57. 原発事故とナノテク

今年の夏はあちこちで暑さの記録が更新された。猛暑と酷暑ではどちらが堪えるかは定量的な定義がないのでよくわからないが、大都会のヒートランド化だけをみて、科学技術の負の側面を強調し過ぎないようにしたいものである。

それにしても、いつのころからかはっきりしないが、豊かさの中で、知らず知らず我慢のレベルが下がってきているのも事実である。1945年の8月6日広島に、8月9日長崎にアメリカ軍によって原子爆弾が投下され日本は唯一の核被爆国になった。その過ちを二度と繰り返さないようにと平和を訴え続けて59年目の記念式典の余韻が冷めない9日の午後関西電力、美浜発電所の原子力発電3号炉で起こしてはならない事故がおきた。

二次冷却系の破損であったため、放射能の恐怖に曝されることはなかったとはいえ、原因の詳細はこれから解析するにしてもざっくりいって、配管の厚みが極端に薄くなっていて、それをチェックできていなかったということであるから、科学技術的な要因よりも、これも人がなした過ちで、企業の運営の構造的な問題や、管理体制などがまたしても問われることになっているのである。

原発の事故では、スリーマイルやチェルノブイリがよく知られているが、今回の事故は類似の事故がアメリカで起きていたにもかかわらず防げなかったということらしい。関係者なら、アメリカでおきた事故を知れば、即『われわれのところは大丈夫か?』となるのが普通の組織の感覚だと思うのだが。

そんなこんなでいらいらしているといいことはなくて、8月10日は筆者らの拠点であるつくば三井ビルが、つくば市から供給されている蒸気がこないために冷房が効かないときた。高層(つくばでは)で窓の開かない設計ゆえ室温はどんどんあがる中でボーっとしながら届いたばかりのナノテク専門ニューズレターの日経先端技術の67号(8月9日号)を見ていて、目にとまった記事がある。

ひとつはアメリカのベンチャー企業のシンテックが、カーボンナノチューブを電子源にして小型のエックス線管を開発中であるとの記事である。この商品化がうまくいけば、今回の原発事故は現場での簡易的な検査で未然に防げることが期待できる。信頼性が多くの人たちの安全を支えることになる輸送関係や、エネルギー関係などの業界には朗報といえよう。もうひとつは、『ナノメタラジー』の特集記事である。


ナノメタラジーは東北大学金属材料研究所の安彦教授らによって提唱され発展してきた金属学で不純物同士の間隔が1ナノメートルを超えるあたりで急激に材料の性質が飛躍的によくなるということで、高純度の鉄は簡単にはさびなくなるといった世界が拓けるのである。この成果を原発の配管材料として当てはめれば、配管の長寿命化が実現することが期待される。しかし多くの技術がそうであるが革新的な技術が登場しても成熟した技術で大部分の社会が構成されていることから優れた技術が直ちに普及するという例は少ない。経済原則を無視しての生産活動は、戦略的に短期に実践されることはあってもやはり例外的である。このナノメタラジーの基礎研究に科学技術振興機構は平成7年から5年間支援をしてきた。ここで上げられた成果はゆるやかではあるが産業化に向かっているとのことである。科学技術振興機構もこれまでいろいろな制度を導入して基礎研究からその産業化までをエンカレッジし続けているが貢献がどれほど見えているかといえば、残念であるがまだまだ地味である。

いつもこういった話のときに引き合いに出されるのがアメリカには政府が購入者(主として軍であるが)となって革新技術に対して市場を提供し、産業を育成してきているといった話である。確かにその市場が軍であることを別にすれば理想的なビッグインキュベーターである。20世紀の大発明をビッグビジネスにしたこのやり方での成功例の代表がLSI(大規模集積回路)であるといえば誰でもうらやましく感じる。

ナノテクノロジーの市場導入速度もどうもアメリカのほうが速いように感じるのは、ひとつには市場の性格に差があるからであろう。しかし、いろいろ言ってみてもここは日本でありアメリカではない。基礎研究の成果が経済性の原則の壁で跳ね返されるからといってうらみつらみを言っていても始まらない。『性能が良いから安い』と豪語できる技術を創ることにナノテクノロジーにかかわる研究者、技術者は臆せず立ち向かっていきたいものである。

                            篠原 紘一(2004.8.27)

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