78. 素性のよい技術

アメリカのハードデイスク(HDD)メーカーと仕事を数年間やった時に印象的だったことがいくつかあるが、最も印象的だったことはシリコンバレーに限らず、アメリカではジョブホッピングが盛んで、HDDメーカーを変わる人は結構いるが、ハードデイスクの世界から外にはほとんど出て行かないということである。みんなハードデイスクが好きなのである。
もちろん、人によってどこが気に入っているかはそれぞれ具体的にはあるだろうが、丸めていえば、要するにハードデイスクは技術の素性がよくその中での競争だということが、好まれているのだろうと筆者は思っている。

アメリカと日本はマーケットの様子が人口比率、GDP比率(およそ日本がアメリカの半分)のようになっているかというと、そうとはいえない商品も少なくない。テレビに関連のある日本の新三種の神器のうちの、プラズマテレビは(テレビはもちろん、まだブラウン管が70%以上であるが)、日米の比率は一対一と均衡しているが、DVDレコーダーの日米比率は3対1で、日本が多いという。
ところが、DVDのプレーヤーは、さすが映画好きのアメリカでは、日本の7倍の普及を見ているのだという。
《映画好きの一例を。西海岸のHDDメーカーの知人であるDr.B.Hさんの家にはテレビが無く、学術誌や科学雑誌は10種類以上を講読。奥さんはアルツハイマーの研究者。家族で(子供もいる)映画はよく見に行くという。日本人から見ると変わり者のように思うだろうが、実に好青年である。》

DVDレコーダーといっても、大容量のHDDが記録、再生において大活躍しているのが実態である。HDDの歴史はコンピューターの歴史と関連が深い。IBMで50年ほど前に作られたものはデイスクの大きさが、60センチメートル、しかもデイスクは50枚も組み込まれていて、それでも記録できる情報量は、たったの5MB(いまや、最小サイズは100円玉サイズで、記録能力は200倍を超えているから、たったのという言い方になるのであるが、嚆矢としてはなたれたこのHDD無しには今日のパソコンも、インターネットも無かったのだから扉を開けるということはすごいことなのである。)で、映画を記録できるような代物ではなかった。

ナノテクノロジーの世界ではもっぱら計算原理が今のノイマン型とまったく違う量子コンピューターの方が話題になっている。しかし、地球シミュレータ(世界最速争いは、最近アメリカが逆転して、日本が追い越す計画で対抗しようという状況である)などのいわゆるスーパーコンピュータの計算能力はどこまでも高くても歓迎といった熾烈な競争世界である。
なぜなら量子コンピューターはスパコンと比べても桁違いの計算処理能力が実現できると期待されているが解くことの出来る問題が違う(いずれ、量子計算が多ビットで出来るようになってからは、新たなアルゴリズムが研究されて話は変わるかもしれないが)から、科学技術計算、設計の立場からのスパコンへの要望は天井知らずの状況になるのである。この世界ではたくさん使われるわけではなくても、HDDの記録密度を高める技術も、デイスクの回転速度を上げる技術もこれで十分であるということにはならない。これまで、これらのキーの技術の進歩は、代表的な数字で表すと約50年で、記録可能情報量が(同一のサイズで比較すると)なんと、5000万倍になったという驚愕の数字として結実している。

1990年代の後半になると、HDDの世界では性能が値段にリンクせず、オーバーテクノロジーという言葉が業界でよく顔を出した。パソコンの世界で使うには容量が大きくなりすぎたというのである。そこで起こった流れはパソコン以外にもHDDを広げるための検討であった。大方がAVメーカーとHDDメーカーの組み合わせでの映像記録市場開拓であった。
ところが、この組み合わせのスピード感はベンチャーのスピード感に遅れていった。
AVメーカーは一時期大きな利益をビデオテープレコーダーの普及で享受した。今でもまだまだ使われているが、このレコーダーは、テープと記録再生に使われる磁気ヘッドが接触する接触型の磁気記録であった。テープと磁気ヘッドの間にある量のごみがつくと、映像が記録できなかったりすることが問題になった。
このごみ詰まりの問題は非接触型の磁気記録であるハードデイスクにはないが(厳密に言えば、ケースの外から系に侵入する歓迎されない異物が悪さをすることは無いわけではないが)、ヘッドと磁気デイスクの隙間はテープと磁気ヘッドの間に詰まったごみの量に当たる空隙が出来てしまえば、映像が記録されないということは同じである。したがって磁気ヘッドを安定に浮上させる工夫がなされるのであるが、記録ビットの波長が短くなれば、それに対応して低く飛ばすようになるわけである。
浮いてる磁気ヘッドが突然の擾乱で磁気デイスクと衝突する頻度は、浮きが小さいほど少なくなるという傾向を持つことが、HDDの普及の下支えになって行った。それでも、そこをHDDの泣き所として声高に叫ぶグループが現れた。それがDVDのグループである。

光で記録するので、HDDほどヘッドとデイスクの隙間を極限的にコントロールしなくてよいことから、磁気記録から光記録の時代になっていくという社内世論が強まっていった会社が増えていった。結果Tivo(ティーボ)のようなアプローチはアメリカに先を越されてしまった。彼らの開発場所で、筆者はデモンストレーションを見、夢を聞いた。
映像記録がDVDに取って代わられるとはとても思えない興味深いデモンストレーションであったことを昨日のことように思い出す。(話は横道にそれるが、次世代DVDの勢力争いが報じられているが、光記録は歴史的に互換性を重視しないカルチャーが支配しているが磁気記録は互換性をVHSとベータでユーザーにかけた迷惑以降は学習効果が出ている世界であるともいえる)Tivoはパーソナルビデオレコーダーといっているが技術としてはHDDレコーダーである。今アメリカでは18、000という膨大なチャンネルを通して映画やスポーツなどの番組が放送されているとい言う。
ここから、好みの番組をどんどんためて自分のための放送局があるようにそれらの番組を楽しむというサービスが300万世帯を超えて提供されているという。
挑戦し、継続することで獲得した成果である。

HDDの活躍の場が携帯電話にも広がろうとしている。それは素性のよい技術の証でもある。磁気ヘッドの浮上の話もそうであるし、記録のメカニズム、キーデバイスなどが変わっても、出てくる信号だけを約束事として守って進化させることの出来るシステムである《これをやれば、次世代以降のDVDも、技術競争がユーザーに素直に届くのであろうが》ことなどをとっても、素性のよさは理解されよう。

ナノテクノロジーをユーザメリットに転換する上で、HDDの歴史も、これからのHDDの進んでいく道も有用なヒントになるに違いない。HDDの動向から眼が離せない。




                              篠原 紘一(2005.7.15)

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