68. 学位をとろう

 デジタル家電で元気が出たように見えたが、すぐ作りすぎ状態になるとか、家電製品の顔であるデイスプレイメーカの合従連衡の話などを聞くにつけ、経営の舵取りの大変さを思う。
外から見て順風満帆に見えるトヨタやサムソンは片時も慢心による下降相に入り込まないように危機意識の醸成に躍起であると聞く。
突出した成績を残す、成果を挙げるのは容易なことではない。産学官連携に対して、以前よりは前向きに取り組もうとしている産業界でも、産産の連携が競争優位の維持拡大の方向性を支えているのが今の姿である。

昨年の春に、国立大学に競争原理が持ち込まれたといっても,大学間の競争は民間の競争とは異質な部分もあるし、厳しさに立ち往生するような場面にはすぐには出くわさないであろう。
とは言え、インテルと大阪大学がリソグラフィーで連携する、産業技術総合研究所と東京大学が多角的な協力協定を結んだ、などなど文化のマージは一歩一歩進んでいきそうではある。
今の日本はまさに変革期にあり、方向を間違えずに定められるかが最も重要であろう。しかし、様々な連携によって新たなフレームはできても、実質を動かす人間にはまだまだ慣性が残っており、組織や運営を変えても、中で動く人々によって長い時間に蓄積、醸成されてきた、カルチャーや風土で際立った変化を実感するのは容易ではないことを多くの改革推進派はあらためて感じているに違いない。
しかし大学も国の研究機関も、企業も変わることが常態でなければならないことはみな頭ではわかっていて,行動を変えようと必死に努力はしているのである。ただその姿が輝いているかといえば、どちらかといえば気持ちは前に出ているが、身体がついて行っていない状態であろう。日常的な改善はもちろん大事であるが、真に求められているのがイノベーションであるから大変なのである。

イノベーションが求められているのは何も、科学技術の分野だけではないが、ナノテクノロジーによって、新しい産業の出口を創る、既存分野の更なる発展を促すなどの世界的な競争を勝ち抜くには、イノベーション力は最も重要であろう。イノベーション力を構成する能力を二つに絞るとすると、ロジカルな思考展開力と自在なイマジネーション能力(俗に言う柔らかな頭)ということになるのではなかろうか。そしてこれをドライブするのが夢ということになるのだろう。

この能力をどうやって鍛えたり、高めたりしたらいいかといえば、手っ取り早い方法は、自分よりその能力の高い人が作る環境に身をおき、もまれることなんだろうと思う。
さらに具体的な方法としては、学位をとる行為が挙げられる。

民間会社に身をおいて学位をとるのはこれまた大変なことではあるが、とろうとしなければ取れない。民間会社に入っても大学人に近い価値観を持っていて、早い時期に学位を取れるような条件の技術者よりも、企業で鍛えられた人が大学の研究室に1年とか1年半とか入りこんで学位を目指すことが、大学側にとっても異文化交流として最も刺激的で有用なあり方だと思う。


このような動きは国立大学法人へ歩みだした大学側も歓迎ではないかと推察する。力の有る科学者、技術者が幅を広げる上で絶好の機会が生まれるはずである。ナノテクノロジーが産業の新しい基盤になることに賛成するなら、民間側もロジカルに攻める力の強化は底辺において不可欠である。中核の人がある期間大学に出たらあく穴の話が必ず出るであろう。大学側も対応は柔軟にならざるを得ない競争下におかれているのであるから、条件があるならぶつけてみたらいい。開くかもしれない穴を少しでも小さく運用する工夫もできるかもしれない。有る程度の備えをして取り組めば、少々の穴は耐えられるはずであるともいえる。

企業は組織の力が大きい場所である。自分が抜けたら会社が困ると誰しもそう思っているが、実態はそうでもないらしいのである。中核に置かれると、面倒見ないといけないグループを抱えているからというのもわからないこともない。
しかし、思い切って抜けてみればわかることだが、そのグループはしばらくすると良い方向に変わり、成長するものである。誰しも、自分にしかできないことをやってきたし、存在感も示してきたと思ってやってきているはずであるから、君はいなくても何とかなるさといわれてしまうと、言いようの無い寂しさが襲う。しかしそれが組織を組んで仕事をすることの現実だと教えてもらったのは筆者が蒸着テープのプロジェクトリーダーの時で、技術の最高責任者の常務取締役からであった。

筆者も50歳のときに大学に論文を提出して学位をとった。決して楽ではなかったが主査の先生に細切れの時間を使うこつを教えてもらいながらなんとか学位をとった。とってよかったと今でも思うが、大学と産業化の人的交流によって異文化をマージしていくには論文博士ではなく、ぜひ研究室に入って学位を取る企業人が増えて欲しいと思っている。



                              篠原 紘一(2005.2.25)

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