水の循環系モデリングと利用システム

 

平成14年度採択 Q&A

 

 

『北方林地帯における水循環特性と植物生態生理のパラメーター化』 太田岳史研究チーム

Q 北方林地帯における水循環特性や植物生態生理に関する研究は、世界の水循環系においてどのような位置づけになるのですか、またどのような意義を持っているのですか。

A  北方林が成立する範囲(北緯40°〜70°)の地域は,一般に低温で乾燥な環境の下におかれています。このことは、北方林が他の地帯と比較して強い環境ストレスを受けていることを示唆します。しかし、熱帯林や温帯林などと比較して、北方林は観測および解析の開始が遅れた地域です。このため、高緯度地域における植物の生理生態的特性と水循環に対する森林の影響に関しては未知の部分が数多く残されています。これまでの森林の広域的な消失に関するシミュレーションからは、熱帯林は低緯度地域の気温の上昇に影響を持っているのに対し、北方林は高緯度地域以外も含めた広域にわたる気温の低下に影響を持つと予測されています。このように,高緯度地域では気候に対する森林の影響の仕方は他の地域とは異なっており、その影響過程にはこの地域に特有な植物の環境応答特性が関与していると考えられます。したがって、水循環に対する森林の影響の機構を、環境要因に対する植物の生態生理学的反応を通して、評価することは非常に重要です。そして、水循環の見地から森林の環境要因に対する応答特性の時空間的分布を、森林が成立している気候状態と関連づけて明らかにしようとする研究はほとんどありません。


Q 高緯度森林帯での水・エネルギー・炭素循環の研究の狙いはどこにあるのですか。

A   一般に、熱帯地域の研究においては、様々な測定を用いて高い生物多様性とその生態系機能との関係、それに伴う水循環過程の多様性が強調されています。これに対し、高緯度地域における森林帯での植物相は、熱帯に比較して多様性には乏しいですが、成立している気候条件は非常に多様(不均質)です。すなわち、対象とする北方林(北緯40°〜70°)の南限付近では、年平均気温も0℃以上となり、年降水量も800mm程度となります。一方、森林が存在している極値は、それぞれ-10℃、230mmであり、寒さと乾燥が厳しいため一般には森林が存在し得ない状態です。このような大きな環境条件のばらつきがあるなかで、北方林を構成する樹木はどのような生存戦略(森林の構造に係わる枝や葉などの形態的適応、炭素および水循環に係わる光合成や蒸散といった生理生態的環境応答)を持っており、それがどの様に水循環に影響を与えているのかを、時空間的に明らかにしたいと思います。この結果は、北方林地域での蒸発散特性の時空間的分布を明らかにすることとなり、北方大河川の水収支、河川流出の現状の把握、将来予測などに貢献することとなります。


Q ヤクーツクやカムチャッカで観測を進めていますが、サイト選定の理由を聞かせてください。

A   質問2でもお答えしましたが、北方林地帯の気候条件は非常に多様です。ヤクーツクはレナ川中流部に位置し気候は大陸的になります。年降水量237mm、年平均気温-10.0℃(月最高18.7℃、月最低-41.2℃)、です。一方、カムチャッカ(コズイレフスク)は半島にあるため海洋の影響を受けて気候条件が異なります。年平均降水量448mm、年平均気温-1.5℃(月最高15.1℃、月最低-18.3℃)です。しかし、森林を構成している樹種は両サイトに共通してカラマツとシラカンバです。このように気候条件が異なる条件下で同じ種類の木が、環境要因に関して同じ反応を示しているのか?それとも異なるのか?を生理的に明らかにするためにロシアではこの2サイトを選んでいます。なお、国内観測サイトである北海道・母子里サイトにもカンバ類の優占するサイトを選定しています。これらのサイトのデータを総合的に活用し、ヤクーツク、カムチャッカ、北海道というラインでの気候条件の違いによる植物の生態生理学的応答特性の相違と水循環への影響に関する相互比較解析ができると期待しています。


