CRDSシンポジウム

11/7CRDSシンポジウム 「科学技術イノベーションにおける統合化」講演録

パネルディスカッション  (※敬称略)
   パネリスト
     冨山和彦 (株)経営共創基盤 代表取締役CEO
     小寺秀俊 京都大学大学院工学研究科教授
     天野 肇 特定非営利活動法人ITS Japan専務理事
     馬場章夫 大阪大学理事・副学長
   コメンテーター
     住川 雅晴 産業競争力懇談会実行委員会委員長
   モデレーター
     吉川誠一 CRDS上席フェロー
吉川

ご紹介いただきました吉川です。このパネルディスカッションは、「科学技術イノベーションにおける統合化の推進方策」と題しまして、午後4時50分まで、1時間40分いただいております。このパネルディスカッションの進め方ですが、事前に提起させていただきました二つの論点について私が説明した後、パネリストの4名の方に、3分ないし5分でご意見をいただいた上で、コメンテーターのCOCNの住川実行委員長にプレゼンテーションしていただき、皆さんのご意見を聞いた感想、コメント、あるいはご自身がお考えになっているご意見について、5分程度お話いただきたいと思います。

最初に、私が提起した二つの論点についてご説明いたします [論点スライド]。1番目は、この第2部のテーマそのものである、「統合化の推進方策」です。この中では三つの質問を上げております。一つ目は、「統合化で何を実現するのか」ということで、目的、ビジョン、夢として、これまでのプレゼンテーションでも、かなり多様な内容が示されているのではないかなと思います。一つには産業競争力の強化、あるいはより良い社会を作るため、あるいは地域の活性化、等々、色々なご意見が出ていると思います。あるいは、科学技術の進化というのも、目標の一つではないかと考えられますが、そのあたりについて忌憚のないご意見を聞かせていただきたいと思います。二つ目に、「統合化を実現するために残された課題は何か」ということで、これを解決しないと、せっかくの目標というのは達成できないのではないかと思います。「どういう課題を大事なものとして認識されていますか」というのが二つ二つ目の質問です。それから三つ目は、「誰が何をすべきか」です。冒頭、吉川センター長からは、「行動が知恵を生む」という言葉もありましたけれども、「誰が何をするのか」が一番重要なポイントではないかと思いまして、三つ目の質問として出しております。

2番目の論点としては、「統合化推進のための人材発掘、養成をどうやったらいいのか」。やらなければいけないことはわかったけれども、誰がどうやってやるのか、そういう人材はいるのかどうか。天野さんの話でも、やはり個人一人ひとりが自分で動くことの大事さについて指摘がありましたが、そういう人材がどこにいるのか、いないのであればどうやって育成できるのか。それをブレイクダウンしまして、一つ目として、「統合化推進人材に求められる要件は何か」。実際には、統合化を実現するための能力を持たなければいけないと思います。ただ能力だけではなくて、それを実現するに至る、それまでの経験とか実績はどうなのか。あるいはそれ以上に、本人の意欲や行動する力が大事なのかもしれない。「統合化推進人材に求められる要件は何か」が一つ目の質問です。二つ目の質問は、そのような人材をどのように見つけてくるのか、あるいはどのように育成するのか。小寺先生、馬場先生のお話の中に、いくつかヒントになることがありましたけれども、それらを踏まえて議論していきたいと思います。

それ以降は、パネリストの皆さんからコメントをいただいた後、フリーディスカッションを進め、時間が取れれば、会場の皆さんからの質問、あるいはご意見を聞くチャンスを持てればと思います。その後、このシンポジウムは、結論を出すことが目的ではありませんので、皆さんから出てきたご意見を、まとめという形で整理する時間をいただいて、次の発展に繋げていきたいと考えています。よろしければ、コメンテーターの皆さんから、ご意見をいただければと思います。最初に冨山さんから、よろしいでしょうか。

冨山

まず「何を実現するか」について、私のようなビジネスサイドの人間からすると、日本の社会であれ、企業であれ、直面している極めてシビアな課題があるわけです。日本は課題先進国と言われていますが、エネルギーの問題であれ、少子高齢化の問題であれ、人類に先駆けて色々な問題に直面しています。私は今、地方創生に深く関わっているんですが、単に衰退した地方をどうするのか、という問題として捉えてはだめですね。地方と大都市の問題は、例えばアメリカ社会に置き換えると、実は格差の問題なんですね。今日的な資本主義、産業社会のシステムにおいては、知的、人的、物的資本のいずれであれ、資本集約が起きやすい構造が生まれているわけです。その中で、やはり大都市部では、資本集積が起きやすいので色々な、富も集まりやすいし、所得の高い仕事が集まりやすいという問題が出てくるわけです。これも実は世界共通に抱えている典型的な問題です。ですから、社会的な課題解決が、統合化の行く先として求められていることだろうなと感じております。

それから、「統合化を実現するために残された課題」ですが、人材の話は後でたくさん出てくると思うので、私はお金の話をしたいと思います。皆さんご存知のように、日本の研究開発は、民間への依存度が世界と比べて非常に高くなっております。では、民間企業が従来のような形で、基礎的なレベルまで含めた、研究開発を、負担していけるかと言うと、今日的には難しくなっております。この理由についてだけで1時間ぐらい話ができてしまうのですが、そういった現実があります。ノンプロフィットな範囲、つまり、短期的な利益を必ずしも追求しなくていい、しかし、長期的に社会的な解決を目指すための資金がどうしても必要となるわけです。それは税金か、民間からの寄付金になるわけですが、寄付金の蓄積が、日本では非常に薄いので、いきなりアメリカに追いつくのは大変です。ただし、アメリカの大学では、ハーバード大学やスタンフォード大学が有名ですが、実は寄付金が急に大きくなったのはこの30年ぐらいです。アメリカは戦略的に、例のバイドール法も含めて、民間から大学へ資金を上手く誘導していった経緯があるという点がポイントかなと思います。

それから、「誰が何をすべきか」ですが、企業の側に求められているのは、先ほど「オープンイノベーション」について少し申し上げましたが。はっきり言ってまだ日本の企業には、エコシステム的に閉鎖的な部分がございます。ですから、他の大企業の技術であれベンチャーであれ、外側から開かれた技術を取り込んで、真剣にビジネスに仕上げていく力はまだまだ弱いです。これをどういうふうに高めていくかについては、会社自身がいろいろ調整すべき課題があって、場合によっては自分自身に対する痛みを伴う改革も含めて、挑戦していかなくてはいけないだろうな、と思います。

あと2番目の論点について、先ほど大阪大学のお話を聴いておりまして、「なるほどな」と思ったのですが、実は、最近私がある有識者会議に出した資料が炎上しております。大学は、今日の議論のような世界の頂点を目指して、人類全体に貢献する人材と、地域に根ざして、地域に必要なサービス産業等に従事する人材と、教育方法を変えるべきではなかろうかと、私は提案しています。トップクラスの総合大学は、まさに先ほど馬場先生がおっしゃったようなことが大事で、逆にローカルな、地域に根ざす、偏差値平均的な大学は、もっと職業技能的な専門性、実学性を重視すべきだろうと、二つに分けた議論を書いたところ、あちらこちらから批判を浴びています。「全ての大学がアカデミアだ」と言われていますが、高校を卒業した生徒の約半分が大学に進学する中で、「いや、そうかな」と個人的には感じているので、現実社会に少しでも役に立ってもらうために大学の整理をぜひやっていただきたい。

あと、人材発掘・育成の問題ですが、先ほど少し申し上げましたが、これはキャリアパスの問題が大きいと思います。まず文系と理系を分けること自体が、ひょっとするとこの世界においてはナンセンスです。ご存知のように、シリコンバレーのトップベンチャーキャピタルリストの典型的な学歴は、MBA(経営管理学修士)あるいはJD(法務博士)とPh.D.持ちです。日本で言うと、文系の頂点と理系の頂点を両方持っている人の典型的なパスです。日本でこういう人材が生まれてくる確率は、今のシステムだと極めて極めて低いです。会社の中でも、最近大分なくなりましたけど、事務屋と技術屋を分ける伝統が残っていますので、そういったことをどう乗り越えていくかが鍵だろうなと思います。以上です。

吉川

ありがとうございました。冨山さんに追加の質問ですが、「現在社会が抱えている課題解決」について、ご講演の中では、プラットフォーマーや、キーコンポーネントプレイヤーが大事だというお話は理解できたのですが、地方創生において、つまり冨山さんの用語で言うと、グローバル経済社会に対するローカル経済社会において、統合化の持つ意味について、もしお考えがあれば聴かせてください。

