分子技術とは目的に沿って分子を設計・合成する技術である。ここでは、CREST「新機能創出を目指した分子技術の創出」研究領域の誇る領域アドバイザーにお願いして、どのような革新的な分子技術が考え得るかをお考えいただき、以下のリストを作った。いずれの項目も数十年後を見据えた架空の分子技術であり、成功すれば一挙に視野が広がるものばかりである。このささやかなリストは、 あくまで思考のたたき台である。また、このリストがCREST等への申請への保証になるものでもない。また、時間がたてば、このリストは広がり、あるいは削除されると思われる。このリストが我が国の若い世代の、分子技術プロジェクトへの思い切った挑戦への一助になれば幸いである。とくに、現時点で十分な化学的基礎のない新分野に果敢に挑戦することから、大きな果実が生まれることや、最も難しい標的こそ重要であることを強調したい。(2014年3月更新)
革新的分子技術の例 —分子技術とその分野—
注:(P)は、未だ十分に分子技術の基礎が確立されていない新分野。
【分子技術、触媒】
〈重合〉
- モノマー・オリゴマーを自在にかつ可逆的に高分子量化する技術
- ビニルハライドやジビニルハライドの立体選択的ラジカル重合触媒開発
- ポリオレフィン分岐構造の精密制御反応: PPをベースとするブロックコポリマーの製造: エンプラ/ポリオレフィンブロックコポリマーの製造
- ポリマーからモノマーへの完全分解触媒反応(P)
- シーケンスや分子量が厳密に制御された共役系共重合体の構築技術(触媒、C-H活性化)
〈酸化〉
- 官能基なしのCH自在活性化:CH活性化によるハロゲン原子の自在の位置選択的導入反応開発:単純アルキル基の位置特異的酸化反応(例えば、エタノールから1工程でエチレングリコールを合成、プロピレンから1工程で1,3-プロパンジオールを合成する):アルカンの触媒的官能基化反応:水酸化酵素P450の高活性化: ブタンからブタジエンの製造: シェールガスからオレフィン類の製造: エタン、プロパン等アルカンからポリオレフィンの製造(P)
- タンパク中の任意の位置(アミノ基、カルボキシル基)に様々な置換基を導入する。
- ベンゼンから直接フェノール製造(微生物、固体触媒)
〈C-C 合成〉
- 二酸化炭素からハロゲン化ビニルへの合成系の開発 (P)
- ハロゲン化物や、ホウ素化合物を用いない炭素ー炭素カップリング反応、メタンから芳香族化合物、オレフィン類の製造
- アルコールを触媒的に活性化(ハロゲン化、スルホナート化を経ない)し、アルキル化やシリル化する。
〈還元〉
- 重金属を用いないNOXやCOXの還元法(P)
- 炭化水素を用いない水素製造法
- 新規なアンモニア合成法:常温・定圧での触媒的窒素固定化反応(P)
- 炭酸ガス固定化による発酵生産性向上
- 水素と炭酸ガスからメタノール合成触媒
〈分解〉
- NOの直接分解(還元剤を使わない):様々な気体が共存する中で特定の気体(NOやSO)のみを選択的に捕捉し還元や酸化する原理の探求
- セルロースから直接エタノール製造
〈触媒〉
- セルフアセンブリーが能動的に働いて成り立つ触媒反応の創出
- 汎用ラセミ化法(P)
- 任意の原子クラスターを合成するための複核錯体分子
【マテリアル】
〈デバイス〉
- Siに匹敵する性能を有するPrintable 有機材料からデバイスまで、シリコン化学を脱した新しい元素化学のデバイス(P)
- 低分子でπ共役軸方向の電導を活かした電子デバイス
- 単分子・単分子鎖トランジスタとロジック回路の構築技術
- 劣化した機能分子を刺激による固相・液相の相転移等によって置換できる自己修復型機能デバイス創生の分子技術
〈膜〉
- 有機単結晶薄膜の溶液からの成膜技術(P)
- 人工的に制御された分子配列を持つ自己組織化膜
- 分子デバイスのオーミック接触の革新
- 欠陥を極小化(欠陥フリーならベスト)する薄膜界面制御技術
- 圧倒的に薄く均一な導電、半導電、絶縁層を容易に形成する技術
- 高分子有機ELや高分子有機薄膜太陽電池等の半導体物理では理解できない現象の物性理論体系の構築に基づく分子技術
〈光〉
