか。

A  森林を伐採すると蒸発する水の量が減り、河川からの流出する水量が増加することが知られているなど、地表を覆う植物被覆と土地利用の変化は水の循環に影響を与えています。「アマゾン川流域の熱帯雨林が一度全て伐採されると、そこに降る雨も減ってしまい、その後の熱帯雨林再生はできない」という予測が15年くらい前に提出されて以降、熱帯林は二酸化炭素吸収の働きの他にも気候形成に深く関わっていることが知られるようになりました。しかし、欧米の研究者による調査が進むアマゾン川流域の熱帯林に比べ、東南アジアの熱帯林についての現地観測研究は手薄でした。アジアモンスーンやエルニーニョの影響が大きい東南アジアの森林について、森林生態系の動態と気候システムの関わりを明らかにすることは、森林環境保全、水資源計画を含む流域管理に欠かせない知見をもたらします。


Q 観測サイトで観測用クレーンやタワーを用いた研究は、なぜ必要なのですか。

A  一般には地表面で太陽エネルギーを受けとり、蒸発や植物の光合成が行われていますが、森林は地面から離れた樹冠で主に熱交換、ガス交換が行われます。このため、樹木の背丈より高い場所に観測機器を設置して、熱交換、ガス交換が行われている場所での計測が必要となります。これが、観測プラットフォームとして観測用クレーンやタワーを用いる理由です。観測用クレーンやタワーがあると、葉の表面温度を直接測定し、人工衛星で宇宙から測定した地表温度と比較することも可能となります。そして、普段は簡単には近づけない大木の上部にある葉、花やそれにやってくる昆虫なども近くから観察することができるので、エネルギーと水循環の研究だけでなく森林の生物多様性の研究など様々な方面から森林を調べるのに役立てられます。ボルネオ島の熱帯雨林では樹高が60mをこえる木がありますが、ランビル国立公園にあるクレーンの最も高いところは地上93mで、昼なお暗い熱帯林の林内から強い日差しの樹冠上まで、上下方向に大きく変化する森林環境が計測されています。また、熱帯林は背丈の揃った人工林とは異なり不均一に樹木が分布しているので、一本のタワーより樹冠上であちこち移動できるクレーンを使い、森林環境を3次元空間として把握するのが有効なのです。


Q 森林の生態系研究で特に着目していることは、どのような点でしょうか。

A  気温の季節変化が少なく、一年中雨がたくさん降るところにある熱帯雨林は、季節性を持たず水ストレスと無縁な生育環境にあると考えられていました。たしかに平年の状態はその通りなのですが、ボルネオ島ではエルニーニョのときに著しく雨が少ない時期が生じ、大規模森林火災が発生します。火災にあわなくても、強い乾燥により樹木の枯死率が増えるなど、降水の年々変動は森林に大きい影響を与えている可能性が指摘されています。降水の季節変動が、土壌水分の減少を通して二酸化炭素の循環、水循環に与える影響評価が、本研究で着目している課題です。
 雨がほとんど降らない乾季が数ヶ月あるタイ国などに成立する熱帯季節林は、乾季に土壌が乾燥するときに、葉を落とす落葉林と葉をつけたままの常緑林があります。これらの森では、乾季後半に土壌が乾燥すると土壌中の微生物の活動も低下し、土壌の有機物が分解して生ずる二酸化炭素発生が減少するなど、水分状態が森林の活性と強く結びついています。熱帯季節林で毎年の乾季に生ずる二酸化炭素の循環、水循環の特徴と数年に1度程度の熱帯雨林における少雨期間に発生する現象を対比しながら、生態系の動態を明らかにしようとしています。


『人口急増地域の持続的な流域水政策シナリオ ─ モンスーン・アジア地域等における

地球規模水循環変動への対応戦略 ─』 砂田憲吾研究チーム

Q 「人口急増地域の持続的な流域水政策シナリオ」の研究課題において、なぜこの研究を進めるのか、その狙い・意義を教えてください。

A  言うまでもなく、生命維持や社会の活動に不可欠な水は、地形や気候など地理的な自然条件と共に、人間による経済活動や文化も含めた社会条件と深い関わりがあります。したがって、対象流域の水の循環系を正しく認識し、その利用をより適切に進めるためには、自然的な水循環の把握に加えて、地域の実情に応じた水問題の課題を抽出し、問題克服のための方策を考える必要があります。特に、モンスーン・アジア地域では、多様な地理的条件を背景として、人口急増に伴う都市化など社会構造の変化が進行しており、流域水管理のために誤りのない政策の選択が求められています。本研究では、アジア地域の代表的で典型的な河川流域において生じている水問題とその構造を明らかにし、従来行われてきた対応策や工夫など水管理の方策を評価しながら、地域に相応しい持続的な水政策シナリオを提示します。さらに、各地域でのシナリオ事例を集約し、本研究の対象外のアジアの河川流域で適用可能な総合的な水政策の指針を作成して、地域の水問題解決に貢献します。


