32. ナノテクノロジーは

 家庭用デジタルビデオカメラに用いられている磁気テープは、ペットフィルムの表面に100nmくらいのシリカの微粒子が分散配列され形成された微細な凹凸の構造を構成して、その面にコバルト、酸素系の磁石になる薄膜を真空蒸着によって形成し、その上に保護層として10ナノメートルのダイヤモンド状カーボン膜が配されたものである。
このテープは1995年に生産が始まったものであるが、デビュー当時の製品カタログにはナノテクノロジーを駆使してといった宣伝文句はまったくない。

用いられているシリカの微粒子は、20年ほど前では分散も容易ではなかったため、凝集粒子は取り除くのはもちろんであるが、粒子の大きさの分布を出来る限り小さくするために、超高速遠心分離機で前処理して得た微粒子を耳掻きに一杯程度、樹脂を溶かした溶剤に混ぜてペットフィルムの表面に塗布することで、シリカの微粒子を1μ角に20から30個分散配列された面を仕上げるようにしたのである。

今は、ナノ粒子は数ナノメートルから数十ナノメートルになってきており、凹凸を作る石ころとしての用途ではなく、サイズ効果でいろいろ楽しみな機能の多様化が見出されてきている。
しかし、量子ドットを規則的に並べる研究は、量子ドットの素(?)を上記したような、溶液塗布法でシート材上に配列したり、スピンコートでウエハー上に配列するといった粗い方法ではなされていないのは、ナノスケールでの規則配列には非常識極まりない方法と判断しているからであろう。
この発想は受け入れ難いとしても、量子ドットを規則的に配列することで、新しい動作原理のデバイスが開発されても、その製作が極めつけのナノテクツールといえる走査型のプローブ顕微鏡で行われたのでは産業利用の道はすぐには開けにくい。

しっかりした原理検証や、新たな機能のデモンストレーションを確実にやってのけるのは勿論大切であるが、ナノテクノロジーを生産技術として系統的、体系的に捉えて組み立てていっているといった動きに、今は力強さは感じられない。

特に企業側では、総合力を生かすような連携や、横断的な推進会議のような段階から本格的な生産革新会議のような動きが始まってもいいのではなかろうか。
少なくとも大手の製造業には、生産技術研究所がある。今そこに期待されている機能、役割はナノテクノロジーの戦略推進の中核としてのものではないのか。
大学では、東京大学にある生産技術研究所で、ナノテクノロジーの先導的な研究がなされているが、これなどは稀有な例で、近未来の生産技術としての研究という位置づけではなさそうである。
5年後、10年後のものつくりの現場をどうイメージすればいいのだろうか?

単一電子トランジスタはすばらしい。しかしこれによって、電子デバイスが集積化から解放されるわけではない。バイオミメティクスは、ヒントを与えてくれるかもしれないが、模倣もすごい技を必要とするようになるだろう。
ボトムアップだ、いやトップダウンだ、自己組織化だとの議論が大事なのではなく、5年後に何を作ってビジネスをするのか、それをどうやって作るのかを想定した、具体的且つ戦略的な手出しがなされ、そこからこんなことが出来ないかといったテーマが基礎研究側に投げかけられるといったことで、基礎研究の流れが一部軌道修正されるといったこともあっていいのではないだろうか。


横並びはもう力を持ち得ないことはわかっていても、どうも戦略的に事を進めることに慣れていない点が懸念される。

                                               篠原 紘一(2003.7.14)
                                                   
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