「ナノ科学を基盤とした革新的製造技術の創成」

平成23年度 研究終了にあたって

研究総括 堀池靖浩

 本研究報告書は、「ナノ科学を基盤とした革新的製造技術の創成」研究領域の平成18年度採択の6チームと平成19年度採択の1チームの研究成果をまとめたものです。
本研究領域の戦略目標は、ナノテクノロジーの早期の実用化に向け、必須となる「ナノ製造技術」の基盤を次の(1)~(4)の研究の緊密な連携により提供することです。即ち、(1)新規なナノデバイスやナノ物質・材料を高効率に製造する技術、及びその装置の創製、(2)これらを駆使し、従来法では達成できない革新的機能を発現する具体的な成果として実証、(3)ナノ製造に関る現象やナノ構造のナノスケールでの計測・評価、(4)製造技術基盤をナノスケールで理解し、制御することにより製造プロセスの高度化・環境負荷の低減の実現。
 課題の採択にあたっては、「ナノテク」とは、ナノレベルでの計測、物質合成、制御、システム化することにより、従来の科学・技術を覆し、飛躍的なイノベーションをもたらす「基本的方法」という認識に基づき、研究課題が、明確なニーズを定め、その実用化に到達するためには、「ナノテク」の方法が具体的に提案され、「ナノ科学」の解明を基盤にして「不代替の独創的技術」を実現し、イノベーションを興す可能性を秘めている研究テーマを選びました。
 平成23年度に終了した課題を分野別に見ますと、ナノバイオ2件、有機デバイス2件、ナノ粒子2件、プラズマ1件の計7件です。ナノバイオの1件では、がんや難治性疾患に対する革新的治療の実現を目指し、遺伝子・核酸医薬の送達機能を有する「高分子ミセル型」と「エンベロープ型」の二つ超分子ナノデバイスが卓越した合成技術により開発されました。多くの成果の中、前者では膵臓がんモデルに対し血管新生抑制による治療や肺動脈肺高血圧モデルの治療、後者では非分裂性の樹状細胞への遺伝子導入やワクチン搭載により膀胱がん治療などが安全性と共に実証されました。それぞれ企業に技術移管され、現在、製薬企業の参画がI相治験に向け検討されています。前クレスト研究も含め10年を経て、世界を先導する極めて高いレベルの研究グループとして成長し、同時に多くの若手の人材が育ちました。他の1件は、マイクロTAS技術を駆使してin vitroで人工膵島の創製技術の開発です。インシュリンを放出するβ膵細胞のナノ流路での培養、応答などの研究を基に、ナノ流路で培養されたβ膵細胞を内包したハイドロゲルファイバーをラットに移植し血糖値低下・回復応答の実証や、ES幹細胞液をオリフィスアレー電気穿孔デバイスを用いて通常細胞に導入してiPS化に成功、微小流速下でiPS細胞の長寿命化の発見など世界にインパクトの高い成果を発信しました。有機デバイスは電子ペーパなどの応用が期待されていますが、実用化には基礎的問題が山積しています。この分野の1件は、有機半導体と金属の接触抵抗が極めて高いという問題に挑戦し、その原因は有機薄膜の粒界の界面のトラップに起因することを明らかにし、1nmの「乱れた金属酸化膜」の挿入により抵抗の大幅な低減に成功し、企業に朗報をもたらしました。この結果は単結晶使用が不可欠なことを示しており、溶液法によりトランジスタ領域に単結晶を選択的に成長させ、14㎠/Vsの移動度を達成しました。もう1件の液晶性有機半導体材料の開発では、詳細な基礎検討の結果、液晶相における高移動度化を実現する材料合成の指針を確立し、高次SmE相を発現させ、プロセス温度を200℃まで向上させました。リングオシレータの試作では、1.6㎠/Vsの移動度で 18kHzの動作を達成しました。ナノ粒子分野の1件は、所要のナノ粒子を液中プラズマで生成しますが、従来不明でしたその生成機構が独創的な診断法の開発により解明されました。その結果、超軽量強化複合材料を実現する水系CNT分散溶液や1nmサイズで作製されたPtAu非金属触媒合金クラスタを用いて長寿命Li空気電池の開発、最終的にはバイオエタノール合成を目指したセルロースからグルコースを主鎖とした分解物の生成など種々の応用を見出しました。液中プラズマ装置も市販され、他の応用も含め多くの企業で実用化開発に活躍しています。他の1件は、マイクロリアクターを用いたナノ粒子作製です。多種多様な合成条件を迅速・網羅的に探索できるコンビナトリアル装置を開発し、100通りの試薬の組み合わせから3週間で最適な1通りの条件を見出しました。CdSeナノ粒子合成では、ニューラルネットワーク解析理論による合成条件と物性・特性の相関関係の数式化に成功しました。その結果、CdSe/CdS/ZnSコアシェル型蛍光ナノ粒子を作製し、演色性・変換効率に優れた発色LEDが開発され、これは AISTベンチャーで実用化が促進されています。また、約150℃で焼結可能なCuナノ粒子も作製され、インクジェット装置と連結してオンデマンドでCuの配線技術に展開されています。プラズマ研究では、エッチングプロセスの試行錯誤的制御の現状を打開すべく、ラジカル・イオン密度、イオンエネルギーなどが可変の傾斜プラズマ装置と小型モニター装置を開発し、これらの物理パラメータの計測によりプロセス条件を決定するナビゲーションシステムを構築しました。これらの装置群は市販され、製造業へ導入されつつあります。
 米国では2001年から「ナノテク」研究が行われて来ましたが、10年を経て2011年からは実用化のフェーズに入り、Nanomanufacturingプロジェクトが始まっています。上述のように、CREST「ナノ製造」領域の研究も、世界に誇る新規な材料や製造技術を発信しています。本研究領域は、平成24年度に5件、最終の25年度に4件が終了しますが、引き続き、我が国の製造技術に変革をもたらすべく、具体的成果を創出していくよう努力を続ける所存です。

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