冨山

はい、ありがとうございます。ローカル経済社会というのは、地域という単位で物事を動かしていかなければならない要素が非常に高いんですね。先ほど交通システムの話がございましたが、実は私共は、東北地方の過疎地でバスを運営する会社を経営しています。そういった事業領域での軸というのは、いわゆるバス産業と言うよりは、エリアの交通をどうやって運営していくかが、意味のある事業の運営単位になるわけです。そうしますと、例えば市、場所によっては複数の市町村といった単位で社会システムというものを回していかなければならなくなります。そうすると次は、仮に民間の力を使うとすると、そういう単位の事業体をどういうガバナンスで、どういう法体系で回していくのが、公共性と事業性、経済性を両立させるかが課題になってくるわけです。ひょっとすると一つの会社がグローバルに共通にやるという従来型の軸ではなくて、新たな法人形態を考える必要があるのかなと思います。 ちなみにアメリカでは今、公益型株式会社というモデルが登場しています。これは、グローバルな資本市場で要求されるように、単純に資本収益の最大化だけを追求していくと、どうしても地域の地域的な公共性との齟齬が起きやすいことを、明示的に意識したシステムです。日本人だと志論で解決しようとするのですが、これはいかにもアメリカ人らしいシステムで解決しようという提案です。私はそういう仕組みを真剣に作るのは、むしろ日本人の方が本来得意なのではないかと思っていますので、そういった提案も一つ大事なのかなと思っております。

吉川

ありがとうございます。地域でも、やはり統合化システムの持つ意味というのはあるだろう、ただし、公共性と事業性を加味した、公益型株式会社等の新しい形態で、何かを生み出していく必要があるのではないか、というご意見ですね。ありがとうございました。それでは続いて小寺先生よろしくお願いします。

小寺

はい、ありがとうございます。1番目と2番目の論点を混ぜて答えることになると思います。基本的には、基礎から応用までの研究開発とその事業化のエコシステムをどうやって作るかというのが最大の課題です。そのために人と物とお金がどうやって動くか、それぞれに大きな問題があると思います。私も企業と大学と両方で経験がありますが、企業の考え方と大学の考え方は全然違います。特に大学における若い世代の人達、准教授や助教、ポスドク、ドクターの学生の持つマインドはやはり将来アカデミックポジションを持つために、いかに良い論文を書いていくか、いい研究をしていくかということです。良い研究をすると事業化に結びつくかと言うと、そうでもないですね。ところが、良い研究をしていないと、良い成果をたくさん持っていないと、事業化にも結びつかない。私も先ほどお話ししたように、上っ面ばかりなでている評論家みたいな研究者が事業化へ向いても、プロフェッショナルになっていかないということなのですね。

そして、事業化を進めていくと、非常に多くの基礎研究の課題が出てきます。その基礎研究の課題から応用分野までをどうやって回すかですが、応用分野では、やはり大学の先生方は論文が出せないので、なかなか取り組まないため、若い人達が応用分野に手が出せない。Multidisciplinaryな異分野との分野融合研究に取り組むと、下手すると研究遊牧民のように、あちらこちらの分野のつまみ食いになり、それも良くないので、大学研究機関としては、そちらへは行くなと若手を指導していきます。そうすると、どうしても異分野融合、統合化にはつながらないので、やはり我々の世代のシニアの教員が、補完していくことが必要になると思います。研究人材にとっては、インセンティブと評価、キャリアパスの三つが動かないと新たな方向性に向かっていけないわけですね。

お金の面を見ると、今競争的資金が非常に多くなっていますが、基盤経費が逆に少なくなっている。基盤経費でなければ、研究の進化は望めないですね。冒険的な進化の試みは、理解し難い研究が多いのですが、支援する基盤経費をどう支出するか、競争的資金とのバランスが非常に大きな問題だと思います。統合化に対してのサポート体制が、もう一つ重要で、大学の教員と職員の間に中間組織が必要で、その存在感が、これからどんどん大きくなるのではないかと思うんですね。こういう中間サポート人材の育成と、そのキャリアパスの形成が大きな問題としてあるではないか。いろいろなところでいろいろな試みがされていますが、まだまだ日本では成功事例がないので、成功事例をどこでもいいですから作っていって、モデルとしてみんなが取り込んでいくことが必要だと思います。以上です。

吉川

ありがとうございました。追加でいくつか質問です。まず、基礎研究と応用研究と実用化開発の同時進行についてのお話が先生のご講演の中にありましたが、従来言われているように基礎研究から応用、開発、事業化というリニアモデルの時代ではなくなったという認識でよろしいですか?

小寺

はい、そうですね。時間が非常に短くなってきているので、ほぼ同時にスタートしていくことが重要だと思っています。

吉川

はい、ありがとうございました。もう一つは、Multidisciplinaryの異分野融合研究を追求することは、大学としては若手に勧めてないとおっしゃった。

小寺

勧めてはいるのですが、研究者としてはなかなか育たず、中途半端になってしまうのです。私が今所属しているのは機械工学科ですが、機械工学の教育体系の中には、生物学はありません、化学もありません。分野の専門技術者を育成するための教育という意味では、授業の時間を割けないですね。ところが、実際には相反するもので、研究分野はそちらの分野に寄っていっている部分があって、それをどう解決するか。新しい専攻は作るのが難しく、課題として認識しています。

吉川

ありがとうございました。この辺りはいろいろな意見があるのではないかと思いますので、また後ほど議論したいと思います。それでは、引き続き天野さん、よろしくお願いします。

天野

はい。一つ目は、「統合化と言ってもそれで何やるんだ」という質問だと思います。これは言い換えれば目標設定ということだろうと私は思います。今日のテーマは科学技術イノベーションですが、これは、社会のイノベーションに繋がる科学技術イノベーションをどう起こしていくか、と捉えられると思います。先ほど冨山さんがおっしゃったような、少子高齢化やエネルギー問題等、非常に根幹的で避けて通れない重大な深刻な問題に対して本当に正面に向き合っているのか。案外ブレイクダウンしたやりやすいところだけに手を着けているのではないか。真剣味が足りないのではないか、という疑問があると思うんですね。ぜひ正面から取り組んでいく必要があるんではなかろうかと思います。ただ、非常に大きな問題ですから、設定が大きすぎると結局何もやらないで終わるので、小寺先生が取り組んでおられるような、ブレイクダウンしていって、プロジェクトに噛み砕いていくような作業も、ぜひ社会科学系の先生方と一緒に進めていく必要があろうと思います。

それから、冨山さんに先ほどご指摘いただいた交通システムについて、自動運転が出てきたことによって、自動車分野の国際競争の世界がガラっと変わろうとしているということは、まさにご指摘の通りだと思います。ざくっと言ってしまえば、安全で確実に走る、曲がる、止まる、といった車で競ってきたわけですが、もはや、新興国の車であっても、普通のドライバーにとってはもう十分な閾値を超えた製品が出てきているわけです。そうするとこれから先は、よほどのオタクの人を除けば、どの車を買っても必要な機能や性能は満たしているわけですから、価格競争の世界に入ってくるに決まっているわけです。そこで、現在の車は電子制御が進んでいるから、きちっと走って曲がって止まれる車だったら、ネットワーク系にコマンドさえ入れてやれば、意のままに操れるじゃないか、というのがGoogleの自動運転の意欲的な取組みだと思います。従って、高付加価値を生む部分はそういったところに取られてしまうんじゃないかという懸念がいろいろなところから出ている。ただし物事はそう単純ではなくて、車両単体だけではなく、法制度も変えなければいけないし、精緻な地図やいろいろなインフラを、社会全体で構築して初めて実現するわけですから、総合力が非常に問われる。日本は非常に固有な環境下にあるとしても、ぜひ先んじていけるようにしていきたいというのが目標です。

それから、「誰が何をすべきか」という点、また後から議論もあるかと思いますが。人材について、いろいろな研究をして、そこで蓄積した知見を持って、それを発展させる能力も重要ですが、統合化のためにこれから求められるのは、誰も体験したことのない新しい課題が目の前に設定された時に、一番早く咀嚼して、作業レベルにブレイクダウンして、研究あるいは開発に着手できるという、微分の能力ではないかと思います。これは、塾に通って必要な知識をしっかり覚えて、センター試験でいい点を取るのとは全く違った能力ですよね。大学に入学した人達が、これまで身につけてきたのとは全く違った能力を、そこから先、社会人になった時も含めて、どうやって獲得するか。大学の中にあっても、社会人になっても、実体験の機会をとにかく作っていく、異なった環境の中でキャリアを積んでいく、あるいは似たような環境の中でも、異なった役割を担うという選択もあるかもしれません。ゼロスタートで誰が一番早く、その新しい技を身につけることができるか、そういった人材をどうやって作っていくかということが課題ではないかと思います。

吉川

ありがとうございました。天野さんにも追加の質問ですが、先ほどの冨山さんのご講演の中に、交通システムの将来イメージとして、安全で快適な移動ツールになって、物ではなくて、サービスにお金がいくことになるのではないか、という指摘がありましたが、そういった冨山さんの見通しに対しては、基本的には賛成ですか?

