88. 自己組織化と自己修復?

 セルフヒーリングを検索サイトで調べると、自己回復、自己修復の意味合いで使われているが、寝る前に聞くCDとして、どんな楽曲が癒し効果があるか、病気を治すにはどんな心の持ち方が望ましいのかなどが目立ち、技術に関連した話は情報技術関連で自己修復するパソコンなどといったのが目に付く程度である。

ヒーリングはHEALから来ているのだが、これに状態などを表す接尾語であるTHをつければ、HEALTHになるから、保健(心や、身体の状態)の分野で使われるのが当を得ているということなのだろう。技術的な用語としてはそれからのアナロジーで使われているといった感じである。

検索を続けても、筆者が最初に技術でであった、電気を蓄えるコンデンサー(キャパシター)のセルフヒーリングの話は出てこない。この話を聞いたのは修士課程を終えて会社に入って3年ぐらい経過したときであるが、なかなかうまいこと考えたものだと感心したことを今も鮮明に思い出す。
電気を蓄える最も一般的な方法は誘電体を電極ではさんだ構成を利用することである。たとえば、プラステイックフィルムの両面に、アルミニュームを真空蒸着して電極にしてコンデンサーを作ったとする。不運にも絶縁が保てない(電気が蓄えられなくなった)ことに何らかの原因でなったときに、自分で修復するメカニズムが働くのである。簡単に言ってしまうと弱い部分に電気がたくさん流れて、その結果の発熱でアルミ電極が溶けてしまって局所的な不良部分がコンデンサーの全面積から無視できる範囲で消えたようになり、機能は正常化するということなのである。

このようなうまい自己修復の世界ではないものの最近の報道で日産自動車が車体の塗装表面の擦り傷痕が時間はかかるが復元され目立たなくなる“スクラッチガードコート”を開発したことをしったが、これも立派な自己修復である。
ナノテクノロジーの世界でこの自己修復は聞かないが、「自己集合」や「自己組織化」の話はたくさんある。たとえば、民間企業の中でナノテクノロジーへの取り組みで注目度の高い東レのポリマーアロイが物性バランスで飛躍したとの記事が眼に留まったが、この決め手が「自己組織化」をうまく取り込んだことがキーであったとのことである。
CDや DVDに大量に使用されている、透明で衝撃に強いポリカーボネートと、薬品に強いポリブチレンテレフタレートの2種類のプラスチックを均一に混ぜるために、ポリマーアロイ技術の蓄積だけではうまくいかない壁を「自己組織化」が破ったというだけでなく、結果はいいとこ取りだけでなく単一のポリマーを上回る物性値を実現できたというのであるから、ナノテクノロジーがこれからの材料の進化に重要な貢献をしていくことを期待させる好事例と言えよう。


ナノテクノロジーは、多くの国が重点投資の対象にしていて、これまであまり登場しなかったキーワードを耳にする機会が増えてきている。

「自己組織化」も、実は筆者にとっては日常的に耳にすることの無かったキーワードのひとつである。自己組織化はナノテクノロジーのボトムアップテクノロジーとして注力され、多くの研究が進んでいるようであるが、宇宙の始まりからの進化、生物の誕生からの進化の理解はもちろんのこと、「複雑系」とも関係していて、学問的には大変広い対象を持った概念であるらしい。いま時価総額できわめて高い評価で注目されているグーグルで、関連のキーワードを検索してみた。

結果は思いもよらないことになった。「自己組織化」は50万件を上回ったが「ボトムアップ加工」は16件、「トップダウン加工」は30件に過ぎなかった。このところナノテクノロジーに関する図書も急増しているし、その多くの解説的な書物には頻出する、半導体デバイスや、ハードデイスクの磁気ヘッドに代表される部品、デバイスの先端加工技術としての微細加工を「トップダウン加工」、その限界を突破する、原子・分子から組み上げていく「ボトムアップ加工」の代表が「自己組織化」であるとの解説がまず入り口にあるが、あまりに低い認知度なのに驚かされた。

自己組織化が広い学問の領域にわたっていることを差し引いてもこの差は大きすぎる(トップダウン、ボトムアップは組織や、集団のヒエラルキーでの情報の流れとして使われる用語としては普及しているが)。このキーワード検索からだけで、自己組織化が半導体微細加工を置き換える時期はいつなのかといった想像をめぐらすことはやめたほうがいいのだろうが、将来像として、ナノテクノロジーを使ったものづくりのエースとして「自己組織化」「自己集合」を位置づけるのであれば「自己組織化によって製造されるデバイスは、ぜひ自己修復性も備えたものであって欲しい」との願望は強い。
小さくしたデバイスを集めて使うことがなくなることはない。気の遠くなるほどの数を集めても信頼される動作が繰り返され、大きな破壊が起こらない限り、いつの間にか元に戻っているデバイスってすばらしいと思いませんか?



                              篠原 紘一(2005.12.22)

                     HOME     2005年コラム一覧          <<<>>>