20. ビル・ゲイツのいない日本


 
毎年、1月初旬にラスベガスでエレクトロニクスのショウが開催される。2002年CES(ConsumerElectronics Show)の開催前夜の基調講演はビルゲイツだったという。彼は新家電向けのネットワーク技術について新しい2つの技術を提案し、高精細テレビジョン(HDTV)を使って実演をして見せた。
マイクロソフトの提案が常にデファクト(事実上の標準)になるというものではないし、家電のハードや、ユーザー情報の蓄積は日本が強いが、ウィンドウズの強さは別格である。
ところがアメリカで彼を称える話は聞いたことが無いのはなぜだろうか。

例えばデファクトの代表例の一つである家庭用ビデオのVHSは中心に高野さんがいたのであるが、彼を称える話は多くある。ソフトとハードの差なのか、成功の度合いの差なのか、人柄の差なのか、分析も出来ないし、コメントも出来ないが、差が感じられるのは確かである。ささやかな体験を紹介し、問題提起としたい。

シリコンバレーはベンチャースピリッツが随所に感じられる地区である。
そこでタクシーの運転手に質問された。日本にはビルゲイツはいるのかと。彼は技術者で、ビルゲイツに肩入れしていたCEOの舵取りミスで職を失ったのだという。急に収入が減ってみると、ビルゲイツへの富の集中が異常に映るのだという。日本は機会の平等だけでなく、厚かましく結果の平等を求める傾向が強く、平均値に固まる傾向がある。技術者にとってこの風土は変えていくべきだと思っていると言うと、ビルゲイツのいない国はいい国だというだけで元気がなかった。


計測、評価機器のベンチャーでは、大学の研究室そのままのような現場を元教授に案内してもらった。ミーティングルームにはベンチャーの軸にしている発明証書が飾られていて、金に換えることの出来る研究成果を生み出すアメリカの大学のアクティビティーに彼我の差を感じさせられた。
技術は先生にお任せの陽気な協同経営者がビルゲイツ憎しのかたまりであった。ビルゲイツがデモの場面でしくじると拍手喝さいなのである。それどころか、真剣な顔をしてもっと過激なことも言っていた。


別の計測、評価器のベンチャーでは、東洋系の姉と弟が共同経営者であった。姉はIBMでコンピュータのマーケッティングに携わっていて、やめようと思ったときに、マイクロソフトに誘われて迷ったという。大学を出た弟が極めて優秀で、弟と事業をする道を選んだのだが、そのことを大変喜んでいた。そこでも言い方は、今ビジネスが順調でという言い方ではなくて、マイクロソフトに行かなくて良かったというのである。

クリントン大統領の年頭教書に謳われたことを契機に火がついたナノテクノロジーは競争相手が多い。この競争で勝者になる上で、ビルゲイツのいない国日本で本当にいいのだろうか?

                                                篠原 紘一(2002.12.27)
                                                   
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