研究内容

ウイルス感染症は、重篤な疾病を引き起こし多くの人命を奪うだけでなく、世界経 済に大きな影響を与え、我々の生活に甚大な被害を及ぼす。現在、世界中で毎年多くの人がウイルス感染症に罹患しているが、インフルエンザウイルスは他の呼吸器ウイルス感染症と比べ臨床症状が重く、肺炎合併による死亡者も多いことから特に注目されている。これまでの精力的な研究にも関わらず、インフルエンザウイルスの病原性と宿主応答との関係については、不明な点が多い。ウイルス学的な情報と宿主応答の相関性を体系的かつ包括的に理解するため、本プロジェクトでは、1)ウイルス・細胞生物学グループ、2)宿主細胞応答グループ、3)免疫学グループ、および、4)計算システム生物学グループを設置し、ウイルス感染に重要な細胞性因子および病原性発現と相関する細胞性因子の同定を行い、ウイルス感染に対する宿主応答のデータ解析ならびにモデル化を行っている。これらの解析結果は、ウイルス感染における宿主細胞応答のネットワークを理解する上で非常に有用な情報である。従って、本研究で得られる知見は、ウイルス感染症の新たな概念の確立と新規治療法の開発につな
がることが期待される。

主な研究テーマ

 

インフルエンザウイルス感染における宿主因子の役割

ウイルスは、細菌と異なり自己増殖できないため、様々な宿主細胞性因子あるいは細胞機構を利用して、ウイルス性因子(ウイルスゲノムやウイルス蛋白質)を合成し、子孫ウイルスを増やす。すなわち、インフルエンザに対する効果的な予防、治療方法を確立し、インフルエンザを制圧するためには、インフルエンザウイルスのライフサイクルの全体像をとらえ、ウイルスと宿主との相互作用について分子レベルで理解することが重要である。しかしながら、インフルエンザウイルスの増殖に関わる宿主—ウイルス間の相互作用については、未だに不明な点が多い。そこで、本研究テーマでは、インフルエンザウイルス感染における宿主因子の同定およびその機能を理解するため、(1)文献やデータベース上の情報をもとにした、インフルエンザウイルス感染に関わる細胞内パスウェイモデルの構築、(2)インフルエンザウイルス増殖に重要な細胞性因子の同定および機能解析(細胞レベルでの解析)、(3)インフルエンザウイルス増殖に関わる細胞性因子の動物レベルでの解析を行っている。

インフルエンザウイルス感染に対する宿主応答解析

インフルエンザウイルスの病原性決定因子についてはいくつかの報告があるが、ウイルス感染によって起こる病原性発現と宿主応答との関連性については不明な点は多い。そこで、本研究テーマでは、マウスとサルの動物モデルを用いて、病原性の異なるインフルエンザウイルスを感染させた個体における宿主応答を調べることによって、ウイルスの病原性と宿主応答との関連性を解析している。

 

インフルエンザウイルスのパンデミックポテンシャル

2009年初春にメキシコで発生した新型インフルエンザウイルスは、瞬く間に世界中に広がり、同年6月に、世界保健機構(WHO)が今世紀最初のインフルエンザパンデミックの発生を宣言した。
新型インフルエンザウイルスに罹患した患者の多くが軽症で済む一方、重症化して亡くなる患者も多かった。入院するに至った患者の半数以上が基礎疾患を持たなかったことから、新型インフルエンザウイルスが季節性インフルエンザよりも強い病原性を持つ可能性があり、その性状解析は急を要する最重要課題であった。さらに遺伝子情報からウイルスのヒトへの適応度ならびに病原性の強さを予測するシステムを構築することが、未来のパンデミックへの備えとなり、その発生阻止ならびにパンデミック発生時の適切な危機管理対策へとつながる。これらをふまえて、本研究では、モデル化の対象を新型インフルエンザウイルスやリアソータントウイルスなどに拡げ、インフルエンザウイルスのパンデミックポテンシャルの解明と新型インフルエンザの出現に関する基礎の理解を目標に掲げ研究を行っている。具体的には、(1)2009年パンデミックインフルエンザウイルスの性状解析、(2)リアソータント・インフルエンザウイルスの出現機構を理解するための基礎研究、(3)高病原性インフルエンザウイルスのパンデミックポテンシャルの解明を行っている。

感染宿主応答解析に必要な in-silico 技術・プラットフォーム開発

本プロジェクトは、インフルエンザウイルス感染症における宿主応答を網羅的に解析し、システム生物学的手法で宿主応答ネットワークとして体系化することにより、感染により引き起こされる一連の宿主応答の全体像を明らかにし、治療戦略を導出することを目指している。本プロジェクトでは、宿主応答ネットワークを構築するためのデータ解析手法の検討、解析用ソフトウエアの開発・改良を行う。また、システム・バイオロジー研究機構 (SBI) との共同研究により、インフルエンザウイルス感染症を標的としたパスウェイモデル構築のための基盤技術の検討を行うことを目的とする。