天野

私もそう思います。自動車だけではなく、歩くこと、自転車、公共交通等、いろいろなものを組み合わせて、ドアトゥードアをいかに構成するか。それから、移動は目的ではないですね。行った先で何かをしたい。行った先でのビジネスなり観光なり、その目的に照らして間を繋ぐのが移動ですから、これを総合的にアレンジして、エージェント機能を果たすようなサービス、これが求められてきた、高付加価値サービスになるのではないかと思います。

吉川

高付加価値を生む部分はサービスにいくけれども、物としての自動車も売り続けますということですか。

天野

一つよろしいですか。実は9月にアメリカで国際会議があり、フォード会長のフォード4世と、GM社長のメアリー・バーラさんがキーノートスピーチをされました。その中でジャーナリストがフォード会長に、「これからソフトウェアだとか情報のウェートが増えてきますね。フォードはどういう企業に変身するんですか?そういうことやるんですか?」と聞きましたら、「いや、私達はハードウェアを作って売り続けます。ソフトウェア等のエンジニアを自前で育成したってろくな者にならない。世界を探せば、一番優れた人材がいっぱいいる。そういう人達がより活躍できる場を提供する、プラットフォームを提供する。そういう形の役割を自分達が担うんだ」とおっしゃっていました。そういうことが一つの方向性ではないかと思います。

吉川

フォードも新たな形のプラットフォーマーを目指しているということですね。もう一つ、人材について、とにかく人がやらないこと、誰も経験したことがないことに最初に挑戦することが大事だとおっしゃいました。「なるほどな」と思いました。ゼロスタートができる人材、一番風呂に入ってともかくやってみるというようなタイプの人材は、育成できるものでしょうか。

天野

私よりも10年ぐらい上の世代の方達が、例えば私はトヨタ自動車ですが、自動車はもう少し上ですかね、入社した時は、海のものとも山のものともつかない中で急成長していました。人が足りないものだから、やりたい放題だったんですよね。あちらこちらで失敗だらけでしたが、とにかく業績が伸びているから物が出ている、人が増えていくから偉くなっていく、こういう成長過程にあったわけです。しかし今はそのような構造は難しいですから、やはり泥臭いところから、たいそうな大きな構えでなくても、自分の手で仕事をして歩んでいくというような機会を作っていく。それから外へも出ていくことも重要だと思います。

吉川

ありがとうございました。お待たせしました、馬場先生、よろしくお願いします。

馬場

今統合化、総合化と非常に言われていますけれども。こういう時にこそ、講演の中で申し上げたように、いわゆる深掘りを絶対に忘れてはいけないと思います。理想は深化と統合化の両方を同時にやることだとは思いますけれども、やはり深化あっての統合化だと思いますので、時期はずれても構いません。世の中で何かがブームになっている時には常に、その逆を必ず抑えておくことが、将来のためにはぜひ大事なことで、特に大学はそれが求められていると私は思っています。社会の中での大学が、企業とは異なる役割をある程度分担しておかなければ、みんなが同じことを考え同じ方向に進むことになり、非常に危険だと、大学の立場からは今強く思っています。ところが一方で、社会に大学が対応できていないと言われています。これは人材を誰が育てるかという問題に繋がるかと思いますが、私達がいかにいろいろなことを経験するかが課題だと思います。すぐにはとても無理なので、いかに教員、特に若い教員がどれだけ多様な社会体験をするかだと思います。ただし、経験ばかりに気を取られないで、自分のやるべきことはやる必要があります。今、大学ではそれが非常に難しい状況に追い込まれています。1人で両方やるというのは非常に難しい。分担しようと思うと人が足りない、どう分担するんだという問題があるように思います。ただ、繰り返しになりますが、統合化の裏には、必ず深化が伴うことは、絶対に忘れてはいけないと考えています。

それと、先ほど、「共同研究講座が50近くになりました」という話をしましたが、全て理科系です。ほとんどが工学系と医学系に集中している。文科系が全く動かない。それで文科系にもいい仕掛けを作ろうと、アプローチはするんですが。企業の方も動きません。商社等が新しいアイディアを大学に持ち込んで「一緒にやりましょう」という提案はなかなかしてこない。大学がすべきだろうけれども、これがまだできていない。これからの大きな問題だと思います。大学の中に、文系理系両方の共同研究講座ができるようになれば、融合化は進むだろうと思っています。

今のように、色々な融合化、統合化と言っている時に、学部教育が4年でいいのかと強く思います。高校を卒業して大学に入ってきて、文系学部を4年で出て、融合化に本当に役に立つのか。これだけ長寿社会にもなったわけですから、大学も思い切って最低でも6年、理科系は6年プラスアルファにしないといけないのではないか。「役に立つ奴を大学は育てろ」としょっちゅう言われます。6年も教育をやっているのに育てていないと怒られますけれども、それは時間が足らないことも一因だと思います。人も足りません、時間も足りません、金も足りません。泣き言ばっかりですが、それが現実のような気がします。あと、ご承知だと思いますが、国立大学法人化して10年です。それまで知財という概念は大学に存在しなかった、産学連携も存在しなかったということだけは覚えておいていただきたいと思います。始まって10年の間に、まだまだ道半ばですが、とんでもなく変わってきているとは思います。取り敢えず簡単ですが以上です。

吉川

ありがとうございました。統合化の前のプロセスとして深化が大事ということをおっしゃいました。大阪大学の共同研究講座制度は非常に成功しつつあるということで、我々もいろいろとお話を聴かせていただいたことがあるのですが、企業の方も、大学の基礎研究に対する期待が大きいので、共同研究講座を開設していると理解していますが、よろしいですか?

馬場

「こういうテーマをやりたい」と企業が言ってくる時には、1対1の共同研究としてやることが多いですが、共同研究講座や協働研究所として進める時は、まず分野だけを決めて設置していただいてからテーマを設定するという形にしています。そのお陰で、2千平米ほどの場所を大学の中に作って、研究所が移ってきている企業もありますし、大体年間5件ぐらいずつ増えていると思います。

吉川

ありがとうございます。それと、共同研究講座は、理学・工学系が中心で、人文社会科学系がないというお話ですが、これは、いろいろなところで指摘を受けている点で、CRDSの中でも、自然科学系の先生と、人文社会系の先生が、どうやって協調できるのかという議論をしています。自然科学系の先生は、人文・社会科学に対するリクワイヤメント、ニーズを非常に強く持っているにも関わらず、人文社会科学系の先生は、経済学の一部の先生を除くと、非常に関心が薄いという感じがするのですが、大阪大学の中でもそういう感じですか?

馬場

私が誤解しているかもしれませんが、文科系は個人プレーの先生が非常に多いですね。チームを組んで何かのテーマに関わることは意外に少ないようですが、理科系はチームでやることがほとんどですので、両者に大きな差があって、一緒にチームを組むのが非常に難しい。チームとチームが組むなら、その中の気の合った者同士で人間関係を築くことから始められますが、候補となる文科系の先生が1人しかいないという場合があります。上手くいった例としては、基礎研究が進んだ段階で海外展開をするために、その地域の文化に詳しい先生を企業が欲しがって、共同研究講座に取り込んだことがあります。企業を通じてなら、文系と理系の融合はできますが、辛いですが、大学の中では、文系と理系が組めないという、変な構図になっています。それが実態です。

吉川

冨山さんの話では、アメリカではMBAを持ったPh.D.の人がたくさんいるということですが、日本ではそういう状態に近づくにはまだ時間がかかるということでしょうか。

馬場

そうですね、大阪大学でもMBAではありませんけれども、工学部と経済学部の両方の修士号が取れる、ビジネスエンジニアリング専攻を作っています。 8割ぐらいは、工学部の学生が経済学部に行きます。その逆パターンはまだ数人です。文系の方が理系には非常にとっつきにくいのが現状ですね。まず基礎的な単語を理解するのに非常に苦労されますので、そこを上手に教えてくれる人が必要だと思います。

吉川

そういう意味では自然科学系のカリキュラムの中に文系のカリキュラムを入れてった方が早いのではないですか?

