単一分子／福山

研究課題別事後評価結果

１．研究課題名

高次構造有機分子の極微細触媒構造を基軸とした立体選択的構築

２．研究代表者名及び主たる研究参加者名（研究機関名・職名は研究参加期間終了時点）

研究代表者	福山　透	東京大学大学院薬学系研究科　教授
主たる研究参加者	柴﨑　正勝	東京大学大学院薬学系研究科　教授
	笹井　宏明	大阪大学産業科学研究所　教授（平成９年10月～）
	古賀　憲司	奈良先端科学技術大学院大学　教授

３．研究内容及び成果

　近年の有機合成化学の現状を眺めてみると、数多くの優れた反応が開発され、さらにそれらを用いた複雑な天然物の全合成が多く報告されるようになってきている。現在の有機合成の力をもってすれば、既存の反応をうまく組み合わせるだけで、複雑な化合物を比較的容易に全合成できるかのように見える。しかしながら、現在の有機合成化学の力量では多くの場合、僅か数mgの化合物を合成することはできても、充分な物質供給という意味での役割を果たすまでには成熟していないといえる。特に医薬開発の領域においては、これまでにもまして不斉中心を持った高次構造有機分子が多くなってきており、近い将来純粋な光学活性体としての上市が必要とされるのではないかという点を考慮すると、不斉合成を基盤とした高次構造分子の構築がますます重要になってくる。
　本研究では、研究代表者である福山透をリ－ダ－として、東京大学大学院薬学系研究科の福山らのグル－プ、同研究科の柴﨑ら、及び大阪大学の笹井らのグル－プ、奈良先端科学技術大学院大学の古賀らのグル－プがそれぞれサブグル－プを形成した。そして、医薬的に重要な不斉中心を含んだ高次構造分子を、立体化学を高度に制御しながら効率的に合成することを目的として研究を開始した。柴崎、笹井らのグル－プでは、異種金属含有不斉触媒を用いた炭素－炭素結合生成反応に関する基礎的な検討を行い、工業化にも適用可能な触媒的不斉触媒反応の開発に関する検討を行った。また古賀らのグル－プでは、キラル塩基を用いる不斉触媒反応を検討した。福山らのグル－プでは、それらの基礎的検討によって確立された新規不斉反応を基盤として、高次構造有機分子を独自性の高い合成経路によって合成することを計画した。また、期間中に見出したニトロベンゼンスルホニル基を用いた２級アミンの合成法と、ラジカル環化反応を用いた新規インド－ル合成法の２つの方法論をより深化させ、それらを基盤とした天然物全合成研究も行った。
（１）複雑な構造を有する天然物の立体選択的全合成（福山グル－プ）
　研究提案時に計画した化合物を含め、本研究期間において全合成を完了した化合物の概略を記すと次のようになる。

１）	まず、特異な６環性のカゴ状構造を有するアルカロイドであるgelsemineに関して、すでに達成していたラセミ体での全合成経路を基にして、光学活性体の全合成を初めて達成し、化学合成による初の絶対立体構造の決定を行うことができた。
２）	プロテインキナ－ゼC阻害剤であるインドロカルバゾ－ル(+)-K252aに関しては、23段階の全合成における通算収率が10%と極めて効率のよい合成経路を確立することができた（特許出願）。
３）	ファイザ－社によって単離構造決定されたCP-263,114は、ファルネシル基転位酵素の阻害活性を示すことから、新しい抗癌剤のリ－ド化合物として期待されており、世界的に注目されている。福山グル－プでは、光学活性体の効率的な全合成経路をいち早く達成し、それまで未決定であったCP-263,114の絶対立体構造を決定することができた（特許出願）。現在、構造活性相関解明のための誘導体合成を視野に入れた合成経路の確立を行っている。
４）	Ecteinascidin743は、カリブ海のホヤから単離構造決定された、極めて強い活性を示す抗腫瘍性化合物である。現在、天然から採取された少量のサンプルを用いて、ヨ－ロッパ及び米国で臨床試験が行われている。全合成は数年前にハ－バ－ド大学のCoreyらによって達成されたが、物質供給に用いるのは不充分である。本研究では、この化合物の化学合成による物質供給を実現すべく、最重要プロジェクトとして位置づけてこれまで検討を行ってきた。現在、化合物の基本骨格の大部分を含む重要中間体の効率的な合成経路を確立することに成功し（特許出願）、全合成達成の最終段階にある。
５）	また、新規反応の開発とそれを基にした一連の天然物の合成というアプロ－チで、ニトロベンゼンスルホニル基を用いた２級アミンの合成法とそれを用いたポリアミントキシンの全合成、及び新規インド－ル合成法とインド－ルアルカロイド全合成への応用の２つのプロジェクトに取り組んできた。前者に関してはまず、１級アミンから２級アミンへの簡便な変換法を確立した（特許出願）。本方法は有用性は広く世界的に認知されており、２級アミンの合成法の代表的方法になりつつある。その後、ポリアミントキシンの全合成に展開し、鎖状のHO-416b、Agel-489と環状のlipogrammistin-Aの全合成を達成した。さらに、この方法を固相上の反応に展開した（特許出願）。すなわち、独自の担持固相を用いてアセチルコリンレセプタ－アンタゴニストphilanthotoxin-343の全合成を達成した。
６）	新規インド－ル合成法とインド－ルアルカロイド全合成への応用に関しては、フェニルイソシアニドのラジカル環化反応によるインド－ル合成法を発展させるとともに、vincadifformine、(-)-tabersonine、及び(-)-vindolineなどのアスピドスペルマ型のインド－ルアルカロイドの全合成を達成した（特許出願）。さらに、第二世代新規インド－ル合成法として、オルトアルケニルチオアニリドのラジカル環化反応を用いる方法を開発し、(±)-catharanthine及び(-)-vindolineの全合成に応用した（特許出願）。最近では、代表的なビンカアルカロイドであり、臨床的に用いられている抗癌剤vinblastineの全合成を達成した（特許出願）。

