41. 弱者でも圧勝できる

 世の中で起こっている、いろいろな現象は多くの場合、不均衡になっていく。このことに気がついた人は多くいたのだろうが、歴史上、いわゆる「80対20の法則」の発見者として名前が残っているのはイタリアの経済学者のパレート氏である。彼はイギリスのお金持ちの所有している資産について調べ、総資産の80%が、20%の人に偏っている事実に気がついた。

ここで勘違いしやすいのは、80%と20%を足して100%になるという足し算が出来ないものを比べていることが多くあり、数字に意味が厳密にあるのではなくて、正の帰還や、負の帰還が作用して、一見バランスが取れているように見えることも、気がついたら大幅にバランスが崩れているということが、身近にもよく起こるということと理解すべきである。
機会の均等を重視し、結果の不平等については受け入れると言われている米国などの風土とは異なり、結果の平等を強く望む日本の風土ではイノベーションは起こりにくい傾向にあったし、突出することを認めない風潮、他人の評価に耳を貸す真摯さの不足などが指摘されてきたが、「80対20の法則」はいろんな場面で起こるものなのである。
グローバル競争の先端に立とうとするなら、時間がかかるとしても、あきらめないで風土を変えていかざるを得ない。ここでは、「80対20の法則」に近い例として筆者が経験した、蒸着型磁気テープの開発と事業化において起こった不均衡の事例について紹介する。


1995年に市場に投入されたDVC(家庭用デジタルビデオムービー)は日本の市場でまず立ち上がり、欧米が追従する形で、新規の規格のビデオとしては予想を超えた市場形成に成功した。過去のビデオの立ち上がり時によく起こったといわれていた、磁気テープと、ビデオ機器との間の、俗に言う相性にまつわるトラブルもなく進められていったにもかかわらず、MEテープでは失敗するから、MPテープを使えという会社幹部の声は一向に収まることは無かった。それでも結果はMEテープがあればこそになったのである。しかも、筆者らが開発し、事業化したMEテープは、初期において生産シェアが90%を超え、磁気テープ不足の懸念をも払拭した。その後実力のあるテープメーカーが順次立ち上がり、シェアは少しずつ下がったとは言うものの、寡占事業としての実績を残してきた。なぜこの不均衡が起こったのであろうか。過去ビデオの規格を起こし、事業を成功に導いてきた人たちの予想を裏切った結果を導いた、要因を思いつくままに列挙する。

MEテープでは立ち上がらない。MPテープの認定を急げ!」といわれたが、ビデオムービーのメーカーに必要だといわれれば、量をケチらないでサンプルを出し続けた。その結果、M社の(筆者が属していた会社)MEテープにチューニングされたビデオムービーが各社から発売された(これは、コンスーマービデオの歴史で初の快挙といえる)。
更に、「M社のMEテープはいいテープだが、量産の経験が無いから、立ち上がりはテープが不足して大きな問題になる」といわれたが、現場は市場に迷惑をかけずに事業化を進めてくれた。他のテープメーカーが生産立ち上げにてこずっている間に、相手先ブランドでの生産が増え、生産シェアは90%を超えたことで、先に述べた相性の良いテープが、各社のビデオムービーで実質的にほとんど使われることになった。

この二つが新しいビデオの立ち上がり時にいつも付きまとってきた課題をすんなり回避してしまったといえよう。これらの実績は、会社にとっても望外の幸運であったが、DVC 全体にとっても幸運であった。確かにM社の量産経験は塗布型の酸化鉄テープ(VHSテープ)、MPテープしか無い上に、それらのテープも後発組であったし、弱者の事業体であった。しかし、新しいことに挑戦するメンバーが事業側から送り込まれ早くから、開発側の研究所のメンバーと一体になって事業化の準備に入ったことと、何よりも量産に対応できる規模の設備で開発を長期にわたって推進してきたこと、その結果、量産化において回避が難しい有用な特許を多く持てたことで、経営者が特許に大きな不安材料を抱えて船を漕ぎ出すようなことにならなかったことなどが、競争において予想外の不均衡をもたらし圧勝といえる経験が出来たのである。
事業のフェーズになっても弱者の時代には思いも寄らなかったような貴重な他社情報が入ってくるなど、ますます不均衡が進む循環を体験した。こ
ういうことを、意図的に実践できれば言うことは無いのであるが、競争社会であるから、そういつもうまく回せるとは限らない。それでもこれからナノテクビジネスを起業するとか、または事業強化にともくろむ際のヒントをこの事例からつかんでもらえれば幸いである。
 

                                                 篠原 紘一(2003.12.8)
                                                   
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