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研究年次報告と成果


小田 吉哉(エーザイ株式会社 シーズ研究所 主幹研究員)

定量的メタボロミクスとプロテオミクスの融合

平成17年度  平成18年度  平成19年度

§1.研究実施の概要

ゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミクスに引き続き、4番目のオミクスであるメタボロミクスも徐々に盛んになってきているが、要素技術の完成度は必ずしも高くない。よって現在一度に100種類以上の代謝物の同定ができる研究機関は一握りしかない。我々は分離分析の中でもルーチン性に優れたHPLCやGCを主体とした分析手法の確立、そして比較解析を可能にするために信頼性が高い定量分析法の開発、エンドユーザーの利便性を考えながら、種々の装置に対応可能で、かつ差分解析を実行できるソフトウエアの作成と配布を行ってきた。このような各技術基盤を開発しながら、その方向性の確認と新たな課題を探るために、診断を目的とした臨床試料分析や薬剤の作用機序推定を目的とした細胞内代謝物解析を行った。その結果一定の成果を得ると同時に代謝物の自動同定システムの必要性が浮き彫りになった。

§2.研究実施内容

1)定量的メタボローム解析手法の確立

代謝物の解析では未知物質の同定作業の前に、違いがあるもの(正常と病態の違いなど)を見つけることが必要である。つまり定量法が非常に重要な位置を占める。現在のLC/MS装置は再現性が高い結果を得やすくなりつつあるが、それは完成度が高い一般的なシステムである。生体内の微量成分を検出するためには、LC/MSの流速を毎分数マイクロリットルからナノリットルまで低流速化する必要がある。しかしナノLC/MSは安定性が損なわれる傾向があることから信頼性の高い定量値を得ることは難しい。そこで我々はプロテオミクスで培ってきた網羅的内部標準物質すなわち安定同位体元素標識細胞を内部標準細胞として利用した。ここで哺乳類細胞が作り出す代謝物を安定同位体元素標識することは容易ではないが、大腸菌は最小培地で培養可能なため代謝標識も簡単にできる。しかも主要な代謝物の多くは大腸菌からヒトまで共通である。我々は種々培養条件を吟味してから同位体標識した大腸菌を内部標準として用いることで精度の高い定量的メタボローム解析を実現した。これによって各種代謝酵素阻害による抗がん剤の作用機序解析が可能になった。

上記定量法は対象物質を数百種類以下にあらかじめ限定したメタボローム解析では非常に有用であるが、対象を限定せずに少しでも多くの代謝物を分析しようとする際は、内部標準として添加した大腸菌由来の代謝物が問題となる。なぜなら質量分析装置で検出されるピークが倍増するため、もしくはナノLCカラムに負荷できるサンプル量が半減するため(大腸菌のサンプルも同時に負荷するため)、本来着目すべき代謝物を見逃してしまう危険性が高くなる。そもそも現在のメタボローム解析では未知代謝物の同定が難しいため、大腸菌由来か目的細胞(組織)由来か即座に判別できない。そこで内部標準を使わない方法を確立しようと、まずLC/MSの流速を下げて感度を上げつつ、できるだけ安定した測定系の構築を行い、定量測定を行った。比較する試料を同じ日に処理して、同じ日に測定を行えば、許容される程度の再現性が得られたが、試料数が多くなって同一日内に処理や測定が終わらない場合、病態と正常の違いよりも測定日の違いのほうが、差が大きくなることが判明した。そこで次に2種類の内部標準物質を用いてピーク面積の補正を行った結果、日間変動が小さくなり、定量解析に耐えうるデータを算出することが可能になった。この方法によって臨床試料を用いた疾患関連代謝物解析を行い、診断マーカー候補を得ることができた。

