118. 科学技術の負の側面

 IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change )から最近出された地球温暖化が進行しているとの明確な報告や、アル・ゴア元米国副大統領が作製した映画「an Inconvenient Truth」(今年のアカデミー賞のドキュメンタリー部門で受賞)の話題、身近に感ずる暖冬などから、市民としてできることはやっていかないといけないと思うこのごろである。

人口の多い中国やインドの成長は地球環境問題から好ましくないといった論理は通らないし、産業界は巨大市場として注目してビジネス機会は拡大の一方である。資源面からも、地球が有するトータルバランス維持能力も、人工的都市の拡大や、暮らしの道具立てが与える負の影響を吸収し得なくなってきていて、今のままの延長で暮らしを成り立たせるには地球がもう3個必要になるといったような予測もあるくらい危機的な状況にあるとの認識をまずはしっかり持ちたいものである。

過去、大事故や、大きな揺らぎや悲観的なデータが提示されるたびに、「科学技術は人類に幸福をもたらしたか?」の疑問が繰り返し提示されてきた。科学技術の進歩に対しての見方が必ずしも好意的とは限らないのは、いいことは忘れ、悪いことはなかなか印象が減衰しないといった心理的な反応の差からもきているのであろう。

科学者は自らの研究成果をわかりやすく公開するだけでなく、IPCCにおいてそうしているように、科学的なアセスメントに積極的にかかわっていってほしいものである。

地球規模の深刻な課題のひとつにエネルギー問題があり、温暖化に関与する二酸化炭素を排出しないクリーンエネルギーとしての原子力発電について、日本は特に不幸な原子爆弾の被爆体験をしていることから、総発電量に占める原子力発電の割合の増え方は緩やかである。

原子力発電の事故では誰もがチェルノブイリの大惨事をあげるであろう。この事故はメンテナンスを完全に原子炉を停止せずに行っていた際に低パワーの運転状態から起こった暴走であったと報告されている。やってはいけない行為をなぜやってしまったかについて、旧体制下のソ連の社会情勢が大きくかかわっていたとの指摘があることをつい最近目にした。だとすると、科学技術が生んだ悲劇と断じるにはもっと慎重になる必要があるということであろう。誤解に基づいた科学技術の負の側面への非難は避けたいものである。

科学技術はそれ自体が自己修復作用を持つものではなく、科学技術をよい方向に進化させようとする人間が注意深く科学技術を利用することしか人類に正の貢献をもたらす方向はないのであろう。

東京大学の小宮山総長が折に触れ主張されている、課題先進国日本が先頭に立つ気概をもって困難な課題解決に道を拓いていくことが本当に求められているのだと思う。

ナノテクノロジーはそこにおいて、「持続的発展可能な社会」創出の鍵を握る基盤技術となっていくことが大いに期待されているテクノロジーなのである。特に基礎科学が社会とのかかわりを念頭において進めるということは、こういうことであって、中途半端に産業化を急ぐことではないはずである。

 


                              篠原 紘一(2007.3.2)

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