124. レーダーチャート

 全体像を見えるようにする工夫はさまざまな分野で行われていて、そのひとつにレーダーチャートを使った分析、解析がある。レーダーチャートは、一般的にデータを表示するグラフの縦軸に当たる評価の軸を中心から放射状に配置して目指す目標に対しての課題や、特性のバランスなどを一目瞭然に知ることができる表示法で、蜘蛛の巣に図形を貼ったイメージを浮かべればよい。

基礎研究の評価から商品の評価にいたるまで活用可能な大変便利な、最近のはやり言葉(?)で言えばいわゆる「見える化」手法なのであるが、筆者がレーダーチャートを使って開発現場でのさまざまな議論に有用であることを実感したのは、蒸着テープの開発の途中からである。

製造会社では品質規格が決められていて、多数の項目にわたって計測評価がなされて、項目ごとに合格、不合格が一覧表になって開発現場に提示されるのが一般的である。全項目が合格でなければ商品が世の中に出ないわけではないが、重要な品質項目について当然合格でなければならない。開発が終盤に入って品質認定を受ける段階に近くなってきたときに、残った課題の解決をどう図るかは、時間との競争になり専門家の技術集団で開発を進めているはずであっても、良かれと思って打った手で性能品質に思わぬハンチングを生み、なかなかゴールに収斂しないといったことが起こったりする。こんな状況を短期に抜け出そうというときに、一覧表の一部をレーダーチャート表示して、開発の経過として眺めてやると案外関係者のイメージ共有化が進み、課題解決の有効なアイデアが出やすくなるものである(一覧表をベースにして思考する回路と、レーダーチャートを基に考察する回路とでは、おそらく脳科学から見てもレーダーチャートを使った思考の方がバランスの良い解決策提案に有利な手法だと理解できるのではなかろうか)。

特にデバイスの研究開発の方向性評価の道具としての有効性はさまざまの開発事例で立証済みであろう。蒸着テープのケースでは、素人集団が始めた開発であったことと、規模の大きな開発は初めてであり、従来技術であった塗布型磁気テープの技術蓄積がそのままでは、なかなか直接的に役に立つとは限らなかったことから、一覧表を用いた時期(技術蓄積が少ない時期)とレーダーチャートに移行して(技術の蓄積が多くなって素人から脱しつつあった時期)開発評価を進めるようになってからを単純に比較はできないが、レーダーチャートの活用はデバイス開発にとって有用であり、特に経営幹部や関係者に進捗を伝えるうえで、開発現場が見えるような感覚にさせる点でその効用は多いものである。

放射状の軸は、それぞれ定量的には異なっていても、実用の観点から目標を結べば同一円状になるようにすれば、その目標円を持ったレーダーチャートは開発がどの段階にあるかをイメージできるようになる。この効用を知って、蒸着テープの開発を過去にさかのぼってレーダーチャートにして時系列に並べてみた。パラメータをひとつ触るだけで、多くの特性が動くケースや、ほとんど動かないケースがあることや、出力特性が初期から円の外に大きなピークとして目立っていても、信頼性などの項目は目標円からあちこちでへこんでいた。出力の突出パルスを少しずつ、欠点の解消にまわす開発が長い間続いた。

レーダーチャートが目標円の近くなると新たに生産にまつわる評価軸(コスト、や生産能力、製造歩留まりなど)が加わる。そうすると新しいレーダーチャートはまたあまり美しくないものになる。事業を新たにスタートさせるかどうかの判断の際にもレーダーチャートは生きる手法である。デバイスを意識した基礎研究を支援する上で蒸着テープの開発、事業化の経験は随所で役に立っている。それは理想的なブレークスルーと現場で獲得できる現実的なブレークスルーは異なっているということの認識に立つということであろうと思っている。際立った発見から、基礎的な発明が権利化され、競合技術を凌駕して産業利用されることを多くの基礎研究に求めるということは、シンプルなレーダーチャートで評価すればよい基礎研究をたくさんの評価軸(ほとんど評価できないのにもかかわらず無理やり評価して)を持ったレーダーチャートで評価するようなことになって、不要なプレッシャーを研究者に与え、ひどい場合には研究の自由まで侵しかねない。レーダーチャートを基礎的な研究段階で生かすコツは、放射状の軸として最小限の軸を選び、それぞれの軸で競合技術に打ち勝つ目標値を正しく設定し、ここが売りの部分だといった特性の部分はポテンシャルとして突起状に描き出されるかどうかを振り返ってみることかもしれない。


                              篠原 紘一(2007.5.25)

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