9. 「トップダウンとボトムアップ」


 最近驚いたニュースの一つ。
日立製作所がIBMのハードディスク部門と事業合弁でスタートし新会社を3年後には子会社化するという発表である。
磁気記録に携わったものにとって、IBMは研究開発において格別の存在であった。
記録性能は、記録の速度、データの転送速度、記録密度などが代表的な指標である。記録密度は一定のディスクサイズで記録容量を増やすキーである。磁気ヘッド、磁気記録メディヤ、トラッキングなどの技術要素の進歩により、年率140%、160%と右肩上がりで最近は200%。半導体の経験則ムーアの法則を超えた進歩の早さである。

これまで、IBMは明らかにリーダー的存在であった。この間、業界では限界論が繰り返され、限界突破が繰り返されてきた。ここのところの関心事は1平方インチ当たり1テラビット(現在のパソコンに使われているハードディスクの約25倍の密度)の実現性である。IBMの最近の発表はミリピード(やすで)というパンチカードを応用した技術で、磁気記録ではない。

この話や、冒頭の身売り話からいよいよ磁気記録は物理限界になどと結論を急ぐのは外野席であって、当事者はそんなにあきらめは良くない。それはコスト、性能、供給量のどれ一つかけても代替技術足りえないからである。全世界の需要が年間1000台、1万台の水準なら話は別だろうが、1億台を超えるマーケットが対象となるとそうは簡単ではないのである。

確かに事業性から見ると、投資が重たくなってきているのは半導体と類似している。磁気ヘッドの加工はLSIとは別の難しさがあり、露光技術一つとっても必ずしも開発方向は同じではない。関連業界で捌ききれない課題が重くのしかかってきてることは間違いない。それでも、トップダウン加工はナノスケールに突入し、限界突破に挑む集団のパワーは衰えない。
一方原子、分子から組上げていくボトムアップテクノロジーはナノ構造体を生産する技術にまで発展させていく段階に入るにはもう少し時間が必要だろう。

ナノテクノロジーはトップダウンとボトムアップの融合領域の技術だとの見方がある。ナノテクは多くの可能性を追いかけるフェーズでもあるし、融合による革新を期待する方向も理解できるが何か足りない気がするのである。

それは表立った動きになっていないだけで、研究は進んでいるというなら何の心配も無いことなのだが、インターフェースはどうするのかということである。20世紀、科学技術の進歩で多くの機能は小型化してきたが実用世界ではハンドリングするのに適切なサイズというものがある。ナノデバイス1個を単独でハンドリングするものが実用にならないのは察しがつく。どのようにインテグレーションするかは研究されているが、ミクロン、ミリの世界とのつなぎを研究しないとものにならない。トップダウン加工の設備は短期間に陳腐化し、戦力からはずれる。縮小に単純に進み続けて気がついたときには、あわてて拡大方向に戻せるものでは無いのでは。
杞憂に終わればよいのだが。

                                                 篠原 紘一 (2002.8.9)

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