研究トピック

二座配位子に新たな可能性を!AFIR法を活用した新規配位子合成法の開発

Face Photo
髙野 秀明 特任助教
所属
北海道大学 化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)
経歴・業績
researchmapへ
キーワード
二座ホスフィン配位子 量子化学計算 エチレン 反応開発 

二座ホスフィン配位子は、新反応開発や機能性化合物の合成に必要不可欠である遷移金属触媒を構成する重要な化合物です。本研究では、量子化学計算を巧みに利用することで、二座ホスフィン配位子の代表格であるDPPEとその誘導体の簡便かつ汎用性の高い新規合成法を開発しました。

研究背景: 1,2-ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン(DPPE)とその合成法

「配位子」とは、遷移金属錯体の中心金属に配位結合する化合物の総称であり、その配位結合を介して中心金属の反応性を制御する役割を担っています。遷移金属と配位子の選択による遷移金属錯体の構造多様性は多岐に渡り、配位子の構造を緻密に制御することで新しい遷移金属錯体の創成が可能です。加えて、その遷移金属錯体を利用することで、新しい化学反応の開発研究や新しい機能性化合物の開発研究を行うことも可能となることから、新規配位子の開発は非常に重要な研究課題といえます。

中でも二座ホスフィン配位子であるDPPE(Ph2P−CH2−CH2−PPh2)は、分子内の2つのリン原子がそれぞれ中心金属に結合し五員環構造を形成することから、強固に中心金属に配位する配位子として広く用いられています。一方で、左右のリン原子上の置換基が電子的、立体的に異なる非対称DPPE(Ar12P−CH2−CH2−PAr22; Ar1≠Ar2)は、置換基の選択により錯体の反応性を制御可能なため、対称DPPEを上回る性能を有する配位子として期待されます。しかし、非対称DPPEの合成は対応する出発原料の事前調製、特にビニルホスフィンの調製が煩雑であるためその合成例は限られていました。そのため、入手容易性の高い原料を用いた非対称DPPEの汎用性の高い簡便合成法の開発が求められていました。

アプローチ: AFIR法を基盤とした逆合成解析的な反応経路探索

DPPEはリン原子同士が2炭素分の架橋で連結された構造を有していますが、その炭素架橋源として、安価で工業的にも頻用されているエチレンが利用可能でないかと考えました。つまり、エチレンの両端にリン原子を含む官能基を2つ導入する反応が開発できれば、対称及び非対称DPPEの非常に有用な合成法になると考えました。我々はこの仮説を、人工力誘起反応(AFIR)法を利用することで検証しました。DPPEに人工力を付与し分解する、逆合成解析的な反応経路探索を行ったところ、エチレンとテトラフェニルジホスフィン(Ph2P−PPh2)を出発原料としたラジカル機構を経由する反応経路が提案されました。そこで、その2つの成分をラジカル条件下反応させることができれば、DPPEが合成可能であることが予想されました。

研究成果: 実験的具現化と更なる簡便合成法の開発

計算結果をよく解析すると、テトラフェニルジホスフィンが一重項状態から三重項状態へと励起することで2つのリンラジカルが自発的に生じることが分かりました。そこで光反応の条件が実験的具現化に有効であると考え、イリジウム光触媒存在下、エチレン10気圧下、テトラフェニルジホスフィンに対して青色LEDを照射し反応を行いました。その結果、AFIR法による予測通り目的のDPPEが高収率で得られました。しかし、出発原料であるテトラフェニルジホスフィンは酸化されやすく、グローブボックスを用いて不活性雰囲気下での取扱いが必要でした。

そこで、より簡便で実用性の高い合成法を目指して検討を行ったところ、グローブボックスを使用せず、ジフェニルホスフィンオキシド(Ph2P(=O)−H)、エチレン、及びクロロジフェニルホスフィン(Ph2P−Cl)を出発原料とした三成分反応によるDPPE誘導体の合成を実現しました。また、ホスフィンオキシドとクロロホスフィンの置換基を変更することで、左右のリン原子上の置換基が電子的、立体的に異なる非対称DPPE誘導体の合成にも応用できました。本合成法は、出発原料の調製に困難かつ煩雑な操作を必要とする従来の非対称DPPE合成に比べ、ホスフィンオキシドとクロロホスフィンの組み合わせを変えるだけで様々な置換基を有する非対称DPPE誘導体の合成が可能であるという点で効率的であるといえます。

また得られた非対称DPPE誘導体を還元することにより、非対称配位子へと容易に変換することができ、様々な遷移金属塩との錯形成を行うことにも成功しました。中でも、パラジウムとの錯体PdCl2(L1)では、対称な配位子を有するPdCl2(dppe)とは異なる光学的性質を示すこともわかりました。

展望: 計算科学と実験科学の融合による研究開発

AFIR法に基づく量子化学計算と有機化学者の知恵や経験をうまく組み合わせることにより、意味のある新反応を得ることに成功した本研究成果は、従来の実験的な試行錯誤のみに頼る研究開発とは一線を画し、次世代型の有機合成研究と位置付けることができます。今後の研究においても、計算と実験がより強く、より深く融合することで、更なる革新的新反応が開発されることが期待できます。

関連論文の情報