馬場

たぶんその方が早いと思います。でも、それでは本当のリーダーは育たない。やはり、文系の人が身軽ですし、いろいろな自由な発想をされますので、文科系の方も全体を統合できるようにならないとだめなような気はします。

吉川

ありがとうございます。この辺も非常に大きな論点なので、また後ほど議論したいと思います。それではずいぶんお待たせしましたけれども、住川さん、プレゼンテーションと全体のお話を聴いた上でのコメントをお願いします。

住川

住川でございます。最初にCOCNの紹介をさせていただいて、今日の話題に関連する私共の取組みの一部をご紹介させていただこうと思っております。

COCNは、日本の産業競争力を、どうして強くしていこうかという思いを持った有志が集まった協議会としてスタートしたわけでございます [スライド1]。科学技術力の強さをイノベーションにどう結び付けるかを検討することを目的に、2006年に設立をしたものでございます。企業では34社が現在メンバーになっておりまして [スライド2]、ものづくりメーカーのみならず、電力会社、鉄道会社、製薬会社、商社等、幅広い方々に入っていただいています。四大学と産総研にも特別法人として入っていただいております。小さな軽いフットワークの事務局と、組織体制で活動することを運営の基本にしてございます。

これが2006年から取り組んで参りましたテーマでございます [スライド3]。テーマによっては数年に渡ってやっております。横軸が時間軸で、縦軸が分野でございます。そのテーマ内容の分布は、資源エネルギー環境関係が約4分の1、基礎技術関係が約4分の1というバランスになってございます。目的は最初に申し上げましたように、21世紀になってグローバル化が必要になってきた。幅広い視点からの競争力強化、産業競争力の強化を、どういうふうにして進めていこうか、意見を持った者の集まりでございます [スライド5]。それをベースに、今年で約9年になるわけでございますが、産官学のプラットフォームの構築を進めて参りました。

今までの取組み例の一部でございますが、例えば産学共同研究で申し上げますと [スライド6]、中村理事長のお話にもありました、昨年から文科省が推進しておられるCOI、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議を中心にスタートしたSIP、ImPACTにも関わっております。これらは、我々がずっと主張して参りましたように、実用化研究の試みにおいて、目標や目的、即ち到着地点をはっきりさせて、バックキャスティングで課題を摘出整理した上でロードマップを作り、それに従って研究を進めていこうというプロジェクトです。更に重要なもう一つの点は、研究のマネジメントについては、特にCOIでは全てのプロジェクトで、企業でのマネジメント経験のある人が進めており、これは非常に大きな進歩、進展であると評価しております。

しかしながら、必ずしも全てが上手くいくわけではありませんで、相互の期待感の中に色々な相違があるんです [スライド7]

例えば、最初の例は安彦鉄と言われた、「超高純度合金鋼の精製」の件でございます。最初に実現された方の考え方もあったのかもしれませんが、なかなか定着しない問題がございます。99.999%のような非常に高純度の合金鋼は、18-8ステンレス鋼にしても、海水中に浸けても全く錆びないとか、0.3%炭素鋼においても、海水に浸けても錆びないとか、非常に特異な性質を示すんです。産業界としては、量産規模で高度な精製ができる手段が欲しいわけですが、学会や研究機関におきましては、数100グラムのインゴットができたことで満足することが非常に多いんです。産業界との間に大きなギャップがございまして、「『死の谷』に対する無関心」と、これは極端に書きましたが、大きな問題だと思っております。超真空下でないと、なかなかこういう高純度の合金鋼はできないんです。真空にするためのポンプ施設自身も、新たに作らなければいけない。「精製プロセスの詳細化」、「制御の精密化」、「分析技術」、真空度の「測定技術」も新しく工夫しなければいけないという問題に対する学会の無関心も、産業界の期待感との大きな差の一つではないかと思っております。

もう一つは、今後の大きな課題ですが、ものづくりとサービスの統合であります。これはシステム化も含めたものづくりと考えていただければいいと思います。この中で特にサービスは、ユーザーの文化的背景が非常に重要になってくるわけです。特にグローバル競争をする上では非常に大切なわけでございまして、産業界としては、自然科学のみならず社会科学系の方々の専門的な知見を応用させたいわけでありますが、異なった学会の間での連携やコミュニケーションというのは非常に難しい状況にあるわけです。これは日本だけの特徴なんですかね、この辺は今日のパネリストの方々のご意見を聞きたいと思います。相互にコミュニケーションをしなくても、存在意義の根幹は揺るがないというところに研究者の一つの拠り所があるんだろうと思いますが。ここでも産業界と大学とのお互いの期待感のずれがあることが、一つの課題であります。

2点目は、人材教育の点について、いろいろと言いたいことがたくさんあるんですが、一言申し上げたいと思います [スライド8]。今日、大学の先生方がいらっしゃいますので、いろいろ議論したいと思いますが、これにも期待と結果の相違がある。例えば、馬場先生が若干触れられましたけれども、知識の付与型の教育ではなくて、疑問解決プロセスの体験、そういうチャンスを通じて、天野さんが言われたように、解決策をゼロスタートで探索する能力を育成するためにも、「基盤原理の理解の重要性」、つまり、疑問があって、何かを知る必要があるなというインセンティブがないと、本当の意味での、身に付いた理解にはならないですね。教育プロセスにどういう形で組み込んでいただくか。これは大学教育だけではなくて、小中学校の教育からの問題でもあろうし、大学における教育学部での教師の養成というところの課題でもあろうと思っております。我々企業におりましても、疑問をぶつけられ、否応なく解決しなくてはいけないという機会に恵まれた者が、やはり大きな成長を遂げているという感じがします。今後誰も経験してない、少子高齢化の問題、日本特有のエネルギー問題、食糧問題等、いろいろな解決しなければいけない新しい課題がたくさんございます。そういうものに立ち向かえるような人材が、今こそ非常に重要なんじゃないかというふうに考えております。以上でございます。後ほど色々な議論をさせていただきます。

吉川

ありがとうございました。追加で1、2質問させていただきたいのですが、先ほど、産と学の間の相互の期待感に相違があるというお話がありました。その中で量産規模での精製手段や、ものづくりとサービスの結合に関して、大学や学会はあまり関心がないというご指摘がありましたが、この辺は、むしろ企業が主体的に自分自身でやらなければいけない領域なのではないでしょうか。

住川

そうですね、その通りだと思います。しかし、最近になって別の要因も加わり状況が少し変わってきています。21世紀になってグローバル化することによって、対象課題が非常に広い分野になってくる、高度化してくる、従って、研究開発投資の額も増えてくる。そうなるとやはり、1社だけで対応するのは非常に難しいという問題もあって、オープンイノベーションが必要だという状況になっています。特に研究機関や大学からいろいろな分野の専門性を持った方々に加わっていただいて、一緒に効率良く研究開発をすることが必要になってきている時代だと思っています。

吉川

ありがとうございました。もしこの産業界の期待に対応しようとすると、大学も教育プロセスを含めて見直していかなければいけない。大学教育の変革のためには、先生の問題、教材の問題、設備の問題等、いろいろな点で、もう少し産業界との協調がないと難しいのかなという感じがするのですが、そのあたりについてもしご意見あれば伺いたいと思うんですが、小寺先生、馬場先生、いかがですか。

小寺

学生の問題を解く能力ですが、今の学生は非常によく勉強します。私達が大学生だった時よりも遥かによく授業に出ていますし、問題を出すときちんと解いてきます。問題を解く能力は非常に上がっていると思うんです。ご指摘のように、真っ白な紙に何か絵を描く能力は、逆に落ちているということです。皆さんご存知だと思いますが、小学校、中学校、高校では、誰かが解いた方法をいかに覚えてそれを真似して問題を解くかというドリルの教育ばかりです。新しい知識を獲得して、それをそのままコピーして利用するという、いわゆるコピー型の知恵や知識の活用については、彼らは非常に長けている。逆に、「この扉開けるべからず」と書いてあると、開けてはいけないという認識に立ってしまうんですね。僕らはテレビや装置が壊れると、必ずねじを外して開けようとしますけれども、「先生、ここに開けちゃだめだと書いてあるから、開けちゃだめですよ」と言ってくるくらいです。実は先ほど冨山さんも言われたと思うのですが、いかに体験させるか、大学へ来てブレイクスルーを体験させるか、ものの考え方の連続性から飛躍して、不連続性を経験させるか、ということなのですね。経験が価値を生むことを理解した学生はブレイクスルーしていくと思います。それが非常に重要です。馬場先生が言われたように、研究をさせることは、そのトレーニングですね。ですから研究を負荷することが重要です。特に博士課程に進学した学生には、産業界からの要請であるということも認識して、ぜひそういう方向へ動いて欲しいと思います。