『衛生による高精度高分解能全球降水マップの作成』 岡本謙一研究チーム

Q 衛星を用いた高精度高分解能全球降水マップ作成を目的として研究が進展していますが、マップ作成の狙いを分かりやすく説明して下さい。

A  地球的規模の降水分布とその変動は、気候変動や異常気象現象と深い関わりがあり、人間活動や社会システムに重要な影響を及ぼします。信頼性のある観測に基づく地球的規模の降水マップの作成は、水循環モデルの構築、生態系環境の維持、農業生産等の社会基盤にとって必要不可欠なもので、人類にとっての昔からの重要な課題でした。地上雨量計による観測は本質的に点観測であること、また主に北半球先進国に偏在しており、開発途上国、山岳域、熱帯密林、そして地球表面の7割以上の面積を占める海上では極端に少ないことのため、地上雨量計で全球規模の降水量の時間空間変動を正確に測定することは困難です。また、地上気象レーダを用いても、観測レンジの制限や山岳域における地形の障害のため降水量の観測面積は限られており、全球観測を行うことは不可能です。一方、衛星による降水観測は必然的に地球規模の観測であり、衛星搭載のリモートセンサの性能や降水量推定アルゴリズムなどに関する問題はありますが、一般的には地上観測に比べるとはるかに均質な観測を行うことができます。
 衛星による降水分布図の作成はWCRP(World Climate Research Program: 世界気候研究計画)の中のGPCP (Global Precipitation Climatology Project:全球降水気候計画)に代表されるように、その重要性から既に行われています。GPCPでは衛星搭載可視・赤外放射計、マイクロ波放射計ならびに地上雨量計のデータが使われていますが、静止衛星搭載の可視・赤外放射計データが中心となっています。しかし、静止衛星搭載の可視・赤外放射計は雲の観測頻度は高いものの、降水そのものは直接観測できず、背の高い雲の下では降水が多いという統計的事実を使って降雨量を推定するに留まっています。この雲と降水との対応関係の不完全性と雲は風に流される事実のため、短時間での高い空間分解能での降雨推定は困難です。マイクロ波放射計や降雨レーダのマイクロ波センサは、降水粒子に感度があるためにより直接的な降雨分布の観測を行うことができます。このため、将来の高精度・高分解能の降水分布マップを得るためにはマイクロ波センサを中心に据えた降水分布マップの作成が求められます。


Q 熱帯降雨観測衛星TRMMに搭載されたマイクロ波放射計から、どのようなデータが得られるのですか、またそのデータはどのように天気予報に生かされるのでしょうか。

A  TRMMに搭載された、マイクロ波放射計TMIは5波長のマイクロ波を観測しています。マイクロ波は、波長1mm - 10cm程度の電磁波です。電磁波は一般的に、その波長と同程度の粒子と相互作用しやすい性質を持っています。このため、マイクロ波は、雲粒(半径0.1mm以下)に対する感度が小さく、雨粒や雪片には敏感です。また、TMIで観測できる地域は、TRMMに搭載された降雨レーダの約3倍の広さを持っています。このことを利用して、TMIのデータから、熱帯から温帯まで、広い地域の正確な降水量を推定することができます。熱帯大気の主なエネルギー源は、降水によって水蒸気が凝結する熱です。このため、TMIから推定した降水量を天気予報のためのシュミレーションモデルに組み込むことで、熱帯で発生する台風などの予報が良くなると期待されます。


Q 静止衛星に搭載した可視・赤外放射計からのデータは、降水システムにおける雲の発達期、成熟期、消滅期に関する情報を得ようとしていますが、どのようなメカニズムでその情報を得ようとしているのですか。

A  熱帯では積乱雲のような対流性の雲からの降水が卓越していると考えられます。積乱雲の一生は背の低い積雲の状態から次第に非常に背の高い積乱雲になり、下層からの水蒸気の補給がなくなると上層の氷雲だけになり、その氷雲も次第に蒸発してなくなるという観測結果があります。雨は雄大積雲の時から降りだし、積乱雲の時に対流性の強雨となり、上層の氷雲が発達する頃には層状性の弱い雨になると考えられます。気象研究所の井上豊志郎さんの開発した氷雲と積雲系の雲の判別法を用いて、対流性の雲の発生から消滅までの積雲系の雲と氷雲の割合から、積乱雲のライフステージを判別しようとしています。ライフステージが判別できれば降水の強度を推定できると考えています。


