77. E-ディフェンス

生活の中で、「まさか!?」と感ずることは突然関係者を襲うものである。
それは、研究や開発において先を越されることであったり、天災や、さまざまな事故や事件であったりする。しかしながらそれらのことが、普段はわが身を襲うとして誰も備えていないといってよい。
であるから余計、[まさか]から「なるほど」と得心がいく(もちろん天災などは得心ということにならないケースのほうが多いかもしれない)というか、原因があって、それに遭遇したことの不運を嘆いても仕方のないことであると思えるまでの所要時間はまちまちである(もちろん、受けた被害の大きさや、もっといえば、人生感や性格にもよる)。

なぜなら、その時間は[まさか]のレベルに強く依存していて、原因の特定化にこれまでに蓄積された知識がすぐに役立つとは限らないからである。天災となるともっと深刻になるのは、例え原因がかなりはっきり出来たとしても現実的な対策がすぐにはわからない。そうなるとかえって不安だけが増していき、科学技術は自然災害に対しては無力であるといった厭世的な極論が横行したりする。確率で考えても、多くの条件が掛け合わされれば、実質起こりえないことになると理解するのが普通の態度であろう。
日本もずいぶん物騒な社会になってきてリスクがいたるところにあるものの、日本人の平均寿命は世界一になって、かつじわじわ延びていっている。それでも、ある日突然、確率計算が掛け算から離れる事態がおきることがある。

10年前、神戸市の自宅で、筆者は阪神淡路大震災に遭遇した。地震発生の1時間前くらいだったように記憶しているのだが,我が家の犬が後で考えるといわゆる動物の異常行動と思える行動を取った。まだ5歳であったことから、感度が相当高かったのであろうが、新潟中越地震の揺れはつくばの公園で筆者は感じたのに、15歳になっていた飼い犬は泰然としていた。鼻も、耳も、眼も、感度は相当落ちてきているから無理も無いことなのかもしれない。
地震というと登場するなまずは電気に対して人間の100万倍のセンシング能力があるということで、地震予知に使おうと今も研究がなされているということである。この研究がどんな展開をするかは予測し得ないが、重要な研究課題であっても、研究予算がそこに十分つけられるかどうかは研究すべきとされる対象が多すぎてなかなかうまくはいきませんといった説明が繰り返されたままである。

阪神淡路以降も地球上では多くの地震が起きている。新潟中越地震、スマトラーアンダマン地震と津波の被害も甚大であった。10年前に起こった阪神淡路の震災の被害者の受けたダメージはさまざまで今になっても暗い影を落としている話を聞くとつらいのであるが、最近知ったことで心強く思ったニュースがあるので紹介したい。それが[E-デイフェンス]なのである。

阪神淡路の教訓はいろんな面で生かされていて、新潟中越地震でもボランテイアの活躍や、レスキュー隊の活躍などいくつもあげることが出来る。が、科学技術のサイドから見ると、兵庫県三木市の三木震災記念公園に出来た『実大3次元震動破壊実験装置』(E-デイフェンス)が、地震対策の強力な武器として有用な設計データの蓄積を開始するというニュースには期待が膨らむのである。

これは名前が示すとおりで、地震と投下のゆれを操作して与え、実際の住宅や、ビルを壊して、詳細な検討を行っていくということなのである。
これまでのようにただただ安全係数を高く取るのではなく、リーズナブルに地震に備えていけるようになっていく時代が始まったと思われる話であるのと、日本が世界をリードしていくひとつの重要な分野に対するコミットメントでもあり、頼もしいことである。きっかけが阪神淡路大震災だったこと、関係者が胸躍らせて完成を待っていた様子や、これからあれもやりたい、これもやりたいといったホットな話題が座談会の形でScience&Technology Journal(第14巻、第6号;科学技術広報財団発行)の最新号に特集されているので、詳細を知りたい方はその記事を参考にしていただきたい。
お金はかかるけれども、最近使われている、災害への備えを高めていく、「減災」のコンセプトが大きく前進していくことになる。

地震と言えば、Science(多くの研究者が引用する研究論文が載る雑誌として、Natureと双璧とされている:といっても分野が広がっているのでその位置づけは近年見直しもされているが)の6月17日号にGPSデータを解析してのスマトラ地震についての研究成果が載った。

GPSは身近になっている例ではカーナビゲーションに応用されているシステムで『全地球測位システム』である。世界物理年の今年の話題のアインシュタインの相対性理論がこのGPSの精度を高めるキーのひとつになっていることも何かと話題にされていることである。
GPSは地球から2万1000キロメートル上空の6個の軌道を回る人工衛星がトータルで24個から構成されたシステムで、この応用範囲は今も広がっていて、進化を続けるシステムなのである。GPSはアメリカが生み出したシステムで、このようなシステムが有用性を発揮できるのは、なんといってもコンピューターの力が大きい。とりわけビッグサイエンスを推進する上でスーパーコンピュータの能力アップのつばぜり合いは激しさを増す一方であるが、そ野分野でもアメリカと日本はライバルなのである。E―デイフェンス、もGPSも競争と協調のバランスで科学技術を社会に役立てようと関係者たちの努力が今も続いているのである。

基礎研究があって、開発研究、応用研究、実用化研究の間に死の谷があって、その谷には死屍累々の研究論文がといったくっきりした分かれ方で世の中が動いているわけではないことは、E- デイフェンス、GPSの話からも理解が得られることだと考えている。世の中を変えた大きなインパクトの代表例はアメリカのベル研究所で生まれたトランジスタに起源があるエレクトロクスの発展であろう。この例も含めて身近なところにまで、基礎科学が滲み出してきていることを正しく知る機会がもっと増えていくことが大切だと感じる。



                              篠原 紘一(2005.7.1)

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