それからもう一つ認識いただきたいのは、企業が求める知識と、大学で教えている知識は、基本的に少しずれがあることです。と言うのは、企業が求める教育は、どちらかと言うと実践型トレーニングですが、大学での教育は、学部では基礎知識の獲得、大学院博士課程や修士課程では、それをどうやって使うかという使う能力の獲得です。企業ではいろいろな知識を集めてきて、いかに目の前の問題を解くかが問われますが、そのトレーニングが、大学ではなかなかできない。研究の中ではある程度できますが、幅の狭い領域であって、どの領域でもやれるというわけではないですね。ですから、例えば工学部を出てからMBAに行くといったことも必要だと思います。キャリアパスをどうやって作るか、これからの重要な課題だと思います。

吉川

先ほど住川さんは、企業が求める知識は必ずしも実践型の知識だけではなくて、もっと基礎基盤的な知識もあるとおっしゃったと思うのですが、その辺は小寺先生今の認識と合致していると理解してよろしいですか。

小寺

はい、それは確かに必要ですけれども、恐らく企業が必要としているのは、もう少し幅の広い領域を言われていると思うんです。今の学問分野は、非常に狭くなっていて、その狭い領域の専門知識をきっちりつけることが非常に重要視されています。そこで、リーディング大学院や、馬場先生が言われたような副専攻の導入等、知識の幅を広げる試みをやっている最中です。

吉川

今のお話に関連して先ほど地域で求められる人材には専門技能が必要だとおっしゃった冨山さんから、コメントいただけますか。

冨山

大学と言った時に、まず前提として、とにかくいろいろな大学があります。大体こういうシンポジウムでの議論は、東京大学、京都大学、大阪大学等、日本のトップクラスを暗黙の前提にされていて、かつ、Ph.D.までいくような日本全体のトップ1%ぐらいの学生、テニスで言うと錦織選手をどう作るか、といった議論をしているわけですよね。でも、実際に高校を卒業した半分の人が大学に進学するということは、こういうことを言うとまた炎上しそうですが、大半はその他大勢の人達になるわけです。では、その他大勢の人達に、今日の議論が当てはまるかと言うと、私はほとんど当てはまらないと思っています。

特に、文系に関しては、私は東京大学でさえ怪しいと思っています。学問レベルとして、「そんな大したことをやっているのかよ」と正直思っています。先ほど、経済学部の議論がありましたが、私は、経済学部は理系だと思っているので、「東京大学の理科4類にしろと、昔から言っているんですよ。数学ができなければ、経済学で何ができるかという時代になっていますから。現実には、今までは卒業後に入った会社で、世の中で求められている仕事ができるための基礎訓練を学生に行っていたのですが、その仕組みが機能しなくなる中で、大学の新たな役割が問われているわけです。もちろん、例えばトヨタ、あるいは日立の屋台骨を背負っていくようなマネージャーや、エンジニアや、テクニシャンもいますけれども、そういう、一流の大学を出た基礎能力の高い人達は会社の中では一部です。

例えば私共が経営しているバス会社では3,500人くらい雇用しています。恐らく東北地方では最も大きい雇用者の一つだと思っています。そこで社員に求められているものは、例えば大型第2種の運転技術能力、あるいはマイケル・ポーターの経営戦略論より簿記会計です。日本の平均的な大学が、そういう人材を鍛えていますかと言うと、逆に企業がドリルでトレーニングしています。ですから、大学の経営学部や経済学部を出た学生が、簿記会計もできないということは、私に言わせれば、ナンセンス極まりない。財務数字を見ながら経営について議論するわけです。バランスシートは何を意味しているのか、PL(損益計算書)が何を意味しているのか、BS(貸借対照表)とPLの関係を構造的に理解するためには、簿記から始めなければいけないわけです。を。それ抜きに、マイケル・ポーターのファイブ・フォース分析について議論してもナンセンスなんですよ。経済学も企業という経済主体の行動原理を分析する学問なのに、簿記会計が分からなくてどうやって分析するのか。私はそろそろ本音の議論をした方がいいと思います。みんながトップ大学と繋がっている世界に生きているような幻想で学生を引っ張り回すのはもう止めた方がいい。学生もバカじゃないから、そんなことにはもう気が付いています。だから最近、偏差値50ぐらいでも、職業訓練についてはかなりレベルの高い、本当にしっかりと技能的能力を身につけられる専門学校のような大学は圧倒的な人気があります。だから、私は大学の整理はそろそろした方がいいと思っています。

もう1点、文系の議論について申し上げさせていただくと、日本の大学は一般的に、社会科学関係が色々な意味でだらしなさすぎです。特に経済学等の社会科学系は、先ほども言ったように、今や理系の学問です。例えばビッグデータで、最近私共の会社の社員が、東京大学の松尾先生と本を書いたのですが、世の中にある現実のデータをベースにして、実は人工知能を作っているわけです。この人工知能を作るプロセスは、メタな学問ではないです。自然科学系であればデータは実験室で取りますが、リアルな社会のトランザクションデータが取れてしまうんですよね。それをどんどんどんどんディープラーニングによって自己学習しながら、高いレベルの人工知能を作っていくということを現実にやっています。それ自体が、どこまでが基礎でどこまでが応用か、先ほど小寺先生がおっしゃっていましたが、わからない世界で進んでいくわけです。 実は、私共と松尾研究室が組んで開発する人工知能が、実際にリクルート等で使われています。恐らく世界でも最先端の人工知能になっています。これは、リクルートに膨大なデータが蓄積されていて、最高の研究材料としてフィードバックをかけられるからですね。そうなると、この研究では、社会で起きているファクトを分析して、それをマイニングする科学ですから、理系と文系という境目自体が曖昧になってきています。私は理系の人が社会科学を乗っ取ればいいと思います。実際、世界で活躍している経済学者って、元々物理学者や数学者だった人が多いですよね。むしろ文系か理系かという2分法を取っていること自体、時代遅れです。英語では確か、文系、理系という言葉がないと思います。理系が文系を乗っ取っちゃえ、という感じです。

吉川

ありがとうございました。相当過激なご意見かもしれないですが、ここの場では、人文社会科学の先生がいらっしゃらないので、欠席裁判みたいな形になるかもしれません。文系、理系の話、その前の実践型、ドリルでのトレーニング型の教育の話については、小寺先生、馬場先生、何かご意見があるのではないですか?

馬場

一番難しい問題は高校から、どんな学生が大学に入ってくるかということです。今日の講演では触れなかったんですが、こんな高校生を取りたいと、大学も動かざるを得ない状況になりつつあると思います。入試の改革は一つのアプローチになるかもしれません。それと、少し話が飛びますが、私も企業から大学にきた人間です。これを言うと大学に怒られますが、大学と企業の大きな違いは、企業は仕事を奪い合いますが、大学は仕事を押しつけ合うことです。それと、先行投資と失敗というキーワードは大学にはありません。失敗すると終わりです。お金がないので先行投資はしない。この辺を変えないと、大学と世の中が繋がらないと思います。そのためには、やはり企業にもう少し本気になって大学に入ってきてもらう。大阪大学ではアジア人等の留学生を取る時、企業の人にも面接に加わってもらうケースがあります。2年後に企業に入りたいと希望する留学生に、私達だけの面接ではその適正の判断はできない、という理由もあります。大阪大学は地理的に国から少し遠いので、好き勝手を少しやろうと思っています。企業には、もっと本気になってきて欲しい。いろいろなことを経験した優秀なドクターを取りたいのならば、育てるのを手伝って欲しい。本音で言えば、私は、一番優秀な学生は大学に残して、その次を企業に送ろうと思っています。そうしないと日本の科学技術が潰れます。でも、優秀なドクターはたくさんいますので、アカデミックだけでは、とても賄いきれません。本当に優秀な人を良い待遇で企業に取っていただければ、日本の教育レベルは上がると思います。大学で一緒にトレーニングをして、自社で取ってもいいという見極めをつけて欲しいんです。企業は、役に立たないと言うけれども、取る努力を本気ではしていない。大学も同じで、高校生を取る努力を大学もしないとだめだろうと思っています。高校と大学、企業の繋ぎが必要だと思います。

吉川

入試を通じて、大学が学生を主体的に選ぶという方向に変えていきたいという点は、非常に大事なポイントではないかなという感じがします。企業でも、材料調達は、サプライチェーンマネジメントの中でも一番大事なポイントですが、人材育成についても同じ考え方が必要だという理解でよろしいですか。

馬場

誤解を与えるといけません。全部をそうする能力はありません。例えば入学する内の20%ぐらい、あるいは10%をそういう形でやりたい。産学連携についても先ほど、深化と統合化という話をしましたが、大学の力の20%ぐらいが、今の状態では産学連携に注げる力の限界だと思っています。大学は企業にはなれませんので、大学の大学たるゆえを守っていくことは非常に大事だと思っております。

吉川

もう一つ、大学は先行投資はしないし、失敗はできないとおっしゃいました。そういう中で、チャレンジする人材を育成することは、果たして可能なんでしょうか。

馬場

国の予算ではできない。今までできなかったのは、100%国からの予算で運営していた国立大学だったためと理解していただければいいと思います。今大阪大学の年間予算は大体1,500億円です。産学連携で入ってきているお金はたかだか40〜50億円です。しかも、全額丸々大学に入ってくるわけではなくて、その内の8割ぐらいは、企業に成果として返すわけですから、大学が本当に自由に使える、つまり、失敗の許される、先行投資できるお金は、極極微々たるもの、というのが現状です。

吉川

わかりました。小寺先生、何か追加のコメントございますか?

