150. 二つのエピソード

 

どちらかといえば意外と感じるエピソードの二つを比べて考えてみたい。

 

一つ目の話は、京都大学、山中教授のグループによるiPS万能細胞の研究支援についてである。この研究は、平成15年度に「真に臨床応用できる多能性幹細胞の樹立」といったテーマで「免疫難病・感染症等の先進医療技術」研究領域に応募して採択され進められている。

 

この領域の研究総括は岸本忠三大阪大学大学院教授である。科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業の一つであるCREST(Core Research for Evolutional Science and Technology)は、国の戦略目標を受けて領域をたて、狙いを明示し公募・審査をへて採択課題を決めるのであるが、提案書を査読評価し、一回目の絞り込みを行い面接選考を経て、ある課題数が採択される仕組みである。書類審査、面接審査の責任者は領域の研究総括であり、領域運営を補佐する複数人の専門家より構成されるアドバイザリーボード(必要に応じて外部評価者のピアレビューも行われる)で評価決定が行われる。

 

 山中教授の提案は、領域のスコープにフィットしないのではという議論もあったらしいが、採択を決めた総括は「とてもできるとは思わなかったが、こんなことができたらそれはすごいことだから」と判断したと回顧した発言をしている。

形の上では提案の中身(科学、技術)が評価の対象であるが、人が人を選ぶという側面もあり(外部から見ると公正を欠く評価がされているのではないかと見られたりするが、そういったことは起こりえないよう内部けん制がしっかり働いている)外野の勝手な想像になるが「山中教授は若いし、情熱がある。5年では無理としても、できるかもしれない。いまこの提案を支援することは先々を考えれば大事かもしれない。賭けてみよう。」といった判断に至る何かが、選ぶ人と、選ばれる人との間に行き交ったのだろうと思われる。

結果は、世界が熱い期待を寄せる衝撃的な研究成果が出、iPSはもとより、関連分野の研究はさらに激しさを増しているのである。

 

二つ目の話はNIH(National Institute of Health)であったという話である。

10年以上前に、遺伝子情報の解読をスーパーコンピューターを駆使してやろうという提案には資金が出なかったという。ゲノム解読が予想以上に早まったのはもちろんコンピューターの進化が大きく貢献しているから、当時の提案が時期尚早であったかどうかはわからないが、提案者は提案が通らなかった理由について「極めて影響力のある人が、このやり方では駄目だと否定的なことをいったからだ」と語ったという。

 

これにはさすがアメリカとまたまたうらやましくなる後日談があって、サイエンスのためにと、NIHを飛び出したこの研究者の構想に、あるNPOがポンとNIHの年間予算の1%位を資金供与したというのである。

 

NIHはアメリカ最大の国の研究機関であると共に、世界中からの提案を審査し資金を出すFunding Agency(JSTはバーチャル研究機関)でもあり、多数のノーベル賞研究者を輩出している。

それぞれのエピソードを結果志向の価値観でみるか経過志向の価値観でみるかによって評価が割れそうな話である。

それぞれone of themmの話を比べてこれ以上議論しても始まらないことであろうが、いずれも今のところ日本ではまれなことであり、考えさせられるエピソードといえよう。


                                   篠原 紘一(2008.9.5

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