13. 直感が働かない?


 我々は、日常的にナノメートルの寸法以下で起こっている、電子、原子、分子の小集団の示す特徴的な性質や現象にはなじみがほとんど無い。ミクロな現象がマクロにおいても観察されるのは超伝導だといわれるがこれとて多くの人には非日常であろう。ところがナノテクノロジーを、目的を持って使っていこうとして研究を進めるには量子力学の世界に勘が働くといいが、さて、どうであろうか。量子力学の世界では、観測問題というわかりにくい話がある。これは「シュレディンガーの猫」というパラドックスである。

箱の中は量子の世界で、なぜか猫と、放射能で働くスイッチと、そのスイッチが働くと栓が開くようになっている毒ガス入りのボンベが入っているのだそうである。猫には気の毒であるが、確率的な現象である放射能の発射は予測できないことから、いつ命が絶えるかはわからないということになる。確率というと良く出てくるさいころの目が予測できないのと同じだというのである。箱の中で起きていることは、箱の外ではわからない。箱を開けた瞬間に、われわれは猫の死骸を見るか、ぴんぴんした姿を見るかどちらかである。しかし、箱を開けるという、観察行為をするとどちらかの状態が決まる(われわれが理解できる)という。わかりにくいのはここから先の話である。

箱が開けられるまでは、中での猫の生死はわからない。この状況は、猫が生きている状態と、死んでいる状態の二つの状態が重なっていると考えるのだそうである。

確率の大きさは、状態を表す波(波動関数というのが正式)に関係していて、観察した瞬間に決まったほうの状態は、オシロスコープの画面で波の形で見えていて、もう一方の状態は波が消えて直線になっている(これを波が縮退しているという)と考えろというのである。このあたりの話はあの、なぜか日本人に親しまれている大科学者のアルバート・アインシュタインでさえ、

「まさか、神がサイコロを、おふりになるとは思えない」といったとかいう逸話が残っているそうであるから、我々がすっきりしなくても止むを得ない。

日常的に接しているもののこれもわかりにくい確率現象を扱う天気予報(天気予測でないことに意味がありそうであるがそれは別にして)での降水確率なるものであろう。0%と100%は理解できるが中間の数字の意味合いがよくわからない。雨が降るか降らないかの2つの状態しかないのであるから、確率は50%で降水確率10%とか、20%とかはいったい何かとか、雨の降る状態と、降らない状態が重なっていて、とかは考えるものではないようであるが、この方がシュレディンガーの猫よりかえってわかりにくいかもしれない。

いずれにしても、量子暗号、量子通信、量子コンピューターなど、量子の冠が付かなくても、これからのナノテクノロジーはこの直感が働きにくい確率現象を相手に組み立てていくことになる。そのときに勘の働く世界のアナロジーに(物理的に正確でなくても)焼きなおして考えてみるとか、波の縮退を引き起こす、直接観測をする新しい計測、評価技術を創製していくことが直感を補ってくれるのだと思っている。


                                                篠原 紘一(2002.9.20)


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