研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
発声力学に基づくタスクプランニング機構の構築
2.研究代表者
研究代表者 誉田 雅彰 日本電信電話 株式会社 コミュニケーション科学基礎研究所 主幹研究員
3.研究概要
 発話動作は脳に発する人間固有の動作であって、発声器官の運動により口の構え(声道)を動的に構築し、それに伴う声道内での流体音響現象を介して言語情報として認識できる音響信号を生成する。この研究は、言語から音響にいたる発話動作の階層的な構造を対象に、発声系の生理物理学的理解を基にして、発話運動計画の計算論的モデルを構築し、さらにそれを実現する発話ロボットを開発する。そのために、まず発話中に下顎に力学的摂動を与えるなどの口蓋摂動実験を行って発話動作の力学的メカニズムを明らかにする。また、発声器官の構造を模擬した発声力学系の計算機モデルを作ると共に、その実体機械モデルを開発し、実体モデルにより母音および子音を生成する。この他、発話動作の形態計測法の開発、さらには言語シンボル情報から発話動作を生成するモデルの構築を行う。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 研究は、運動計画グループ、モデリンググループ、生理機構グループの三つに分かれて行われている。運動計画グループは、発声動作のメカニズム、とくに発声器官の協調動力学を明らかにするために、下顎および口蓋の強制摂動に対する反応の実測に成功した。これにより、下顎の摂動に対する補償動作は、筋のスティフネスを介した受動的な力学メカニズムによること、口蓋摂動に対しては、潜時200ms程度の聴覚フィードバックによって運動指令の調整がなされることなどを明らかにした。さらに発声動作の運動計画の計算モデルを検討している。モデリンググループは、発声器官の構造を模擬してその生理モデルを計算機で構成すると共に、実体モデルとしての発声ロボットを構築した。これは、リンク機構を主体とする発声器官の形態を模擬したものであり、空気流により駆動される。生理機構グループは、MRI装置を用いて、発声器官の運動を高速で動的に3次元計測する方法の開発に成功し、発生時における筋活動の計測を可能にした。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 各グループ共に着実な成果を挙げている。運動計画グループは、発声器官の協調動作を実現する力学的なメカニズムに焦点を当て、下顎および口蓋の外的摂動に対して、いかなるメカニズムでその補償動作が実現するのかを詳細な実験により明らかにした。すなわち、下顎摂動に対しては、感覚系のフィードバックではなくて筋を介した受動的力学連携によって補償が行われること、口蓋摂動実験では、舌と口蓋の接触による感覚フィードバックによって運動指令の調整が素早く行われると共に、聴覚フィードバックも補償動作の調整に用いられていることを明らかにした。このような研究成果は世界的の第一線を走るものである。また、モデリンググループは、人間の声道における流体音響現象を模擬する計算モデルを作成すると共に、リンク構造を主体とする声道の実体モデルを構築し、これによる母音および子音の生成に成功している。生理機構グループのMRI画像を用いた発声器官の筋肉の筋長の高速測定も成功しつつある。
 今後も、各グループでは着実に成果を挙げていくことが期待できる。しかし各グループの成果を統合し、これを発声ロボットとして実現するのはこれからである。
4−3.総合的評価
 本研究は言語から音響に至る発声動作を取り上げ、発声器官である声道の生理的な動作、その協調調整機構、さらに発話運動計画を明らかにすると共に、生理的な実体に即した発話ロボットを構築することを目指したユニークな研究である。これまで、各グループの研究は着実に進み、世界に誇る成果を挙げている。しかし、脳の関与する言語から発声計画にいたる指令の作成にはまだ程遠いといわねばならない。そこまでは無理としても、これまでの研究を統合して、発声ロボットとして成果をまとめることは重要である。現在、音声合成技術の主流は、発声メカニズムには頼らずコンピュータの計算力のみに頼る録音編集方式が主流であるが、生理と物理の実体に立ち戻った本研究によって得られる知見は重要であると考える。しかし、本方式による発声はまだ品質の面で不十分であり、母音が鼻音化する。この原因は、長年の未解決の課題であるが、本研究によりそれを明らかにしてこれを解決して欲しい。また、発表論分数が少ないことも気懸かりである。論文を積極的に投稿して成果を世に問うことを期待したい。
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