72. 労働人口の流動化

ナノテクノロジーでのものづくりは大別して、トップダウンとボトムアップに分けられている。

トップダウンの代表選手はなんと言っても半導体の集積回路の製造である。
一方ボトムアップは自己組織化という現象を利用しようという考え方に基づくもので、アメリカのサンタフェ研究所が進めてきて有名になった複雑系の科学などが興味深い分野であったがあまりなじみの無かった概念である。

産業界での実績は化学プラントなどで利用している現象をボトムアップとして捉えるかなどにもよるが、ナノスケールエンジニアリングに持ち込むにはまだまだ基礎的な研究が蓄積されないと未来の産業の担い手にはなりえない気がしている。
トップダウンからボトムアップへの潮流が有る一方で 大学法人1年を経過した国立大学の運営は法人化以前はある意味で自己組織化的な運営であったと理解しているが、今は逆に大学単位のトップダウン形の運営になっている。

このように、社会の構成要素の中にもトップダウンとボトムアップは存在しており、多くの民間企業はいわゆるフラット化に近い運営に軸足を移しつつある。命令をトップが発してそれを下の階層に伝達しながら仕事をしていくやり方はグローバルでのハイレベルでかつスピーデイーな競争に勝利しにくいのと、命令で動いていくアルゴリズムだと製品やサービスに対価を払う市場からの情報がトップまで伝わらず、情報にありがちな一方通行性がビジネスの成功率を落とすなどのことから変わらざるを得なくなってきたのだろうと思っている。

大学がこれからどのように変わっていくかはまだまだ試行錯誤が続くのであろう。一年間、21世紀COE(世界に通用する拠点になろうというプログラム)のいくつかの会合に出て聞いた印象では、国際的に通用する人材育成、人間力を高めるなどキーワードが踊っているといった印象ではあるものの、紆余曲折がありつつもよい方向に向かうことを期待したい。

人を育てるということはどうしても時間のかかることなのである。
少子化や世界一の長寿社会の懸念が表面化する中で、アメリカで感じたことを思い出しながらひとつの問題提起をしたい。少子化、高齢化社会をバランスよく発展させるには労働人口の流動化に対して積極策を取るのがいいように思う。これはそのほかの深刻な社会問題解決も視野に入れながらであるべきなのはいうまでも無いことであるがそうなってくると、ことが止まってしまうのではと気がかりになる。

シリコンバレーの会社と付き合っていたときに、日本もそうならないかなあと感じたことが多くあるが、ここでは、その中の2つを取り上げたい。有る意味で合理的であり、合目的的{こういう言葉は無いのかもしれないがニュアンスはわかっていただけるであろう}な2つの例である。

ひとつはネットワークで成長を続けるシスコシステムズの事例である。付き合っていたハードディスクメーカーの前に畑があった。あるときそこが整地されビルが建った。貸しビルが多くあるシリコンバレーであるが、聞くとシスコシステムズのオウンビルであった。5棟建った中心部に円筒状の{無駄なスペースの多い}ビルが目をひいた。聞くとそのなかに幼児を預かる場所が用意されているという。保育園である。優れた女性の技術者を雇うのにこの保育園は売りである。今も時折日本で聞く話とは違う合理的な自助努力である。大学も国研も保育園を構内にもてれば、女性の力は何倍にもなって活かされる。どこが先鞭をつけるか楽しみである。

別の話で驚いたのは通勤の話である。サンフランシスコからサンノゼを通って南下する101号線は朝晩大混雑。通勤には皆が苦労している。シスコは新ビルを建てるに当たって、シスコも資金を供出してなんと鉄道を敷いたのである。恐れ入りましたといったことである。

もうひとつは、自分の意見が誰にもはっきりあるということである。これはひとつ間違うとチームプレーを危うくするといった一面はあるが知の創造が勝負を分ける時代にあって、日本は子供の教育からこれを意識していかないと取り残されるであろうといった課題意識である。シリコンバレーで会食をするとライバルの会社の人と必ずといっていいくらい出くわす。そこで交わされるのは世間話だけではない。
日本人の感覚ではついていけないような踏み込んだ意見が交されたりしていた。学会で質問されて日本の会社の技術者はすぐ起業機密ですのオウム返しである。これはまだそういう指導が企業の中でなされているからではあるが、自分の意見をしっかり持てていないことと労働人口の流動性がアメリカとはかけはなれた位置にあるからではないだろうか。

日本にあった改革をと言うのは正論であるが、アメリカから学べることは学んで、出来るところからは、迷わず自立度を高めたいものである。

                              篠原 紘一(2005.4.22)

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