25. 環境とナノテクノロジー


 
総合科学技術会議重点4分野は、情報通信、ライフサイエンス(健康)、環境とナノテクノロジー・材料である。これらがもたらす果実は、産業革命にたとえる人もいて、社会に与えるインパクトはきわめて大きいものであることが期待されていることは間違いない。

しかし環境とナノテクノロジー・材料の関係ひとつとっても、これらを地球規模で好ましい姿で築いていくシナリオはこれまで経験しなかった壮大なシナリオになっていくであろう。そしてそのシナリオは、環境とナノテクノロジーだけが独立して考えられないことは、人口問題一つ考えても明白である。地球規模で好ましい新たな社会システムをどう構築していったらいいのかを考え、その中にあって、きわめて重大な役割をナノテクノロジーがどのように担っていくかを描くのは、倫理や社会のあり方を含めシステマティックな洞察が求められているライフサイエンスと酷似しているといえよう。
そうなると戦略を間違えると大変なことになるが、今はそこまで本質の議論が深まるレベルになっていないような気がする。現実的な、出来ることからでもやろうといった取り組みが企業で始まっているがそこも、平坦な道で無い。

卑近な例としての家電製品のリサイクルを考えることで課題の一部を浮き彫りにしたい。
キーワードとして「時差」「格差」の2つで整理してみる。

時差は今起こっている問題を今解決するのが困難であるという側面をもつ。環境は金にならないなどといえない世の中になってきて、各企業も環境に優しい商品へのシフトを進めている。携帯電話のような商品サイクルの短いものは例外的であって、10年前のテレビ、冷蔵庫、エアコンを今もお使いの家は決して少なくはない。フロン対策や、省エネルギー設計などの企業努力は環境問題に歯止めをかけうるものにはならないのは環境破壊が地球規模で積分的にきいているからであり、課題解決努力は基本的に時差の問題をも解決することが望まれることになる。

格差についてはどうか?振り返ってもらえば実感として理解いただけるだろうが家電製品はたえずコストパフォーマンスを向上させてきた。その結果いいものが安くなるという通念が根づいた。だから同じ性能、機能で使う上で何も変わらなくて、環境にやさしい設計にはお金を出してくれないという挙動になるのである。さらにメーカにとって切ないのはたくさん使われるものは安くなり、ただ同然のようになり、使い捨てになっていくとの傾向もユーザーはしっかり把握してしまっている。価値の軸で作る側と使う側にいわゆる金銭感覚に格差が出来てしまっている。企業の間でも、業界間でも、もちろん国家間でも格差は拡大したり圧縮されたりはしても理想に向かって単調にことを進めていける状況にはないのである。時差も格差も本質的に経済性の原則がプレッシャーになっている問題でもある。

経済性の原則のプレッシャーを受けているのはナノテクノロジーも同様である。材料からみれば、一つの機能を小さなサイズで引き出せるのだから消費する資源は節約されるから良いことだと判断される。デバイスの消費する電力が小さくなるからこれも好ましい方向だと判断されるが、それらは定性的な判断であって、デバイス化の過程で使う電力などのユーティリティーが今までより大きくないかなどトータルの定量的な考察が必要である。
人類は決して後退を望んでいないどころか、持続的な発展を望んでいる。環境・エネルギー問題の克服は明るい未来を実現する上で必須である。資源問題、環境負荷などを気にしなくても良い、リサイクル可能な材料を用いナノ構造制御による量子効果で高機能デバイスを成立させる研究などを次々と実らせ、加速度的に環境・エネルギー問題克服への好循環サイクルにのせていくことが、日本の重点推進するナノテクノロジーへの国民の期待であろう。


                                                    篠原 紘一(2003.3.7)
                                                   
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