小寺

人文社会科学の人達も、最近産学連携や社会との接続の部分を非常によくやっているのですね。ただ国内だけではなくて、海外でもやっているので、その辺がよく見えないのだと思います。ただし、どうしても学問領域として残しておかなければいけない部分があるので、全員が統合化や産学連携へ向かうことは、私は非常に危険だと思っています。京都大学には3,000人の教員がいますけれども、毎年1%を動かすだけで十分だと思います。1%ずつ行けば、10年経てば300人になります。理系の教授だけで1,000人いますから、300人であれば30%と非常に大きな規模になります。どれぐらいの規模の教員が統合化や産学連携のために動いているのかどうか、今は見えていないのではないかなと思います。

吉川

住川さん、どうぞ。

住川

小寺先生も馬場先生も、企業での経験を持っておられるわけですが、ポスドクと、冨山さんから話があったいろいろな人材が必要だという2点について、申し上げたいんですが。まず、色々な人材が必要だという点については、価値評価があまりにも均一になっていることは大いに反省すべきで、優れた点をいかに見出すかということが、非常に重要だと思います。ご存知のように、企業ではテクニシャンも必要ですし、エンジニアも必要ですし、リサーチャーも必要なんですね。マネージャーも、テクニシャンの中にも必要ですし、エンジニアの中にも必要ですし、リサーチャーの中にも必要なんですね。ただし、経営者には別の勉強をするチャンスも与えなければいけませんが。評価の多様性というのは、企業においては、経営上非常に重要なポイントなんですね。価値の多様性を、ぜひとも日本の教育体系の中で確立していくべきという感じがします。平均値的評価が全てではないということです。 2点目は、ポスドクの件ですが。皆さんも企業経験者だからおわかりでしょうが、私は、博士課程で初めて自分で問題解決をするチャンスが与えられると思うんです。狭い学問領域であれ、世界の最先端レベルがどこにあって、それを乗り越えて新たな進展を見させるためにはどういう手段と方法を使うべきかという方法論を経験した人材なんですね。従って、方法論をきちんと一つ経験していれば、対象が違ってもいろいろな方法でいろいろな類推ができるはずなんです。例えば、T型人材が必要だと民間では昔からよく言います。一つの深い知識を持ち、それをベースに周りの知識を広げていく。その後は、一つの知識だけではなく、二つぐらいの専門性を持ったπ型人材になる必要があるというような、色々な話もあります。つまり、方法論の体現者として、ポスドクを民間が取らないというわけではなくて、ポスドクの人達が新たなチャレンジをすることを躊躇し過ぎているのではないか、という感じがするんですが、先生方はどういうふうに感じておられているのか、ぜひお聞きしたいなと思っています。

天野

私もJSTのRISTEXとCRESTで、領域アドバイザーをさせていただいているんですが、応募してこられる提案書を拝見して、ポスドクの人達が活躍できる場がきちんとあるのだろうかと、大変疑問を持っております。例えば先ほどお話がありました、データ駆動型の科学というのは、大変大きなテーマとして、科学技術基本計画にも挙げられているわけです。ところが、実施段階で細分化されていまして、公募もいろいろな領域でいろいろな形で行われているんですね。そうすると、第一人者の方達の提案書の最後にある実績を見ると、おびただしい数の類似分野の研究をおやりになっている。けれども一つ一つ一つ一つは小粒で、かつ、与えられた課題の範囲をはみ出してはいけないわけです。つまり、一般的な一つの真理を求めようとしても、それはこの期間と金額では無理だからやめなさい、与えられた課題の範囲で成果を出しなさい、という仕組みになっている。従って、せっかく大きなテーマがあっても、途中でブレイクダウンされて、第一線の研究者がそれらを寄せ集めている。本当に世界で戦えるような大きなテーマで括れないという問題は、統合化にとって重要であり、JSTの役割にも大きく関係するような気がしますが、解決が必要ではないかと思います。

吉川

ファンディングのテーマはもっと大きくすべきというお話ですね。住川さんからあった、ポスドクの人達が新たな挑戦をしないのではないかという問題提起に関しては、馬場先生、小寺先生、何かご意見ございますか?

小寺

頭の痛い話で、非常に厳しい質問だと思います。大学院は、修士2年博士3年という教育体系になっていますが、基本的には3年で博士号を出す努力を教員としてはやります。昔は博士号を取るのに5年かかる等、オーバードクターがたくさんいたと思いますが、今は3年で取らないと、いろいろな面でペナルティーが学生本人に課せられますので、基本的には3年で取らせる。そのために指導教員も必死で指導するということになり、あまり冒険をしない。先ほど馬場先生も言われたように、冒険をすると、途中でたくさん失敗をしますので、1年、2年と延びてしまうわけですね。冒険は博士号を取った後、ポスドクの時に大胆に展開していくことが必要ではないか。京都大学では、白眉プロジェクトを5年くらい前から始めています。毎年募集が20人のところに600人くらいの応募が世界中からありますが、その中から冒険心とやる気のある人を採択して、5年間、世界中のどこでもいいので、研究のための予算とポジションを与えています。こういう枠組みは、やはり必要だと思うのです。冒険をするポスドクに対するグラントや、産学連携の中での資金援助、奨学金等の構造を、今変えていかないと、世界に対応できる人間にはなかなか育たないだろうと私は思います。評価の多様性については、常に学生には教えるんですが、成績評価も一辺倒で平均化しているのが、今の現実だと思います。

馬場

私は日本のポスドクに対して諦めに近いものがあります。アメリカの場合は、ポスドクが社会基盤の発展の力に非常になっていると思います。これは世界中から集まってきて、そこで研究して、母国に帰るとキャリアパスがあるためです。日本もかつては、アメリカに行ってポスドクを経験して、日本に帰ってくれば次のキャリアパスが開かれた。ところが日本のドクターを出て、日本でポスドクをやって、次はどうなるかなると、非常に難しいと言わざるを得ない状況がすでに現実となっています。日本の科学技術は、ドクターの学生が支えた方が効率良いのではないか、と私は言っています。小寺先生が言われたように、ポスドク時代を全力で頑張って、アカデミックポストを取れた者はいいけれども、取れなかった人のセーフティーネットが日本にはないのが現状です。ものすごく高い能力を持っているのにそれが使えない。別の分野に行けばと言われても、そこまで頑張った人間を別の分野に行かせるのは、日本としては、非常にもったいないと私は思います。その上で敢えて申し上げますと、日本のポスドクがバイオ分野に偏り過ぎていることが、現状の大きな原因だと思います。いろいろな分野にポスドクがいれば、こんなことはたぶん起こらない。バイオ分野の多くのポスドクを社会が要求してない、無責任ですが、企業が要求していないことも大きな原因だと思います。私は時々講演で「ドクターも使えないような会社は潰れてしまえ」と言うことがありますが、日本の企業は、もっともっとドクターを上手に使えるような力もつけるべきだと思います。大学からの勝手な発言で申し訳ありません。

吉川

ポスドクの問題は、この場では方向感があまり出せないようですね。もう一つ人材関係で、先ほど住川さんから、人材の多様性、そのための評価の多様性が大事だというお話がありました。その中でテクニシャンであってもマネージャーという人が企業としては必要だというご指摘がありました。今日の講演の中でも、冨山さんから、プログラムマネジメントのための繋ぎ人材が大事だというお話がありました。中村理事長からも、プログラムマネジメント人材の重要性、企業人材の活用の必要性について指摘がありましたが、個々の分野での能力知識だけではなくて、それをまとめて力を生み出していくためのPM(プログラムマネジメント)人材、繋ぎ人材について、もし冨山さん追加でコメントあればお聞かせください。

