133. 3階建蒸着機 (2)

 3階建蒸着機の組み立てが工場で始まった。1階部分は、ニッケルの蒸着ができるよう構成され、2階部分はアルミニュームの蒸着、3階部分は高分子フィルムの巻き取り軸とフィルムの前処理空間が配置された。フィルムの幅は50cm,厚みは6ミクロンから20ミクロンで、長さは最長10000mに対応できるような設計で、いずれのフィルムも双方向に巻き取れるように設計された。フィルム上に複数の蒸着膜を重ねることができる蒸着機で、1階の真空排気は、地下室に当たる空間に大型の油拡散ポンプを配置するといった具合で、スケールも要求仕様も専門家たちにとっても初づくしであった。さらに設計を困難にしたのは蒸着磁気テープがやりたいのだということを、機密の面からお互いが十分理解し共有化されていないことと、たとえそこの部分がクリアできても、巻き取り蒸着業界としても初のトライアルが多く要素として含まれていたことから、まずは改造しやすさに配慮し、とにかくまずは形ができること、それを動かしてみて、それらが機能する、しないを順次一緒になって確認しながら進めるしかないとの認識で工場のある市内にアパートを借りて工場通いを始めた。

朝アパートを出て夜遅くなって帰ると、あたりが薄暗く、玄関までの間で蜘蛛の巣が顔にまとわり付くし、トイレは水洗式ではないくらいだから、風呂は銭湯へといった環境で、ここがあの湘南海岸の街なのかと一瞬驚いたが、蒸着機との格闘に入ったらそんなことはすぐにどうでも良くなった。


工場の片隅に組みあがった機械装置はマジンガーZ(1970年代前半のテレビ人気アニメに登場した地上最強の巨大超合金ロボットである)を連想させた。建築現場のように足場が組まれて、安全靴にヘルメットとび職のような(格好だけでなく、作業そのものがそうなっていった)日々が始まった。ともに新しい事業を悪戦苦闘しながら創って行った仲間が会社を超えてできていくスタートであった。設計、製造、検査、管理の連携の中に割って入って違和感を感ずることなく仕事をするのにさほど日数はかからなかった。このときから利害の対立する関係で仕事をする発注者と受注者の関係は実質消えて、給料は違うルートでもらうが、ひとつのチームとして機能する状況ができたといえ、そのことが、蒸着磁気テープの事業化にとって大事なことだったように思うのである(死の谷を乗り越える、ダーウインの海を泳ぎきった事例に共通的な力といえることは間違いのないことである)。

欲張って、多くの機能を盛り込んだことから、これまでの巻き取り蒸着機と似て似つかぬ異形の構造に組みあがった。溶接箇所やロウ付け箇所が多く複雑なパスの真空漏れは特定するのが難しく、暗礁に乗り上げ関係者で議論になった。折角組み上げたのを部分的にとは言え解体して、単体でリークテストをやり直すという提案はすぐには受け入れられなかったが急がば回れで結局解体して真空漏れ箇所を特定修理するなど、初めて経験するトラブルが重なって真空系統がOKになるまでに予定の倍近い時間がかかった。

次は、高分子フィルムの巻き取りテストで、これまでメーカーが手がけてきた範囲を明らかに超えた課題がいくつか発生した。電子ビームの蒸発源容器(水冷銅ではお湯を沸かすだけで金属を蒸発させるエネルギーの授受関係が成立しないが、かと言え絶縁体で実用に耐えうる材料構成がありうるかもわかっていなかった)の輻射熱源としての見積もりからフィルムの冷却がまず議論になり、筆者の主張する直径1メートルのクーリングドラムに、フィルムを300度近く巻きつけることにメーカーの技術責任者は首を縦に振らなかった。

クーリングドラムの直径は50cmまで、しかも前後のローラーや、幅方向に聴力が作用するゴム製のエキスパンダーを工夫してクーリングドラムへのフィルムの押し付けがない限りフィルムは熱影響を大きく受け、しわになったり溶けたりするという。筆者側の提案はこの点に関しては課題であっても高速での斜め蒸着を実現する上での必須条件との判断からきていることから譲れない(ここでメーカーの経験を尊重し手堅く行ったのでは挑戦にならないと悩んだ末の、且つ不安要素を抱えたままの判断であった)。結局、クーリングドラムは1メートルとしてローラー系をメーカー方式のパスも実験できるよう設計した。

まずは蒸着の前段階として、蒸着なしで、フィルムの厚み、表面性状などを変え、正常に巻き取れるようローラー系を調整し、世界初のスケールでの電子ビーム巻取り蒸着の瞬間をわくわく、どきどきしながら迎えた。何がおきるかわからないことから、蒸着機の中をブラックボックスにしないように、いたるところにのぞき窓をつけみんなで凝視し、シャッターを開けた。<(3)へ続く>



                              篠原 紘一(2007.9.28)

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