130. メタルカラーの時代

 メタルカラーMetal-Collar)は、金属の襟の意であり、現場職を意味するブルーカラーでなく、かつ事務職を意味するホワイトカラーでもない創造的工業技術者を総称して呼ぶ名称として用いられるものである。ノンフィクション作家の山根一眞さんが命名し、週刊ポストにおける連載シリーズ「メタルカラーの時代」のタイトルの由来にもなっている。メタルカラーに該当する職種は、技術職・職人(鉄鋼や自動車、半導体製造業など、特に熟練を要する作業職)が中心であり、山根の上記著書に取り上げられる対象は主に世界水準の技術を誇る産業に属する場合が多い。NHKが放送していた『プロジェクトX』にて取り上げられる対象とも共通性を有する。プロジェクトXは終わって、コンセプトの一部が引き継がれた形で「プロフェッショナル・・仕事の流儀」となって放映されているが、「メタルルカラーの時代」は山根一眞さんが1000人のメタルカラーを紹介することをライフワークにして今も続いている。筆者もメタルカラーの一人として1996年の3月に4週連続で取り上げていただいた経験がある。

1996年の1月に大阪難波の高層ホテルのスイートルームで山根一眞氏のインタビューを受けた。事前に聞いていたことは、取材は1時間半くらいで終わり、原稿案が送られてきたら、1週間くらいで校正案を返してあげればよく、その作業は一回か2回ですむということであった。

挨拶をして、高層ビルであったことから、自然に話題は一年前の阪神・淡路の大震災になった。ひとしきりお互いの震災の体験を話した後、テーブルの上に置かれたテープレコーダーをONにしてインタビューが始まった。取材は2時間あまりで終わった。そのあとの進め方と、大まかなスケジュールの話が済み、よければ、オフレコでの話をさせてもらいながら昼食でもと誘われた。あいにく磁気テープの津山工場で事業部門との会議が設定されていて(テープの事業が1995年9月にスタートしていた)その申し出は断らざるを得なかった。 自分自身で経験していない世界を経験している人の話を直接聞く機会はそう多くはないので、本当に残念であった。

インタビューは、山根さんと筆者の対話が台本もなしに展開した。記事にしてもらっては困るということを話す場合は録音機を止めるということで、質問によっては何度か山根さんから、録音とめましょうかと確認があったけれど原稿の草案のところまではありのままで行ってみましょうということで進めていった。組織の中にいると、本音は伏せてということが必要なこともあると考えている人がほとんどであろう。本音だけで、いくらつっぱてみても抵抗勢力が周囲に増える一方であるという考えも非難はできないのかもしれない。幸いに筆者が勤めた会社は大きい会社であったから、大きな力に対していつも「おっしゃるとおりです」と対応しなくても、多少つらい環境におかれることはあっても(予算が減ったり、部下が減ったりということがやはりないとはいえなかった)首が飛ぶことはなかった。だからここは肝心な場面だと思うときは巨大と思える力に対しても本音をぶつけてきたといったことがあって、山根さんからすると危なそうに映ったことも活字になった(山根さんも、そこを心配されていたが、何人かの役員から機会を捉えて社内の技術陣にもこの話は広めてほしいといわれたくらいで、まずいことを言ってしまったねという反応はまったくなかった)。

ある関係者の後日談によれば、だいたいが「メタルカラーの時代」は一回完結で、前編、後編になることのほうが少ないけれど、今回はノーカット版であれば、ひょっとすると3回になるかもというのが編集会議の認識であったという。それが結果的にはじめて4週にわたったということらしい(週間ポストへの掲載が上、中、3回目、最終回となっていることからも、想定外であったといえそうだ)。

今読み返してみて思うのは、対談記事の出来栄えはまず、聞き手の能力でほとんど決まるということである。それのひとつは、多くの人にわかりそうなたとえで言い直してくれることで話し手が乗っていきやすいという状況に持っていけるかどうかと、逆に技術屋をくすぐるような特殊なたとえを持ち出してそれとの類似性にも言及できるといったことがポイントで、そのあたりが山根さんの長けているところではと思っている。

基礎研究の成果普及の重要性から、サイエンスライターの活躍の場が少しずつではあるが広がっている。専門の用語をできる限り少なくして研究成果の本質部分を多くの人に伝え理解してもらうには、科学的な正確さに固執しすぎない対話を展開していく工夫が効果を発揮しそうに思えるが、いかがであろうか。


                              篠原 紘一(2007.8.17)

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