139. MP vs ME

 新技術は、期待される側面だけではなく、現状の技術とその延長上にあるビジネスのさまざまな抵抗に出会うといった側面を持っている。持続可能な社会を地球規模で実現する上で、クレイトン・クリステンセンは「イノベーションのジレンマ」の中で、事例研究を基にした、製品の性能進化を2つのタイプに分類している。
ひとつは製品の市場を席巻している製品群の持続的イノベーションであり、もう一方は破壊的イノベーションと呼んでいる進化のラインがある。それぞれに持続的な研究開発による技術進歩が製品性能を押し上げていくのは同じである。
優秀といわれる経営は持続的イノベーションに支えられているが、気がついたときに破壊的イノベーションによって経営が大きなダメージを受けることがあることを事例いくつもあげて警鐘を鳴らしている。イノベーションの要素は技術だけで語れないことはかなり浸透してきているが、それでもなお大きな力に小さな力が戦いを挑むことがイノベーションにとって意義深いことには変わりない。筆者も磁気テープの開発と市場投入でイノベーションのジレンマといっても良いと思われる経験を通して学んだことを紹介したい。

 MPテープ(以下MPと略す)は磁気記録を担う層が合金磁性粉や潤滑材を樹脂に分散させた状態で塗布方式によって製造される磁気テープであり、前世代が酸化鉄の粒子を用いてきた部分を合金磁性粉に置き換えて磁化量を大きくし、高密度記録特性を改良したもので製造インフラ、製造ノウハウが、複数社で構成された業界において競われてきた。MPは市場導入までに、「金属はさびる。さびれば磁性が劣化し使えなくなる」課題と向き合って、実用可能なレベルに到達した。ここでも、酸化鉄テープのロードマップが持続的イノベーションであったのに対してMPテープが破壊的イノベーションに当たるものとして登場したのであった。

 一方、業界の一員でもない素人集団が開発を始めたのが蒸着磁性膜を磁気記録層とするテープ、MEテープであった。

 MP(持続的イノベーション)とME(破壊的イノベーション)の関係はイノベーションのジレンマで取り上げられているハードデイスク(HDD)における3.5インチデイスクと2.5インチデイスク(小型)の関係と似ているところが多くある。

 HDDはデスクトップ型のコンピュータの基幹デバイスとして大きなマーケットになっていった。コンピューターの競争はそのままHDDの競争で、マスマーケットの要望に対して3.5インチデイスクがこたえるべく競争している世界と別のところで2.5インチデイスクの市場形成がスタートした。円盤のサイズが違うから記録容量では勝ち目がない。もちろんコスト競争力もない。3.5インチの主力メーカーが2.5インチを重視することがない間に、年々記録密度を上げていくことで市場の要望のミニマムラインに到達するや、2.5インチタイプはむしろ収益の柱となる事業になったのに対し、3.5インチメーカは経営が苦しくなって業界再編の波に飲み込まれていったのである。

MPとMEの第一ラウンドは、8ミリビデオカメラであった。

 このフォーマットではMEテープはまったくMPテープ陣営にとって脅威にはならなかった。アナログ記録であり、画質差は同一の画像を同時に並列の画面で比べてやっとわかる程度で訴求できる点が弱かったからである。筆者の所属した会社は8ミリビデオはお付き合い程度の事業でしかなかったこともあって、8ミリビデオの高画質バージョンで次のフォーマットへの備えとしてのテスト的に少量欧州市場にビデオカメラのOEMにおまけで出した程度であった。

第2ラウンドは、デジタルビデオカメラの磁気テープ市場でのMP対MEの戦いになるはずであった。ところがここではMEテープのみが市場要求(決められた規格を満たすことが、デジタル記録のために厳格に求められたのである。これまでのアナログではユーザーに迷惑をかけずに年々テープの性能を上げていくといった対応が許容されたといったことがあった。)を満たして、市場を席巻するという予期しないことが起こったのである。

HDDほどにクリアではないがやはりイノベーションのジレンマで言われる破壊的イノベーションの事例としてMEテープが当てはまったと見てよいであろう。事業規模がHDDに比べて小さいことから会社がつぶれる話にはなっていないが優良会社の下した経営判断の足元がすくわれたことには変わりないのである。

                                   篠原 紘一(2007.12.21)

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