（２）異種金属含有触媒を用いた炭素－炭素結合生成反応（柴崎、笹井グル－プ）
　柴﨑グル－プでは、ルイス酸性とブレンステッド塩基性を併せ持つ複合金属錯体触媒を開発し、これら錯体触媒が直接的アルド－ル反応やマイケル反応等を、従来にない高い選択性、基質一般性で促進することを見出した（新聞発表）。多点認識の考え方をルイス酸とルイス塩基を複合した触媒へと展開し、アルデヒド、イミン、複素環、ケトン等の様々なシアノ化反応を高選択的に促進することを見出した。これらの反応を用い、PGFla、ツボホリジン、19,20-ジヒドロアクアマイシン、エポシロン類、NMDAレセプタ－阻害剤等の効率的触媒的不斉合成ル－トを確立することができた。
　また笹井グル－プでは、平成９年よりスピロ骨格を持つビスイソオキサゾリン配位子（SPRIXS）の合成に着手している。スピロ化合物を不斉配位子として利用した例はきわめて少ない。SPRIXSは、酸性、塩基性、そして酸化条件下に安定な化合物であり、種々の金属と錯体を形成することを見出した。そのうちパラジウム触媒を用いる反応において、SPRIXSの特性を精査した。また、不斉触媒の固定化法についても検討した。
（３）キラル塩基を用いる不斉触媒反応の開発（古賀グル－プ）
　古賀グル－プにおいては、有効な不斉空間を構築することが期待されるキラルな塩基（リチウムアミドやアミン）を設計、合成し、これらを用いてリチウムエノラ－トの合成と反応を不斉化し、さらに用いる塩基についても検討を行った。今回、アミド窒素に電子求引性基を持つ二座配位子型キラルアミンとアキラルな三座配位子型リチウムアミドを組合せることによって、不斉脱プロトン化反応を不斉触媒反応とすることができた。このように、独自の概念によって、キラルアミンを用いた触媒的不斉反応の開発に成功した。
　以上のように、触媒的不斉炭素－炭素結合形成反応の開発、及び高次構造有機分子の合成の両面において、当初計画した研究目標はおおむね達成することができた。

４．事後評価結果

４－１．外部発表（論文、口頭発表等）、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況

　研究代表者のグル－プは、複雑な構造を有する天然物の大量合成にあたり、まずはその骨格を合成するための不斉合成の手法を柴﨑らや古賀らと共に開拓した。次に、それらの方法を駆使して医薬として有用な物質について、臨床試験に供給するに足る量を純粋化学合成品として提供する方法の開発を目指した。
　プロジェクト期間中に、酵素阻害活性を有する化合物（(+)+k252a、(-)-cp263等）、抗腫瘍活性を持つ天然物（Ecteinascidin743、Vinblastine等）、抗ウィルス剤（Endistomin C）等の大量合成手法をそれぞれ確立した（それぞれ特許出願済）。また、これら合成の過程で、有機合成としての汎用的手法となるインド－ル合成法や固相アミン合成法（それぞれ特許出願済）を開発した。これらについては、欧米の研究者からの引き合いが著しい。
　これらの研究成果は論文発表（英文138件、和文６件）、学会発表（国内学会206件、国際学会35件）を通じても広められた。また、特許出願件数は計９件であった。

４－２．得られた研究成果の科学技術への貢献

　有機天然物全合成に関する研究は標的分子の合成の難易度、合成手法の斬新さ、合成物質の社会的重要性等の因子により評価される。福山らは難度の高い有機天然物の大量合成に関し、国際水準を抜く成果を得ている。特に後半は進捗が著しかった。これらの手法は学術的のみならず工業的にもインパクトが大きい。
　また、期中共同研究者、柴﨑教授が日本薬学会賞（平成11年）を受賞した。

４－３．その他の特記事項

　福山教授はCREST申請時において米国から帰国後、研究室を立ち上げつつあるところだったので、研究室の立ち上げにどの程度時間と労力がとられるか気がかりであったが、期待を上回る成果が得られている。この勢いで独自の分野を切り開いて欲しい。

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