64. やりたいことは?

 人が潜在的な力を含めて持てる力を最も発揮できるのは「やりたいことをやる」ことであろう。
「やりたいこと」の幅は「好きなこと」から「挑戦を重ねても届かないで終わる大きな夢」と広く捉えられる。アマチュア、プロを問わずすべての人にこの原則は成立する。
「やりたいことが反社会的」といったこと以外は、早くやりたいことを見つけ、人生を豊かに進めたいものである。「やりたいことをやれば、なんでもうまくいくかといえばそうもいかない」。しかし、全力で挑んでも起こる失敗や、挫折は次にさらに高いところを目指していくうえで力に換わることが多いものである。

ところが誰でもいきなりやりたいことがみつかったり、夢が徐々に膨らんでいく過程で、それを暖めてチャンスを生かしてやりたいことが始められる訳ではない。一部の人を除いて実際には、あることをやっているうちにそれがやりたいことであることに気がつき「ヤリタイコトヲヤル」フェーズに入っていくといった姿が多いのだと思う。
筆者の経験でも会社に入って研究所に配属されたがやりたいことが見つかるまで10年かかった。研究所にいるだけで満足するタイプでもないし、研究ができればそれで良しというタイプでもなかったので、やりたいことを探しながらいくつかの開発に取り組んできた。
やりたいこととして蒸着磁気テープが見つかって実感したことは「やりたいこと」をやるのとそれまでの10年の充実度がこんなにも違うのかということであった。蒸着磁気テープは自らが提案して始めた仕事ではないがすぐに「やりたいことをやる開発」になったからである。その後19年もかかわることになるとは思いもしなかったが、最後は商品化まで関与でき満足度も高かった。

その次にやることになったハードデイスクは最初から「やりたいテーマ」であったが、残された時間が長くなかったことで、やりたい人たちだけでやる道筋だけ敷くお手伝いをして後はよろしくというつもりであった。当時の上司にもそれでよいといわれて動いたのであるが結果、なぜかリーダーをやる羽目になってしまった。やりたいことをやれる環境を得た技術陣は、新参者にもかかわらず業界の常識を変えるようなインパクトのある成果を短期間に挙げた。その後輩たちが、今苦労している姿を見るとあの時仕掛けて本当に良かったことかどうかいまだに確信がもてないというのが正直な気持ちである。
適切な言葉ではないがありがた迷惑の部類だったかもしれないが、今も「やりたいことがやれている」ことであってほしいと願っている。


60歳の誕生日まで後半年という時に、ハードデイスクを途中で投げ出して(?)今の研究事務所で基礎研究のサポートを始めてあっという間に3年がたった。事務所の立ち上げ後、筆者らが担当する研究領域の梶村研究総括の発案で研究事務所のホームページを作ることになった。ホームページは仲間が自力で立ち上げてくれ、筆者はコラムを担当した。そのコラムも苦しみながらも何とか続いて今回で64回になっていて自分でも驚いている。
最初は在庫を持ってスタートしたのだが、あっという間に自転車操業になって、雑になり伝えたいことが伝わっているのか不安になっている。来年から、自転車操業とはいえ少し余裕を持つために研究総括の梶村さんの語録を取り上げて解説を加えていくこともコラムの一こまにさせてもらおうと思っている。
有名な演説や、至言、名言は数多くあるが、その短い言葉に凝集されたメッセージは正しく伝わるとは限らない。もちろん正しいことが大事ではなく、その言葉に触れての理解はいろいろあっても、人生が前向きに変わることもあろうし、それはそれでよいとは思う。

とはいえ、せっかくであるから、筆者が梶村さんから発せられた言葉に強く共感を覚えたり、感動したりしたその状況に近づけるひとつの方法として、補足的な解説を加えることで語録を文脈の中で捉えていただこう(場合によっては難しいが行間の読み取りによってはじめてメッセージが届くことさえある)と考えたからである。ポンと簡潔な語録を並べるよりも、伝えたかったメッセージが伝えたいとと思うからである。どこまでできるかわからないが、試みようと思う。



                              篠原 紘一(2004.12.10)

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