- 光合成の原理を模倣した高効率(>50%)な太陽電池:大幅に変換効率を向上させた人工光合成
- 超効率な有機太陽電池を目指した、一重項・三重項変換(分裂、融合)が高効率で可能な材料の設計技術:超高効率光電変換システムの分子論的解析と人工光合成系の設計
- 大腸菌、枯草菌による光合成
〈ナノより上の階層分子制御〉
- 分子からナノではなく、それよりも上の階層構造(実用領域)までの自在制御
- 高効率熱電変換材料 ZT>4 の開発
- 室温で電気抵抗ゼロの超伝導物質の設計 Tc>400K
〈自己修復〉
- 熱・紫外線等で切断されても自己修復する分子;自己修復機能をもつやわらかい物質のデザイン
〈高分子、樹脂材料〉
- リングポリマーなどトポロジー的拘束のある超高分子の物性論の体系化に基づく分子技術による新たな機能発現
- 電荷注入機能、電荷輸送機能、発光機能の有機EL機能を一つに融合した高分子の創生分子技術(例えば、クロスカップリングによるデンドリマー型高分子創生や有機触媒による手法等)
- 非晶(ポリマー、溶液中)の分子構造解析、特に溶媒に溶けない高分子の構造解析など
- 低濃度水溶液から目的イオンを選択吸着、脱離できる分子技術(海洋資源濃縮)
- 様々な気体が共存する中で特定の気体(NOやSO)のみを選択的に捕捉し還元や酸化する原理の探求
【医薬】
- 老化メカニズムの更なる解明とアンチエイジング・再生技術
- 人工アミノ酸(例えば含フッ素アミノ酸)を含むペプチドやタンパクの合成(人工アミノ酸に対応するmRNA,tRNAを用いる)
- 組織(細胞)再生誘導化薬(例えば腎不全状態まで行った腎臓が再生し、腎機能を取り戻す)、医療材との融合でも可
- 低分子触媒医薬(P)
- 医薬品包摂、移動、細胞膜通過、放出を可能とするバクテリオファージのような分子ロボット設計(P)
- 診断、計測への画期的化学、巨視的なケミカルバイオロジー
【計算科学】
- 計算科学は様々な分野に対して幅広い寄与をすることが期待される。
- 望む変換反応(多段階も含む)を手書き入力すれば、おすすめ反応剤、反応条件を文献つきで10件だすソフト(P)
- 分子パッキング状態の計算による予想
- 理論の裏打ちのある機能から最適分子構造を予測
【その他】
- 多重の刺激(情報)を検出・判断し、その重要度から行うべきタクスの優先順位をきめ、機能する人口知能的刺激応答機能材料: 触感を再現する(温度、湿度、圧力等を同時にセンシング可能な)デバイス分子技術(医療用ロボット、パートナーロボットにおける人体との接触インターフェイス)
- 用途→機能→構造→反応というターゲットドリブン型の分子技術において、出口サイドからできるだけ川上に踏み込んだニーズの開示できる人材・仕組み(製薬、化学では既に進んでいるが、機械、電機、制御通信、システムの領域では不足):機能物質、材料の逆問題的設計・開発手法の開発
- 上記の手段としての高速材料スクリーニング手法や機能予測データベースや計算解析手法の開発
- 50年で半減するリン元素の枯渇問題解決に資する化学イノベーション(農業化学)
- 均一系(有機合成など)と不均一系(排ガス、FC触媒、電池など)の相互理解と補完関係の構築
【2014年3月追加】
- DNAやタンパクの高次構造、たとえばDNAの3次構造、タンパクのβシートなどを工業材料として使える分子骨格に置き換えて構築
- 毎年、1兆個のセンサーが使われていく世の中を想定したプロジェクトで、以下の課題等への挑戦
① 各種センサー
薄く、軽く、小型、高感度、超低消費電力で、大量に製造可能な各種センサー、特にバイオ系のセンサー。
② Energy Harvesting素子/材料
大量のセンサーネットワークに必須の、Energy Harvesting 。EHは、センサーの役目と重なったら、なお好都合。世の中に充満している微少エネルギーを回収する素材、素子を、分子技術により、同じように、薄く、軽く、小型、高効率で、大量に製造可能な技術の創成。
③ 二次電池
EHデバイスに向けての二次電池が必要です。1)最低でも10年以上の寿命、2)10〜20万回以上のサイクルで、薄く、軽く、小型、高容量で、大量に製造可能な二次電池の開発。