134. 技術供与

大学や国の研究機関が生み出した知を早く産業界としても取り込んでいこうという姿勢が科学技術機構(JST)が進めている「新技術説明会」を通してもよく見える。
このJST新技術説明会、なかなか好評で順番待ちの状態のようである(産学官連携ジャーナル、8月号に特集記事あり、https://www.jst.go.jp/tt/journal/) 。

 
これまでがどちらかといえば個別のネットワークで細々としか進んでいなかった技術移転が、大学や国立研究機関の独立法人化以降、シーズ提供側にも競争が起こって、JSTで進めている新技術説明会は未公開特許のポイント、それを裏付ける基礎的なデータ、何を目指して研究してきているかの開示などから構成され、情報の鮮度はもちろんであるが、質的にも好奇心ベースから社会とつなげられるものならつなぎたいといった視点の変化によって、組織だった推進の活力になっている意義は大きいものと思われる。


JSTに限らずさまざまな技術移転活動が今の時代の要請をにらみながら推進され始めているのは確かである。一方その規模が大きくなっていき、対価についての評価が表面化してくると、技術移転の接点に立つ以外の人たちの言動が影響を持ち始める。

筆者は1978年にスタートした蒸着磁気テープの開発の初期段階で、ラボレベルの技術供与を経験した。オングストローム(ナノメートルのさらに10分の一)からイメージして「オングロームテープ」という愛称でマイクロカセットテープの長時間録音に適する新規構成のテープの試験販売のアナウンスで、「求められれば、技術を提供する」といったプレス発表での技術役員の回答が記事になり、まさかのこと(筆者らにはそう思えた)が起こった。素人集団が開発した技術に、しかもラボレベルの技術に億の金を出す欧米のテープメーカーが4社もあったのである。そのときに学んだことをいくつかあげたい。

1)    新技術説明会の苦労もそこにあると思えるが、興味を持ってもらって(お金まで取ろうとすると余計そうであろうが)次のステップに進めるには(たとえば詳細技術ノウハウの開示)どうやって価値を示すかである(カタログと、見積書だけで即契約とはならない)。これは駆け引きではなくて、できる限界を双方の立場にたって考えて決断することである。

2)      現場の知恵を伝える気になるかどうかは人間関係による。(主なメニューは、技術概要、ノウハウブックの説明、ラボでのテープ試作、評価の実習、技術移転先でのコーチとして進めた)筆者は研究所の蒸着研究室長であったが、ヘルメットの似合う技術者を標榜していて、大型蒸着機の操作を自らやっていた。イツのある会社は、蒸着機のトップに神社の御札とお神酒を飾っていることをなんのためか聞いてきた。技術がすべてクリアにできるわけではないから、時には神頼みをするというと、なんと理解を示して機械は女性名詞だからお酒をかけてあげるのも大変よいことだとまで言うのである。その会社はリーダー、作る責任者、評価の責任者が絶えずラボを訪問する姿勢だった。

これと対極だったのがアメリカのある会社で、リーダーが、ころころ変わる。筆者が現場で説明するのを聞く技術者から、後でポイントだけを聞くといった姿勢で、うろうろしているだけ。挙句の果てに、ヘルメットをかぶった技術者の筆者が会議室で技術説明を始めると、マネージャーから説明を聞きたいという。It’s me.といったらぽかんとした顔をした。筆者の対応がその後会社によって大きく変わったのは言うまでもない。


3)ドイツの会社はビッグカンパニーであったからか、筆者らの特許に異議申し立てをして権利化を欧州で阻止する行動に出た。技術移転の接点の部署と、特許部門は違っているというよくある話である。この場合は簡単に合意に達したが、立場が違うと暗礁に乗り上げて技術者のやる気が低下しかねないことも起こる。がちがちの管理には辟易とすることもあるものである。こういった問題は全体でもっとも大事にすべきモチベーションの共有化が解決を助けるといえよう。

 今年もノーベル賞ウイークは静かに過ぎていった。日本人受賞者が出るかでないかでマスコミの扱いの差は極端である。早く知るにはノーベル財団のホームページにアクセスするしかない。
科学技術啓蒙の絶好のチャンスであるのに、グローバルセンス未だしであるのはさびしいことである。



                              篠原 紘一(2007.10.12)

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