151.ショーンの描いた世界

 

 8月20日から開かれた「有機トランジスタと機能性界面に関する国際ワークショップ」(非公開)に部分参加した。講演時間は40分(議論を含め)ですべて招待講演、プログラムも様々な議論が展開できるように配慮され、山にこもってとことん議論するといったスタイルの意義深いものであった。

 

その会場で、ビッグネームのB.Batlogg博士(現在はスイスのETHZurich)の姿を拝見し、疾走する天才ともてはやされ、ノーベル賞まで取りざたされたにもかかわらず論文(2000年11月から2001年11月までの間にNatureに3報、Scienceに2報を立て続けに発表)ねつ造の疑惑でルーセントの研究所(旧ベル研)を解雇されたショーン(Dr.J.H.Scho n)が描いた世界と彼の引き起こした事件(?)を思い出した(SchonBatloggの研究グループに属していた)

 

彼が集中的に発表した一連の論文では、有機単結晶や単分子膜をもちい、電界効果トランジスタ構成でキャリアを注入することによって、超伝導をはじめ、無機半導体に匹敵する分子一個でのトランジスタ動作など、驚くべき成果が示されたことは記憶に新しい。再現性に疑問が提示され、有識者から成る委員会は,本人否認のまま、その多くが捏造であるという結論になった。これによって、多くの研究が加速したのも確かだが、大きな混乱を引き起こし、分野こそ違え科学者への信頼が揺らぐスキャンダルが相次いだ。

 

今でも、有機トランジスタの材料として研究されている、ペンタセン、テトラセン、アントラセンで2Kから4Kの臨界温度(Tc)を示す超電導や、ナノテク材料の代表であるフラーレン(C60)の超電導はなんとTc52K、ポリチオフェンによる高分子の超電導(Tc:2K)などに刺激され、一時多くの研究者が追試を含めその方向の研究に熱くなった。これ以降多くの研究分野で捏造が暴かれ、多くの地道に研究を続けている研究者たちに迷惑がかかり、混乱も生じた反面、倫理観についての見直しや、相互けん制をしっかりやろうといった反省が生まれたきっかけになったのも事実であろう。

 

ショーンが描いた世界は有機エレクトロニクスや、分子エレクトロニクスの夢につながっていたのかもしれない。

ただ、科学技術として組み立て方に、誤りや、飛躍があった。

繰り返し表面化するスキャンダルは鎮静化に向かったのかどうかは余談を許さない面があるかもしれないが、ありがたいことに科学技術への期待感は今でも、様々な意見はあっても総じて維持されていると言えよう。

冒頭のワークショップもそうであるが、世界の先端では界面現象を物理として深く理解することで、有機エレクトロニクスの方向性として正しい方向を探索している研究者の熱い心は健在であることは力強い限りである。


                                   篠原 紘一(2008.9.16

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