109. 水の不思議

 カーボンナノチューブ(CNT)はポストシリコンの電子デバイス材料や、電子放出材料など特異なナノテク材料として研究開発が盛んである。CNTは六角網目状のグラフェンシートをどのように巻くかで物性が変わる(半導体になったり、金属になったりするのである)という大変ユニークな材料でもある。炭素材料は生体親和性の良い材料であり、活性炭、グラファイト、炭素繊維、ダイヤモンド、カーボンブラックなどに、ナノ材料の代表的な材料として、フラーレンとCNTが加わって炭素ワールドはさらに大きく拡大の基調にある。材料として魅力的な物性の開拓が進む一方ナノ材料はそのサイズがあまりに微細であるため人体への影響について慎重な調査も続けられている。まだまだ結論が出たとはいえないものの、CNTはアスベストとの形状類似性から人体への悪影響が特に懸念されたが、今までの調査研究ではネガテイブなデータは報告されていない。こういったナノ材料のリスクの研究と同時に産業利用の立場でのものづくりの基礎技術につながる研究にも広がりがみえはじめている。それはCNTやフラーレンが材料として魅力的で、さまざまな用途に展開したいとの思いがある一方、大量に利用するには高価であり、その付加価値に見合うだけの決定的な応用につなげていくには、まだまだ、いくつものブレークスルーと技術蓄積が必要である。

 フラーレンをCNTの内部に取り込んで電子を使って像を見るとさやえんどうのように見える複合物質や、サッカーボールに似たフラーレンのかごの中に金属原子を入れたり、CNTの内部に有機物を入れたりすることで、ピュアな材料からより興味深い機能を持たせるなどの研究報告は次々となされてきている。またナノ材料は、またナノ空間としても興味深い振る舞いをするようである。話題はつきないが、ナノテクと水の関係のトピックスをいくつか取り上げてみたい。

 単層のCNTの内部にふくまれた水は、高圧下では氷のナノチューブになりうるとの計算からの予測があり(2001年)それを実証したアイスナノチューブは大気圧、室温での氷といった興味深い物質である[この研究成果は「ナノクラスターの配列・配向制御による新しいデバイスと量子状態の創出」(研究代表者:岩佐 義宏 東北大学教授)において現首都大学東京、真庭 豊助教授のグループが産業技術総合研究所との共同研究で挙げた成果で、科学雑誌のニュートンの2005年5月号から4回に渡って取り上げられた]。

 水が至近距離にある炭素の壁の影響を受けて、CNTを鋳型としてナノチューブとして成長するといったことを想像するとナノ空間の神秘を感じさせる発見といえる。

 この発見に先立って、理論的な予測が提示されていた。この発見の後、アルコールからCNTを作る研究を精力的に展開されている東京大学の、丸山グループが、室温の氷ができる上で、五角形の構造が重要な役割を果たしていることをコンピューターシミュレーションで明らかにした。科学のスパイラル進歩の事例がまたひとつ追加されたように思えて興味深い。

 水はCNTの成長にも鼻薬として合成速度、製造されたチューブ品質に飛躍をもたらした(産総研広報誌;産総研TODAY,Vol.6-10参照[水はデバイス加工などにおいて用いられる真空プロセスでは忌み嫌われてきたがこのプロセスはそれを逆手に取った見事な着想といえよう]。

ここ10年ほどでどこでもPETボトルを持った人を見かけるようになったが、PETボトルの再生でも高温の水(300℃を超えた温度)による分解で原料のエチレングリコールの回収率を90%以上とする研究成果も報告されている(産総研広報誌;産総研TODAY,Vol.6-9参照)。

水はもちろんこれらの工業的な分野だけではなく、人が生きていくうえでなくてはならない物質であり、水の惑星である地球の生態系を支え続けている。

水が何であるかを十二分に知らなくても、われわれはその恩恵にあずかっている。地球の歴史の中で、自然が作ってきた元素が(人工的に作ったものは別にして)どんな意味を持っているのかも十分理解されてはいない。基礎科学が明かすべき対象としての優先順位は高くはないかもしれないが、興味は尽きない。


                              篠原 紘一(2006.10.20)
(2007.2.19 改)


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