『都市生態圏 ─大気圏─ 水圏における水・エネルギー交換過程の解明』 神田学研究チーム

Q 水循環科学の構築を狙いとして、「都市生態圏-大気圏-水圏における水・エネルギー交換過程の把握」の研究を進展させていますが、今後の取り組みを教えてください。

A  本研究は、首都圏における実測と、屋外模型実験の2本柱からなります。前者については、大田区の住宅街および東京湾内にタワーが設置され熱・水フラックス観測がスタートしました。これに同期する形で、シンチロメータ(レーザー光線で顕熱を計測する装置)とライダー(レーザー光線で乱流を計測する装置)という最新リモートセンシング装置を東工大屋上に導入しました。また、区内13カ所全ての下水処理場における流入・放流水温の自動計測もスタートしました。今後、タワー観測点とリモートセンサーをさらに増設すると同時に、夏期には観測用航空機・船舶・気球・高所作業車を用いた短期集中観測が予定されています。後者の屋外実験については、これに先だって1:50の模型実験を松阪市で行いました。建坪率など都市の幾何構造を変えることで微気象をかなり制御出来ることが示されました。
今後は、いよいよ100m x 50mの広大な敷地に1:5の大型建物模型が導入され、より詳細で先例のない実験データが取得されます。


Q 首都圏において、水・エネルギーフラックスの実測をする狙いはどこにあるのですか。

A  ヒートアイランド・集中豪雨・東京湾汚染などの環境現象を予測するためには、いつ・どれだけの水・熱が都市から大気圏や水圏へ移動しているかというフラックスの情報が必要不可欠です。日本ではアメダスなどのモニタリングネットワークが充実していて温度・降水量などの気候データは非常に豊富ですが、肝心の水・熱フラックスに関するルーチン的観測はありません。これはフラックスの計測が技術的に高度で難しいことによります。しかし、フラックスの実態を把握するためには、技術上・実施上の困難を乗り越えて、膨大な熱・水蒸気を人工的に放出し続ける世界最大のメガシティー東京で実際に計測するしかないのです。


Q 日本工業大学(埼玉県南埼玉郡宮代町)の敷地内に、コンクリートでの模擬都市を構築して、各種のデータ取得を予定していますが、具体的にどのような模擬都市構築を計画しているのですか。

A  屋外実験では、碁盤の目状に規則正しく建物が配列された都市模型を構築し、建坪率を変化させます。建物の密集度によって微気象や熱・水フラックスがどのように変化するかを調べます。また、庭木に相当するポット植生や屋上緑化植物を導入することにより、都会の緑地のオアシス効果についても実験データを得ます。


『国際河川メコン川の水利用・管理システム』 丹治肇研究チーム

Q 「国際河川メコン川の水利用・管理システムの構築」を研究課題にしている狙いはどこにあるのですか。

A  水資源問題は、21世紀の重要な課題になるといわれています。具体的にいいますと、人口の増加に水供給がついて行けず、いろいろな地域で、現在、中近東で見られるような、水争いが発生するだろうといわれています。こうした見方は非常に大切ですが、雨期に洪水が起こるアジア・モンスーン地域では、必ずしもそのままあてはまりません。また、水問題は、人間と環境のバランスの上に成り立つ課題であり、環境と開発のバランスをどこにとるのか、水利用者が多岐にわたる場合には、利用者間の調整をどうするのかといった点を解決していかねばなりません。
メコン川には次の特徴があります。
・ アジア・モンスーン地域の国際河川であり、気候の変化は、上流から下流にかけて非常に大きくなっています。これは、気候に合った水利用と異なった気候にいる利用者間の調整をどのようにするのかといった問題を検討するのに適しています。
・メコン川は、カンボジアとラオスで内乱が続き、1980年代には、開発から取り残された地域でした。国際河川の中では、現在、もっとも古い形で環境が保全されている地域です。このことは、環境と開発の検討をするために適している地域ということです。また、今後の政策方向によっては、環境と開発が大きく変化するため、プロジェクトで考えているような、政策提言型の研究をするには、成果が実地に反映されやすい点で適しています。
・メコン川は、トンレサップ湖を有し、現在でも毎年、洪水氾濫が生じている数少ない河川です。洪水氾濫は、この地域では豊かな漁業生産をもたらし、住民の貴重なタンパク源となっています。環境と保全を考える上では、氾濫の制御と利用の検討はもっとも適した研究課題です。
以上のように、河川とその自然とともに流域に生きるためには、開発と環境のバランスをとる必要があり、その研究をするにはもっとも適した流域といえます。しかし、一方では、長い内乱の間は、水文・気象のデータが計測されず、データの不備が多い問題点もあります。こうした問題点を解決するために、現地機関と協力して、正確な水文・気象計測を計画したり、短期的な集中調査を行っています。


