101. 寡占化

ビジネスの世界で、最近はナンバーワンよりもオンリーワンであるといわれるが、大きなマーケットの場合は、実質上の寡占化がオンリーワンに近く、どうやってこの状況を手にするかは誰しも熱望するが実現となると簡単なことではない。市場の大きさが増大すると同時に、その広がりがグローバルになる傾向が根底にあるからいわゆる成功の法則が通用する例は決して多いとはいえない気がする。過去の成功事例を集め事例研究として行えば、鍵になる要素は抽出できても、すべてを科学的に扱い次に活かせるような普遍的なガイドラインは得がたいといわざるを得ない。寡占化のヒントを与える法則の中で、比較的科学的な考察から生まれてきた複雑系の経済学が示す「収穫逓増の法則」や、経験を単純化して、直感的に受け入れやすい「ランチェスターの法則」などが思い浮かぶ。「収穫逓減の法則」はラジオやテレビの市場で起こったように、市場規模が大きくなると一台あたりの利益が下がっていく傾向が強まり、生産性の向上努力だけでは市場の要望にこたえきれず新たな工場投資や新規参入が必要となる例で、このような条件下では寡占化は起こりにくい。それに比べて、半導体や、コンピュータOSで起こっている寡占に向かう傾向は規模が大きくなるほど値段が下がるのは似ているが市場リーダーが存在し、市場がさらに大きくなっていくといったフィードバックをうまく制することで寡占化バランスが達成されていく。これが「収穫逓増の法則」である。ところがインターネットのような市場は「収穫逓増」でもすっきりと理解されにくい市場成長が起こっているようであり、寡占化事業は確かに単純なメカニズムではないようである。

 一方、「ランチェスターの法則」はイギリス人のランチェスターが第一次世界大戦の戦果を研究して提案した法則で、大きく二つの法則に整理されている。現実とはずれていたと思われるが、すべての武器が同じ性能からなるとの仮定をおいて法則化したものである。一つ目は「一騎打ちの法則」とも言われる法則で「兵力の多いほうが勝つ」というきわめてわかりやすい法則であるが、残念ながらここから寡占化のヒントは得られない。日本の高度成長時代のようなマーケットであれば、寡占化でなくても、作れば売れ、ナンバーワンからナンバー5くらいまでが利益を上げることができた。(イメージは収穫逓減に近いが、利幅は寡占化とは比べられなくても、かろうじて利益確保はできていた。)二つ目は「確率戦闘の法則」といわれるもので、最近言われる「選択と集中」が近いイメージになるように思える。要するに戦況を優位にするところに戦力を集中してなだれ現象を狙うイメージであり、定量的に、戦果は戦力の2乗の差になるというもので、こちらの法則は、どちらかといえば「収穫逓増の法則」に近いイメージである。以上の話では具体的なイメージが理解しにくいと思われるので、事例を紹介する。

 筆者が事業化において経験した、寡占化事業創出は、上記のいずれの法則も

要素を簡略化したモデルから導き出された法則であるためと思われるがすっきり当てはまらないものであった。事例研究として綿密に検討を加えたわけではないが、結論から言えば、筆者が経験した事例は、徹底した技術先行がもっとも大きな寡占化のエンジンであったということである。そして当然のことであるが、先行する上で、価格設定を含めた事業判断、製造努力などの相乗効果の有効なつみあげを含めた総合力の強さがあってのことは論を待たない。技術で先行することの両輪は、ノウハウと特許である。特に事業が新規の場合はノウハウと、特許に弱点を抱えていると、製造現場が不安を抱えながら走ることになり、このマイナス面は馬鹿にならない。自信に満ちた状況下で日本の製造現場が発揮する力は破壊力があるからである。ここで対象の商品は、デジタルビデオカメラ用の磁気テープであり、さまざまな条件で使われ、保存されることから、ビデオカメラと磁気テープの関係はきわめて重要である。もちろんそれぞれに抑えるべき技術要素は規格として決められているが、使用品質はそれだけ守れば保証されるというほど簡単なことではない。お互いに新製品を市場に提供していく過程でも市場での競争優位はいろいろな要素で変化していくものである。このようなことがある中でなぜ先行に価値があるかといえば、事業を優位に進める上で、ビデオカメラ側が次に何を考えているか、競争相手でもある磁気テープメーカーがどういった状況にあるか、先行しなかったら得ることのできない貴重な情報が得られることを先行して初めて経験することができた。情報面でも収穫逓増の法則があるといえることを実感した。

類似のことは研究の世界でも起こっている。ナノテクノロジーも分野開拓が強く求められているが、強いインパクトを持った研究成果によって裾野が広がる研究パワーの集結が起こったときに分野開拓の道が開けるのではなかろうか。研究においても、ビジネスの世界と同様に、自前主義はもう過去の戦い方である。シャープにフォーカスして生まれる研究成果が強力なコラボレーションを生むのである。ダントツの先行が、研究の世界でも、ビジネスの世界でも戦果を寡占化するエンジンなのである。

 


                              篠原 紘一(2006.6.23)

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