冨山

先ほどバス会社の話をしましたが、我々の会社は、極めてトップレベルのグローバルな仕事もやっているわけです。では、どういう人を採りたいかと言うと、偏差値の高い人材ではないわけです。正解があるものに正解を出すという仕事はないので、先ほどの「テレビの後ろを開けてはいけません」という話しではないですが、例えば普通、企業の会計は正しいことが書いてあるはずなんですが、企業再生案件では正しいことが書いてあることはまずないんですね。まずそこにある計算書類は正しくないという前提に立って、自分でものを考えられなければまずいわけです。そうすると、先ほどT型人材やπ型人材の話がありましたが、やはりある領域で、問題解決、問題発見、課題解決という知的作法訓練を相当経験している人材が欲しい。特にグローバルなトップレベルな人材、あるいはグローバルな世界で戦える人を作っていくことを考えると、ドクターを取ってもらうということは、採る側にとって本来決してネガティブではないはずなんです。弊社でも以前、Ph.D.を取った学生を採用しました。ただし、学問領域が狭くなっていく博士課程での研究の延長線上を、会社でやってもらいたいわけではないんですね。ドリルではない、ものすごく高いレベルの知的作法訓練を受けている、基礎能力が高い人で、バス会社の再建でも、人工知能の仕事でも担える、そういう人材を期待しているわけです。もし、過去においてドクターを雇いにくいという状況があるとすれば、日本では、新卒一括採用がモデルになっていて、ある平均値で切った新卒者をまとめて採用して、まとめて教育訓練をして、その中でローテーションをしながら人を育てるというキャリアパスで、かつ終身雇用制度ですから、例えば27歳、28歳のドクターを持っている人を途中から入れにくいという過去が私はあったと思います。要は、日本のキャリアパスに横の動きというものを作っていかなければならない。恐らく大学の中も縦になっているし、産業界も縦になっているんですね。冒頭申し上げましたが、グローバルエリート人材の労働市場は、国境も、産学も、学学も、産産も、自由に移動するような空間であって、日本は、アメリカと比べたら、そのような空間を作ることが圧倒的に遅れたことが問題なんです。ヨーロッパもどっちかと言うと日本に近かったんですが、最近はかなり横の移動が起きるようになっています。恐らく日米欧で言うと、日本がこの問題においては圧倒的に取り残されています。エリート人材が横に自由に移動することを、会社としても勧めるべきだし、歓迎すべきです。残念ながら日本の会社というのは未だに、エリートを養成してMBAまで取らせて、32〜33歳で辞めた社員に、「裏切り者」というレッテルを貼るんですよ。これが大間違いなんです。弊社はMBAを社員に取らせていますが、「いつでも辞めていいよ」と明確に言っています。大事なことは、自社で5年10年過ごした人材が、世界のトップレベルの舞台で活躍することで、どこのチームに所属しているかは、私はどうでもいいと思っているんです。そういうスタンスを、日本の企業や大学が取らないから、そういう人達に対してけつの穴が小さいことを言うんですよ。もっとけつの穴大きくしましょう。

吉川

ありがとうございました。グローバルレベルでのトップ人材の活用、ドクターの活用、プログラムマネジメントできる人材の活用、いずれも、日本の新卒一括採用制度、終身雇用制度を変えて、横移動が自由にできるような労働環境に変えていかないと、なかなか難しいという、非常にわかりやすいお話だと思います。さて、いろいろなお話がありましたが、先ほどの文系、理系の話に関して、経済学を専門にしているCRDSの黒田上席フェローに、ぜひ一言お願いできればと思います。

黒田

CRDSの黒田と申します。今日は非常に楽しい話をありがとうございました。CRDSにもう5年ぐらいいるんですが、周りは90%以上自然科学者ばかりなんですね。その中で、最初は非常にコンプレックスを感じていましたが、この頃は非常に会話が面白くなりました。分野を越えた交流というのは非常に大切なことだなと実感しています。 今日は、統合化で何を実現するのか、ぜひ確かめたいなと思っていたのですが、お話を聞いているといろいろな方々の意見が少し違っているような気がしています。大学で人材を育成する時に、統合化のための教育をどうやるかという問題と、大学の各科学者が、人文社会科学も含めて、科学として問題を解決する時、研究を深めるためにどう統合化するかという問題と、それから、ビジネスの世界に入った時に、大学卒の学生諸君が、統合化が必要な社会の中で生きていけるかという問題は、たぶん違っていると思うんですね。それぞれが、もしできなかったとしたら、できない理由は一体何なのか、何を解決しなければいけないかということを考えなければいけないんだろうと思います。僕も、慶應義塾大学をリタイヤしてもう十数年経ちますけれども、今日の大学の先生の話を聞いていると、若干がっかりしたんです。大学の教育は企業が何かしてくれないからできないとか、政府が何かしてくれないからできないとかいうのではなくて、大学というのは、どんな総合教育をすべきかを本気になって考える場であり、そのために大学に学問はあるんだと思うんですね。そのことを日本の大学人は、きちんと自覚しないと、本当の教育はできないだろうと思います。 それから、冨山さんのおっしゃったことにはほとんど賛成なんですが、経済学は数学がよくできる人でないとできないという部分もありますけれども、経済学が、統合化にとって非常に必要だとしたら、経済学という学問領域はものすごく難しくて、数学だけでは表せない領域がたくさんある。そういうことに日本の経済学者は気が付いていない。数理的なモデルだけで事足りるとしている。それが一番大きな問題です。もっともっと深く考えると、やはり統合的な思考を持たなかったら、経済学はできないものだろうと、いう考えを、CRDSに来て随分持つようになりました。どうもありがとうございます。

吉川

どうもありがとうございました。大学に対する厳しいコメントであり、また経済学者に対する厳しいコメントではなかったかと思います。さて、これまでの議論を整理させていただいて、その上でパネリストの皆さんから、追加の最後のコメントをいただければと思いますここでの結論を出すつもりではないんですが、どういう論点が出てきたか、今日の議論を整理してみました。

まず1番目の「統合化の推進方策」について、「統合化で何を実現するのか」[議論まとめスライド1]、黒田先生からも、この辺の議論が一番大事ではないかというお話がありましたが、今日の基調講演、講演、話題提供の中で出てきたキーワードを拾ってみますと、「研究開発、ものづくりにおけるパラダイムシフト」、中村理事長から話しがありました。それから、「プラットフォーマー(統合化システムの勝者)とキーコンポーネントプレイヤーへの展開」、要するにスマイルカーブの両端で勝てる人を生み出さなければいけないという冨山さんのお話。それから、「同床異夢で互いの目的のためのイノベーション・グローバル化」、馬場先生からのお話。天野さんからは、「地域主体の社会変革」というキーワードが出されました。それから小寺先生からは、ビジョン、これはCOIに限定される話ではないのかもしれないですが。「ハピネス」、「安寧な社会」、それを「日本から世界へ」展開するというような目標が提示されました。住川さんからは、「産業界のグローバル化に向けた幅広い視点からの競争力強化」、冨山さんからは、「都市と地方の格差問題の解決」の話が出されました。

二つ目の、「統合化実現のための残された課題は何か」について[議論まとめスライド2]、中村理事長からは、「システム、サービス志向の研究開発」、住川さんからは、「複数の物体/概念の統合による価値の創造」という話がありました。また、「ものづくりとサービスの結合」、中村理事長からは、「情報科学技術の活用」。これは、ビッグデータや人工知能のプラットフォーム獲得という、冨山さんの話とも繋がるかと思います。それから冨山さんからは、資金に関する問題提起があって、「長期的かつ非営利目的のための資金」、一般の企業が利益追求のために出せない領域のお金をどうするかという非常に大きな課題が日本には残されているとのお話がありました。それから馬場先生からは、「進化の上に立った統合化の進展」、そして同じく、「学内文理共同研究の推進」という話題が出されました。住川さんからは、「相互期待感からの相違、期待と結果の相違の克服」、こういった残された課題の提示がございました。