Q メコン川委員会との関係はどのようになっているのですか。
A  メコン川委員会とは、メコン川の開発と保全と利用に関わる調整を行うための国際機関です。現在、メコン川委員会には、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムの下流4カ国が参加しています。メコン川委員会は、この各国の国内委員会の他に、各国の閣僚が参画する本委員会と、そして、事務を行うメコン川委員会の事務局があります。2003年まで、事務局はカンボジアのプノンペンにありましたが、2004年には、ラオスのビエンチャンに移転の予定です。一般にメコン川委員会というと、この事務局を指すことが多いようです。
 メコン川委員会は、主にメコン川の本川に関わる水利用の調整を行い、大きな支川を除けば、支川の管理や利用は、各国に任せられています。一方、CRESTのプロジェクトでは、下流4カ国のメコン川全体を扱うため、支川も含めた流域が対象になります。このように、研究プロジェクトとメコン川委員会の検討対象は、重複しているところも多くありますが、全てではありません。
 研究チームは、メコン川委員会と、プロジェクトの進行上の必要性やメコン川委員会の要望などを踏まえ、柔軟に連絡、協力体制をとることにしています。このため、既に、研究代表者の属する農業工学研究所は、メコン川委員会と水循環に関わる研究について包括的な共同研究を進める合意を得ています。また、CRESTの予算で、メコン川委員会の研究者を日本に招聘して研究推進上の協力関係を促進してきました。さらに、ベトナムについては、南部水資源研究所と共同研究を進めていますが、この共同関係の樹立に当たっても、ベトナムのメコン川委員会の国内委員会から協力を得ています。今後も、メコン川委員会との共同調査やワークショップの共催などを進めていく予定にしています。


