その昔、JST がまだ新技術開発事業団と呼ばれていた頃に、当時としては世界的に見ても存在しないような革新的な研究システムを編み出した千葉玄弥という人物がおられた。彼がいつも言っておられたことは「国の大きな予算を使うのであれば、シングルヒット的な研究は要らない。ホームランばかりとはいかなくとも、せめて3塁打は打て」と。要するに、真に独創的な科学技術こそが、長い目で見れば大きな国益になると。その後JST で生まれた新しい研究システムCREST(戦略的創造研究推進事業)も国の定めた戦略目標の中ではあるが、イノベーションシーズを生み出すための、やはり独創的な研究を支援するシステムである。当ソフトナノマシン領域はもちろんこのCREST に属している。
生体分子機械をイノベーションに結びつける研究はまだ、応用段階というよりも基礎的な段階にある。ところで、創造的な研究を推進するための最重要な要因はチームリーダの素質である。幸い、我が国ではこの分野の世界的なトップリーダが多く輩出している。アドバイザーグループによって、まさにそのような人材が選ばれた。
領域総括の為すべきことは、これらのリーダの持つ創造性を存分に発揮してもらう環境作りにつきる。昨今の研究者は書類作りや事務的な会議等に時間が割かれ、研究推進に没頭する時間の不足に悩まされている。当領域では、出来る限りそのような雑用負担を減らすように心がけた。ただ、創造的なアイデアは研究討論がきっかけになることが多いので、現場の若い研究者の集まる領域研究会議は重要視した。
この5年半の期間にあげた各々の成果については、この報告書に詳しく記載されているので参照されたい。多くのチームが華々しい成果を挙げられたのはさすがであった。例えば、藤吉チームでは、まずお家芸である極低温電子顕微鏡を大きく改良した。生体機能に本質的に重要な膜タンパク質の構造を解くためである。これを用いて、神経伝達受容体や水チャネルなど多くの膜タンパク質を原子レベルで解明した。その医学や社会的な反響も大きく、ここ3年間で彼は紫綬褒章や学士院賞を含む7つの賞を頂いた。柳田チームでは、やはりお家芸である超精密測定により、彼らが唱えていた生体分子機械のルースカップリング原理を確立した。その柔軟な動作様式は工学全般に影響をあたえ始めている。伊藤チームでは生体分子機械に力学的回転運動を加えることによって化学結合を起こさせ得ることを示し、経済界にまで衝撃を与えた。ここに例示するスペースはないが、他のチームもいずれ劣らぬ興味深々の成果が出ています。
最後に、JST 本部はもちろん、各々のチームや領域事務所に於いて黒子に徹して本領域を支えて頂いた多くの方々に深く感謝いたします。おかげさまで、研究総括を楽しませていただきました。ありがとうございました。
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