「新機能創成に向けた光・光量子科学技術」

平成23年度 研究終了にあたって

研究総括 伊澤 達夫

 「新機能創成に向けた光・光量子科学技術」研究領域は、平成17年に発足して以来3期にわたり公募を実施、合計16の研究チームを採択して研究を推進してまいりました。今年度はその第2期生である平成18年度採択チームが研究期間終了を迎えました。
 本領域は、戦略目標「光の究極的及び局所的制御とその応用」のもと、我が国が比較的優位に立っている光・光量子科学技術を核にした次世代基盤技術を早期に開拓することを目的に、「究極的な光の発生技術とその検知技術の創出」「光と物質の局所的相互作用に基づく新技術の創出」「光による原子の量子的制御と量子極限光の開拓」の3つが中核テーマとして設定されています。そこで、本領域は、情報処理・通信、材料、ライフサイエンスなど、基礎科学から産業技術にわたる広範な科学技術の基盤である光学および量子光学に関し、光の発生、検知、制御および利用に関する革新的な技術の創出を目指す研究を対象として推進してきました。
 採択された課題を概観すると、情報処理・通信技術や計測技術などの飛躍を目的とした量子ドット、フォトニック結晶、非線形光学の応用などによる新しい光機能素子などの原理や技術、分子・原子や化学反応の制御、生体観察・計測、産業・医療などへの利用を目的とした未開拓の波長域発生などの新しい光源・検出手法の開発・高度化と利用技術、近接場光などを利用した光と物質の局所的相互作用の解明と超微細加工や超大容量メモリなどの利用技術、光による原子の量子的制御技術や光の本質に基づく新たな物質科学などの創出を目指す研究、さらには研究にブレークスルーをもたらす新材料に関する研究が含まれています。

 兒玉チームは、高エネルギー密度プラズマフォトニクスという新しい概念のもとで、従来取り扱うことが困難であった桁違いに高い強度の光や高エネルギー密度の粒子ビームを直接制御できる新しい光機能性素子として、新概念のプラズマフォトニックデバイスの開発を行ってきました。具体的には、プラズマミラーやプラズマ・グレーティングなどの光制御・光分散プラズマと機能性評価、超高強度レーザ励起電子ビーム制御プラズマと機能性評価及び超高強度THz波発生などの電磁波発生プラズマと機能性評価を行いました。プラズマフォトニクスは、大出力レーザーを小型化、機能化する上で核となるキーテクノロジーであり、新たな真空物理の開拓を含めて、今後の発展が大いに期待されます。

 五神チームは、物質の形態に敏感な光学効果に着目しその動的制御による光操作法“能動メゾ光学”を開拓しました。非局所的光学応答や巨視的コヒーレンスに起因する特異な光学効果を探り、光と物質の両面からその効果を増強させるとともに、時空間で位相を含め厳密に制御されたパルス光源、それを用いた極限的光学測定技術の開拓を進めました。これらにより、光と物資の基礎科学を深化させ新しい光制御機能を開拓することに成功しました。独創的な研究が実施され、学術的、技術的インパクトの高い成果が多数得られており、社会的インパクトを期待しています。

 馬場チームは、フォトニックナノ構造デバイスのアクティブ機能と大規模集積を目指した研究を行いました。主にフォトニック結晶導波路と共振器を利用し、世界最高の遅延量、パルス蓄積量、可変蓄積量をもつスローライトを達成し、高速な光相関計への応用に成功しました。また強い光局在を利用してアトジュール級の超低エネルギー光スイッチ、動的波長変換、巨大な光非線形、オプトメカニカル効果などを実証しました。さらにシリコンフォトニクス技術を応用したウエハスケールの大規模集積を達成し、その実証例としてスローライト機能を集積したDQPSKレシーバーの動作に成功しました。これらの素子は巨大非線形光学や高利得光増幅など今後の発展が期待できるものです。

 松岡チームは、高度情報化社会の発展のため、通信システムの低価格化と大容量化が望まれる青色発光ダイオードについてその材料である窒化物半導体の内のInN が赤外域で発光し、その効率と波長の温度安定性が優れていることを、見いだしました。さらには、InN薄膜の結晶成長法を研究し、従来の気相成長法における減圧成長とは逆に加圧成長の可能な成長装置を開発し、高品質単結晶薄膜を得る見通しを得ました。今後は、さらに高品質化を図り、発光材料としての可能性を追求し、最終的には当初計画の温度安定性に優れた光通信用レーザの実現を目指しています。なお同チームは、東日本大震災による被害を大きく受けたが、材料研究は、息の長い研究であるので、CREST終了後の成果に期待します。

 宮野チームは、電子相関によりしばしば自発的な電子秩序が発生する遷移金属の酸化物や錯体について、こうした秩序状態が光と強く相互作用する結果、(1)光照射によって異なる秩序状態への遷移が起き、光の透過率、電気伝導度など物性に著しい変化を生じさせること、(2)このような変化は量子力学的電子遷移・格子振動の速度で起きること、(3)単一界面に局在した電子状態でも巨視的な光学的性質や電気伝導の変化として取り出せるほど強度が大きいこと、といった現象が起きる事を見出しました。これらは、原子層レベルで構造制御された薄膜やヘテロ接合試料を作製する技術を確立したことにより可能になったものです。光・物質相互作用を検出する光学測定系を開発、整備するとともに、強い光・物質相互作用を生み出す試料を設計、製作し、光科学の進展に寄与することはもちろんのこと、工学的応用の可能性を秘めた多くの新知見を得ていますが、将来社会にインパクトをもたらす研究であると評価しています。

 渡部チームは、キャリア―・エンべロップ位相(CEP)を制御したTW級OPCPAシステムを800nmと1500nmにおいて開発し、各々の波長で最短パルスを記録しました。このレーザーを用いて,最短波長(7nm)において高次高調波のCEP依存性を観測し、未踏の波長域でのサブ100アト秒パルス発生への道を拓きました。位相制御された3つのサブハーモニックス2ω,3ω、4ω(3ω:850 nm)の光波合成を行い、その波形を再構築することに成功しました。これらの光源はアト秒精度の光波制御と電子を原子外に跳ね飛ばすに十分な光強度を兼ね備えており、超高速電子ダイナミックスの観測や物質内の電子操作へと繋がる技術を可能にしました。

 このたび本報告書に集大成された研究成果は、研究チームが一丸となってあげらたものであると同時に、サイトビジットやシンポジウムなどの場において貴重な助言、ときには叱咤激励をおこなった領域アドバイザー各氏の貢献があってこそなされえたものです。こうした関係諸氏に深く感謝を表したいと思います。第一期の研究チームは、今回をもってCRESTとしての研究は終了しますが、今後もこれまで以上に高い水準の研究を推進されるよう祈念すると同時に、本研究領域の仲間でこのあとも研究を進めるチームに対し、大いに刺激を与えエールを送っていただければと願います。

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