Q メコン川の流域にあるタイ・ベトナム・ラオス・カンボジア等の国々は、メコン川の水利用システムとどのように関っているのですか。概略をご教示ください。

A  メコン川の水利用を、推定取水量を基にした一般の統計でみますと、取水量の80から90%は農業用水になっています。この地域の水利用の第1は農業、特に、水田での水利用にあります。水田の水利用は、上流のタイ、ラオス、カンボジアと下流のベトナムでは大きく異なっています。
 上流のタイ、カンボジア、ラオスについていいますと、水田の水利用で最大のものは、6月から10月頃の雨期に作付ける水稲に対する補給灌漑です。この時期は、降雨が多いのですが、その中に中休み的に雨が降らない時期が発生し、水不足が発生します。その時期には、灌漑が必要になります。第2は、乾期の灌漑です。この時期は雨が少ないので、灌漑をしなければ米を作ることはできません。したがって、灌漑の効果は非常に大きいのですが、雨が少ないために、乾期にも水が流れている大河川から取水できる地域を除けば、灌漑のための水を雨期からとっておく必要があるため、実際に灌漑できる面積は雨期の3分の1前後です。これ以外に、面積は少ないですが、洪水時期に氾濫原において、水位の上昇に合わせて稲を育てる浮稲と、洪水が引いた後に、洪水で供給された水を利用して稲を作付ける減水灌漑があります。
 下流のベトナムでは、水路整備が進んでいて、水田は、河川から、水路に取水された水をほぼ1年中使うことができます。このためベトナムでは、1年に3回米を作る3期作や2回作る二期作が広く行われています。ベトナムは、最下流にあるため、河川からの取水ができなくなることはありませんが、河川の流量が減少した状態で、多量の取水を行う海から遡上した塩水が取水に混ざってしまうという問題点を抱えています。
以上を図1にまとめてみました。
 米以外に大切な水利用は漁業です。自然の河川や湖を使った漁業は、大きなトンレサップ湖を持つカンボジアで盛んです。漁業は、取水をする訳ではないのですが、洪水期のトンレサップ湖の水位が高いほど漁獲量が多いというデータもあり、深い関係があります。池やダムでの養殖漁業は、ベトナム、タイが盛んで、ラオスの一部でも行われています。こうした池の中には水田と水の競合関係の場合もあります。
 河川の堤防を越えて水が流れる洪水は日本では大きな問題ですが、メコン川流域の下流部では、こうした洪水は毎年起こり、氾濫する期間も四ヶ月に及ぶため、洪水が起こること自体が問題にされることはありません。それでも、2000年のように、今までの洪水の水位を大きく超えた高い洪水水位が発生すると、被害が発生して問題になります。その場合には、一部の水田は洪水の被害により、収穫ができなくなります。
 メコン川の水利用は、上流で本川から水を取水すると下流では取水できなくなる関係にあります。そこで、メコン川委員会では、メコン川本川の取水、ダム開発、流域の変更を協議の必要な対象と定めています。上流の水利用が下流の水利用を阻害しないこと、あるいは、下流にもメリットがあることが、水利用を拡大するためには必要な条件になります。更に、必要なレベルの環境保全にも配慮する必要があります。こうした対立は同じ国の中でも発生するのですが、行政的な補完システムが働かない国の間では、対立がより厳しいものになりやすい傾向があります。このような対立点を明らかにし、上流国と下流国がともにメリットを受けるようなWin-Winシステムを提案することが必要になります。


『持続可能なサニテーションシステムの開発と水循環系への導入に関する研究』

船水尚行研究チーム

Q 持続可能なサニテーションシステムの開発は、先進国や発展途上国にどのようなインパクトを与えるのですか。

A  開発途上国おいては適切なサニテーション設備を持たない人たちが多くいます。そしてその80%がアジアの国の人たちです。し尿を適切に管理し、し尿中の窒素やリンといった肥料成分を再利用するシステム(サニテーションシステム)が開発されると次のようなことが可能となります:
(1) 現在、世界中に下水道の建設が進まないのは、経済的な制約によると考えています。新しいシステムはパイプを使って汚水を集めることはしません。そのため、下水道を建設するより安価となり、普及が容易です。
(2) し尿に含まれる病原性微生物による直接的な病気、し尿が地下水を汚染することにより生じる水を媒介とした病気を少なくすることができます。
(3) し尿中の窒素やリンを肥料として使うことができ、資源の循環に寄与します。
(4) トイレでは水を用いないので、水資源の節約を図ることができます。
(5) し尿に含まれる栄養塩(湖沼の富栄養化を引き起こす物質)、微量汚染物質を水系から分離することができ、水質汚濁防止に寄与します。
下水道が普及している先進国においても短期的、長期的な二つの観点から新しいシステムの位置づけを考えることができます:
(1) 短期的、すなわち、現在の先進国おける新しいシステムの位置づけを考えて見ましょう。先進国において下水道が整備されていない地域はどのようなところでしょうか?容易に想像されるように人口密度が低い地域の整備が進んでいません。これは、パイプを敷設して汚水を集めるのに非常にお金がかかり効率が悪い地域です。このような地域には汚水を集めないシステムが効果を発揮します。
(2) また、開発途上国、先進国を問わず循環型社会の形成にむけて努力が進められています。新しいサニテーションシステムは、し尿を水系から分離し、栄養素の再利用を行うことから、持続可能な循環型社会の構築に寄与します。
(3) 長期的な観点からは新しいシステムが現用の下水道に代わるものになるかを考えてみる必要があります。先進国では多くの資金を下水道建設に投入してきました。そして、下水道施設は私たちの貴重な資産になっています。この下水道資産、特にパイプを維持管理していくのに多くの資金が必要になることが予想されています。顕著な経済成長が望めない国では、将来下水道施設の維持管理が重荷になるかもしれません。このため、下水道施設が老朽化し維持管理が容易でなくなってしまう前に現在の下水道システムに代わる新しいシステムを準備していく必要があると考えています。