次に三つ目に、「誰が何をすべきか」[議論まとめスライド3]、行動が大事だという冒頭の吉川センター長のお話もあったわけですが、中村理事長からは、「大学研究開発法人を中核としたイノベーションハブの構築」。小寺先生からは、「国内外の大学研究機関、企業のネットワーク化」。それから中村理事長からは、「科学と社会市民の共存」。天野さんからは、「モデル都市の主体的取り組みへの官民支援」、たぶん「主体的」というところが大事なポイントだと思います。それから同じく「自治体の共同拠点の整備と広域連携」と、「市民及び企業の自主活動の推進」、ここもやはり「自主」というところがキーワードかと思います。冨山さんからは、「公共性と事業性を両立する公益型事業体の構築」。小寺先生からは、「バックキャスティングによるビジョンの形成」。天野さんからは、「社会的課題からプロジェクトへのブレイクダウン」。小寺先生から、「応用研究と実用化開発の同時進行」、リニアモデルの脱却というような提起がありました。それから天野さんから、「複合的アプローチの同時進行」。これも似たようなコンセプトで、一つずつ順番を追って解決するのではなくて、同時に進めるコンカレントエンジアリングで、問題解決に繋げていきましょうというご指摘です。それから、「学内連携融合組織の構築」というのお話が小寺先生からありました。

2番目の論点として、「統合化推進のための人材発掘育成策」はどうするか。最初の「統合化推進人材に求められる要件は何か」について[議論まとめスライド4]、中村理事長からは、「Multidisciplinary/Transdisciplinary人材」という言葉が出されました。ここで言う「Multidisciplinary人材」というのは、複数の分野の人が連携するという意味ではなくて、Multidisciplinaryの能力を持った個々の研究者人材が必要だということではないかと思います。同じく中村理事長からは、「プログラムマネジメント人材、起業人材」が大事であるとの指摘がありました。同じ問題が冨山さんからは、「プログラムマネージャー型『つなぎ人材』」というキーワードで提起されました。同じく冨山さんからは、「ベンチャービジネスの担い手」。天野さんからは、「地域主体の社会変革の担い手」。それから小寺先生から、「学内教員と職員の間の中間人材」というのが必要であるとのお話がありました。馬場先生からは、「総合力、異分野統合」、同じく「コラボレーティブ・イノベーション人材」、「挑戦心、異分野協働」のできる人材が必要であると提起されました。それから住川さんからは、「解決策を探索する能力」、それから「基盤原理の重要性」を自覚する必要があるとのお話がありました。それから天野さんからは、「未知の課題に挑戦し咀嚼する能力」、こういった様々な要件が提起されました。

続いて、「統合化推進人材をどのように発掘・育成するのか」について[議論まとめスライド5]、馬場先生からは、「教育の多様化、教育へのヒト・カネの投資」が大事である、それから教養課程はなくなったけれども、「研究マインドを育む教養教育」にもう1回チャレンジするというお話がありました。それから産学連携も、「Industry on Campus」を掲げて、大学の中に企業の研究者が入って一体になって、共同研究講座を運営していくという新しい試みの紹介がございました。天野さんからは、「担い手となる住民と地元企業の育成・支援」、いわゆる住民の参加というのは必要ですけれども、地元企業の果たす役割は、地域での統合化システム推進の一つのポイントではないかという問題提起と理解しました。それから住川さんからは、「疑問解決プロセスの体験」。天野さんからは、「課題解決の経験」、小寺先生からは、「ブレイクスルーの体験」というお話がございました。冨山さんからは「グローバルエリート人材/ローカル技能人材の育成」、「文理選択の廃止」というお話もありました。「融合領域の基礎学問領域との関係性」、「インセンティブ、評価、キャリアパスの整備」という問題が小寺先生から提起されました。「教員が多様な経験を積む環境の整備」、「文系学生を教育する理系教員の育成」、「大学の高校生獲得、産業界による大学への社会人育成獲得」、これらについて馬場先生から提案がありました。住川さんから、「多様性の容認と機会平等性」のお話がありました。それから冨山さんからは、「終身雇用制度の廃止、横移動の活性化」、こういったところが方法論として提起されました。

皆さんから発言いただいた全てをカバーしきれてないと思いますし、またこれによって一つの方向が出るわけでもないかと思いますけれども、このような議論を続けて、共通の認識や理解を深めていきたいと思っております。最後に、「いや、そうじゃないんだ」ということも含めて、一言ずつ、住川さんから順番にお願いします。

住川

新しい発見や発展を、今我々が日本で試みなければ、グローバル社会の中で、なかなか生き残っていけないという状況に置かれているわけです。従って、過去の経験が全部悪いわけではなくて、日本的ないいところはいいときちんと認めて、自信を持ってやることが大切であると私は思っております。今大学でいろいろ試みていただいている一つ一つにも、関連する意味があるのだと思います。我々自身、企業としても産業界としても、価値評価の多様化は、本気で取り組んでいかなければいけない。その成果が直接業績に表れてくる時代にやっとなってきたと思っております。今後ともいろいろな統合化に向けて、評価断面の違う方々とのコミュニケーションが非常に重要だと思います。ぜひ今後ともよろしくお願い申し上げたいと思います。

吉川

ありがとうございました。馬場先生。

馬場

大学の立場だけから言っているかもしれませんが、やはり私は、大学はゼロから1を生み出すことに常にトライしていきたい。それを基本としてぜひ守っていきたいと思っております。その上で今すごく多様なことを大学ではやっています。それらをいろいろな経験と組み合わせながらやっていきたい。人も技術も含めて、力強い多様な素材を世の中に送り出すのが大学の主たる義務だと思ってやっていく、産学連携は、その一つの大きな手段としてやっていきたい、そういうふうに考えています。

天野

科学技術イノベーションは、日本だけで起きているわけではないわけです。真理の探究という基礎科学の分野であれば、ひっそりやって結果が出てから持ち出していけばいいわけですが、産業的な分野ではそうではなくて、誰にも方向性の見えない新しい分野が次々出てきている。そうなると、ベストを見つけると言うよりも、グローバルに皆が一緒に歩んでいける方法論を共通で見出しましょう、つまり、自動運転もそうですが、研究の早い段階から一緒に議論しながら、方向性を見出しましょうというテーマが、大変多くなってきています。先ほどの人材育成の議論でもありましたが、経験の機会を増やす、あるいはキャリアパスを作るという時に、国際的な場で、会議に出てただノート取ってくるだけではなく、本当に議論できるか。そういう資質を大学の研究者の方はかなり備えていらっしゃると思うんですが、企業人は全く足りない。大学、ポスドク、それから企業で、多面的な新しいチャレンジのできる人材を、科学技術イノベーション人材として力強く育成していくことが、これから勝ち残っていく鍵の一つだと思っています。

吉川

ありがとうございました。小寺先生お願いします。

小寺

今日はあまり教育については申し上げなかったんですけれども、教育は今非常に多様性が求められています。私は工学部の機械学科の所属ですけれども、私の研究室の学生は、5種類のコースが取れるようになっていて、デザインや生命科学等、いろいろな学生が集まって教育を受けています。問題は、多様な教育を受けた人達の卒業後のキャリアパスをきちんと構成できるかです。企業と連携して、社会へ出していく。それが今からの大きな課題ではないかと思っています。ぜひとも、将来に向けてそういう人達が活躍できる場を、我々は作っていかなければいけないのではないかなと思っています。以上です。

吉川

ありがとうございます。では最後に冨山さん、お願いします。

冨山

先ほどの黒田上席フェローのコメントに関連するのですが、統合化を促進していく時、現実の人間の顔が見えているのか、あるいは現実の社会の様相が見えているのか、そこが私は最後の一番大事なポイントだと思っています。これを抜きに、先ほど黒田上席フェローがおっしゃったように、数字のモデルの世界で遊んでしまうと、わけのわからない、「これ、何やってるの?」という学問領域に、経済学の一部がなってしまうんですよね。統合化においては、やはり人材が鍵であるということだと思います。その中で、統合化をトップで担っていく、あるいはリードしていく、あるいは新しい世界を作っていくような資質を持って生まれた人材、そういう資質を身につけてきた人間というのは、私は天からの預かりものだと思っています。もちろん大学も企業も、いい人材は囲い込みたいと普通は思うのですが、やはり天からの預かりものなので、たまたまある時期は自分達の組織にいるかもしれないけれども、本当に社会や人類のために役立てる場所があったら、それは気持ち良く送り出していくべきで、そういった文化や価値観、人間を大事にしていこうという感覚は、本来日本人にはあると思うんですね。そういった感覚を、大学の人事担当も、学生課の人も、あるいは企業の人事部の人も取り戻して、いい人材の背中を押していくことが大事なのではないかなと思います。以上です。

吉川

ありがとうございました。お約束した時間がきてしまいました。4人のパネリストとコメンテーターの住川さんのご尽力によって、非常に有益な議論ができたのではないかと思っています。このテーマについて引き続き、この会場におられる皆様も含めて、議論を深めていきたいと思います。最後にパネリストとコメンテーターの皆さんに拍手をお願いしたいと思います。

(拍手)

吉川

どうもありがとうございました。

(以上)


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