LC/MSを使った網羅的解析から変動幅が比較的大きい分子を見出す探索段階の場合、内部標準物質を使わない簡便な定量法も有効である。しかし先に述べたように質量分析特にナノLC/MSは再現性を犠牲にして感度を向上させていることからセミ定量としても精度が悪い。ところでこれまでに報告されているオミクスデータや我々が行ってきたデータから、例えば正常と病態の比較において変動する分子は一部であり、多くの分子は変動しない。このことは変動しない分子を疑似内部標準物質とすれば定量値を補正できることを意味している。課題は変動しない分子をどうやって見出すかという点である。ハウスキーピング分子でさえも変動する場合があることから、まずLC/MSによって網羅的解析データを取得し、各々のピークの強度比を計算する。次に比較するサンプル間で、これらピーク強度比の比を計算する。観測された全てのピークの比を計算し、その値ごとに分布を調べ、もっとも分布が多いところが変動しない分子の集合体である(多くの分子は変動しないため)。これらを疑似内部標準物質とした。そして実際の定量値を算出する際には、目的のピークとHPLCの溶出時間が近い複数の疑似内部標準物質を選び、それぞれ定量値を計算して、それらの平均値を最終値とした。今回は自動解析ソフトの充実度と我々の開発した疑似内部標準法の確からしさの確認のため、既に種々の定量法が確立されているプロテオームデータを使って仮説の検証を行った。本法は質量分析一般に当てはまることから、自動ソフトウエアが充実さえすればメタボロミクスにも即座に利用できる。

以上、平成19年度に我々はLC/MSを使ったメタボローム解析のために3つの定量法を開発した。

2)LC/MS解析用ソフトウエアの開発

質量分析装置から得られるデータを解析するためには通常、装置開発会社が装置とともに供給しているソフトウエアを使って解析を行っている。クロマトグラフィーなど分離手法と組み合わせずに得られた質量スペクトルデータであれば、m/zと強度との二次元情報のみであり、薬物動態研究における定量分析では測定したい分子をあらかじめ想定し、その分子だけのデータを取得することからデータ量も極端に少ない。質量分析装置に付随しているソフトウエアはこのような型にはまった使い方に合わせて開発しており、実際質量分析ユーザーの大多数をしめている。プロテオミクスそしてメタボロミクスは知名度こそ高まったが、質量分析装置メーカーからすればユーザー数は少なく、しかも解析法が一般化していないため、ユーザーによって、あるいは目的によって様々なデータ解析が行われている。そのうえオミクス解析では複数の異なった質量分析装置を使っている研究室も珍しくないが、異なる装置メーカーから得られたデータを別のメーカーのソフトウエアで解析することは通常できない。このようにオミクス現場のニーズに合わせたソフトウエアの開発は商業的には極めて難しい状況にある。我々はオミクス解析に必要な情報を研究者のニーズに合わせて引き出せるユニバーサルなソフトウエア、Mass++を開発してきた。平成19年度は対応できる機種を増やしたことで現在は質量分析主要4メーカー(Applied Biosystems、Thermo Fisher、Waters、島津)のデータ解析が可能となり(一部バージョンによっては未対応)、LC/MSやGC/MSのデータにおいて(原理的にはCE/MSのデータも)、二つの測定データ(例えば正常と病態モデルの2種類)の差分解析を可能にし、三次元表示もより使いやすくした。Mass++はプラグイン方式なので各ユーザーが必要な機能を追加したり、不要な機能を削除して動作性を速くしたりすることができる。CRESTホームページからダウンロードして無償かつ自由に利用できるようになっている。

3)実試料によるメタボローム測定

ヒト由来のガン細胞を使ってリン酸基を含む極性代謝物に絞った分析法を開発し、これらを精度よく一斉定量することで抗がん剤の作用機序解明に役立てている。
 患者さんの脳骨髄液や血漿試料のメタボローム解析を行って診断マーカーの探索を行っている。
 これら詳細については特許性の有無を確認後、特許申請や論文発表を行ってから順次公開していく。

§3.研究実施体制

(1)「小田」グループ
   @研究分担グループ長:小田 吉哉(エーザイ(株)、統括課長)
   A研究項目
     ・定量的プロテオミクスとメタボロミクスの融合

§4.成果発表等

1) 原著論文発表
   @ 発表総数(国際 1件)
   A 論文詳細情報
・ “Pseudo Internal Standard Approach for Label-Free Quantitative Proteomics.”T. Tabata, T. Sato, J. Kuromitsu, and Y. Oda, Anal Chem. 79, 8440-8445 (2007).


2) 特許出願
  @ 平成19年度特許出願内訳(国内 0件)
  A CREST研究期間累積件数(国内 0件)
3) その他
  @ その他の成果発表
・ 本プロジェクトにて開発した質量分析用ユニバーサルソフトウエアMass++を無償提供中 (http://www.cellmetabo.jst.go.jp/ja/topics/ver.html)
・ LC/MSによるオミクスデータのセミ定量法PISがニュースとして2ヵ所で取り上げられました。
  
  

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