Q バイオトイレの開発・導入を狙いとした研究と水循環に関する研究の関係をお教えください。

A  水循環の中に私たちは生活しています。すなわち、私たちは日常の生活や都市活動・農業・産業を支えるために水を水循環から取水し、使用後の排水を水循環に戻すということを行っています。そしてこの過程でし尿をはじめとするさまざまな廃棄物や熱エネルギーを水循環系に捨てています。この結果、水質汚濁の問題が発生し、水利用にまで影響を及ぼすことになったわけです。このように、人間活動は水循環に大きな影響を与えています。
 水を利用し、そして排出するためにさまざまな施設やシステムが用いられています。その中で人間生活の基盤をなしているのがトイレの関わりであると思います。日本で用いられている水洗便所を考えて見ましょう。水洗便所は(1)水資源が十分にあり、(2)浄水場で水が処理され、(3)水道管で水が配られ、(4)そしてフラッシュした下水が下水処理場まで集められ、(5)そして適切に処理された後、放流されています。水洗便所の後ろには巨大なシステムが機能していることになります。水を用いないトイレの導入は水循環と人間のかかわりを変えることができると考えています。


Q 日本及びに世界におけるバイオトイレの開発・導入等の取り組み状況をお教えください。

A  世界における取り組み状況から説明しましょう。2000年に水の分野の研究者の世界的は組織である世界水協会(IWA)の中に持続可能なサニテーション(sustainable sanitation)に関するグループが結成されました。現在は生態学的なサニテーション(ecological sanitation)と名前を替えて活動が続けられています。このエコロジカルサニテーションに関する第一回の国際会議は中国の南寧で2001年に開催されています。また、水を用いないトイレに関する初めての国際会議(Dry Toilet 2003)が2003年フィンランドで開催されました。このように、サニテーション技術や新しいトイレに関する取り組みは世界で始まったばかりということができるでしょう。ドイツや北欧では“うんこ”と“尿”を分離して貯留できるし尿分離トイレやし尿からコンポストを作るコンポスト型トイレが開発されています。日本の国際協力機構(JICA)に相当するドイツのGTZやスウェーデンのSIDAが開発途上国のサニテーション問題の解決にこのような技術を広めようと努力しています。
 日本ではおが屑をマトリックスとしたコンポスト型トイレをはじめ、さまざまな種類の新しいトイレが開発されています。そして、富士山山頂をはじめ山のトイレとして導入が始められています。


『リスク管理型都市水循環系の構造と機能の定量化』 古米弘明研究チーム

Q 都市における涵養型地下水の確保は、どのような狙いのもとに行おうとしているのですか。

A  都市の水利用が流域全体の水循環に大きなインパクトを与えていることから、都市にストックとして存在する地下水を着目しています。汚染に留意しながら都市雨水や下水処理水の地下水涵養を積極的に進めることで、都市の自己水源として活用する道を検討しようとするものです。


Q 涵養型地下水を利用する上での課題はどこにあるのですか。

A  地下水涵養することは、本来の水の流れを健全化する意味では有効なことですが、都市雨水や処理水は自然な水と比較すると必ずしもきれいなものではありません。都市社会活動に由来する微量化学汚染物質を含んだものです。したがって、土壌への涵養に伴う汚染物質の動態や質的改善効果を評価して、都市における様々な水利用ごとに涵養地下水のリスクを定量化することが課題となります。


Q 都市排水には、屋根排水、道路排水、下水処理排水等がありますが、どのような微量汚染物質が含有していると考えられているのですか。

A  ヒトの健康や水域生態系に影響を及ぼす微量化学汚染物質を含んでいます。例えば、屋根や道路排水には工場や交通活動に由来して排気ガス、アスファルト、タイヤ、ワックス・塗料などに起源を持つ様々な毒性物質が含まれることになります。例えば、重金属、多環芳香族炭化水素類などがあります。また、下水処理水には活性汚泥を利用した生物処理では十分に除去できない、内分泌攪乱物質やし尿を介して排出される医薬品など非常に低濃度であるもののヒトや水生生物に影響を与えうる物質などが残存しているはずです。


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