Q 水管理ツールボックスと言う言葉がありますが、ツールボックスの意味する内容を教えてください。

A  “ツールボックス”はいわゆる道具箱を意味します。ここでは特に、流域水政策シナリオ作成のための総合的で基準的な手法・政策指針を指します。比喩的に独自に、“知恵袋”または医療現場で用いられる“往診カバン”などとも呼んでいます。対象流域で進められる水政策シナリオ作成の過程において、要素としてのツールが抽出されることになります。各流域での自然地理的背景、水文事象、ヒューマンニーズ、社会経済、インフラ、地域調整、環境などに関する項目・手法・指標と共に、経験、その他の情報までが知識としてツールを構成します。これらを再編して、合理的かつ客観的に水管理を進めるための手法・指針がツールボックスです。生じている問題を分析して、対処方法・成功例・失敗例を参照しながら実現可能な方策の提案を支援しようとするものです。欧米でもツールボックスの研究は開始されていますが、まだ確立された段階になく、しかも乾燥地帯を中心に開発されたため、水田を多く有するアジアの地文的特性を十分に考慮した政策研究はなされていません。本研究では、人口も多く、洪水や渇水など深刻な水問題を持つ多様な条件にあるモンスーン・アジア地域での新たなツールボックスを開発します。


Q 研究を進める上で、特に重要と考えている課題はどこにあるのですか。

A  先にも触れましたが、流域の水循環に関わる計画を検討する場合、水問題の性格から、具体的な対応には個別の地域に事情の考慮が不可欠です。研究では、自然的・社会的条件(地理、水文、社会、経済、文化など)の異なるモンスーン・アジア地域等の典型的な8河川流域を対象とします。平均値ではなく、当初から地域固有の事情や特性を考慮するところから出発します。その際、二つの視点を重要な課題として考えています。一つは、人口増加や環境問題への配慮など時間の経過と時代の変遷に関わる課題です。水政策の効果や影響そのものに時間が掛かると共に、当初の目標や社会状況が変化していくことを理解しておく必要があります。類似な経過をたどる流域でも、先行する流域の事例として単純には参照できないことがあります。もう一つは、流域の上流・下流の問題です。同じ国内でさえも地先の目標と流域全体の目標とが競合し、一方的な計画では対処が不十分です。特に国際河川の場合は複雑で深刻です。以上の2点の課題を十分認識して、流域水問題の構造的な分析を進め、科学的で合理的な水政策シナリオの提示をめざします。


『各種安定同位対比に基づく流域生態系の健全性/持続可能性指標の構築』

永田 俊研究チーム

Q 「各種安定同位体比に基づく流域生態系の健全性/持続可能性指標の構築」の研究課題において、この研究の狙い・意義を教えてください。

A  流域では、水や物質の循環と、様々な生き物の営みが、相互に影響を及ぼしあうことによって、複雑な生態系が成り立っています。人と自然の調和のもとに、流域の生態系環境を健全に保ち、あるいは、それを再生することは、今日の流域管理における大きな課題のひとつです。この課題を達成するためには、複雑な流域生態系の「健康状態」を的確に把握することが必要です。本研究では、流域生態系を構成する水、物質、生物の各種安定同位体比を用いることで、流域生態系の健全性を総合的に診断する新しい指標を開発することを目指しています。本研究の成果は、流域生態系の保全や管理に関わる状況把握や、目標設定の明確化に貢献することが期待されます。


Q  各種安定同位体比を用いる手法の特徴はどのような点にあるのですか。

A  炭素、窒素、酸素、水素などの安定同位体比は、それぞれの元素、あるいはその元素を含む化合物の発生起源や反応履歴を反映します。また、生物の場合ならば、炭素や窒素の安定同位体比から、生態系のエネルギー基盤(炭素源)や食物連鎖関係がわかります。本研究では、これらの原理を応用し、各種安定同位体比の分布や変動の規則性を整理することで、水文過程(水の起源や流出経路)や物質循環(栄養負荷源や生態系の基本代謝・浄化機能)、また、生態系構造(多様性と食物網)を含めた、流域生態系の全体を統合的に診断する、新たな指標群を構築することを試みます。この方法は、簡便性、総合性、情報の積分性など、様々な面において特徴があります。たとえば、従来の水質指標(全リン量、全窒素量、CODなど)では、測定変数の時間的な変動が激しいため、頻繁に観測を行わないと十分に正確な水質評価ができません。これに対して、安定同位体比の性質を上手に使うと、1回の測定で、ある期間中の積算汚濁量の強弱を判定する目安が得られます。また、汚濁物質の起源や、栄養物質の反応過程、食物連鎖の長さ、など、流域生態系の「仕組み」についての情報を、比較的簡便に得ることができるのも大きなメリットです。


Q  琵琶湖周辺を観測地点に選んでいますが、その理由はどこにありますか。

A  琵琶湖は、近畿圏1400万人の「水がめ」であり、また、世界でも有数の生物多様性の宝庫です。近年、流域における人口増加と人間活動の強化に伴い、水・物質循環の急激な変化や各種の汚濁が問題化しています。このため、琵琶湖流域では、生態系の保全と再生が緊急の課題となっており、行政や研究者による観測やモデリングが重点的に行われています。本研究では、これらの既存情報や研究基盤を活用することで、安定同位体比を用いた指標群の開発を効率よく推進することを目指しています。また、琵琶湖流域で構築した指標を、モンゴルなどの海外拠点を含めた他の地域で適用することにより、その一般的な有効性を検証することも計画しています。


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