CRDSシンポジウム

11/7CRDSシンポジウム 「科学技術イノベーションにおける統合化」講演録

教育・人材育成における統合化の現状と課題
馬場 章夫 大阪大学 理事・副学長

大阪大学の馬場でございます。今日お話させていただくのは、大阪大学での活動を実際の例を中心にお話させていただきたいと思います。最初、「教育・人材育成における統合化の現状と課題」というタイトルをいただいた時に、教育と人材育成が分かれているのに、驚きました。普通に考えれば、教育イコール人材育成だと考えると思うんですけども、敢えて分けたタイトルをいただいたので、私なりに解釈をしてお話します [スライド1]。人材育成というのはこの場合、多分出口のことを言っているんだろう、世の中にどういう人を送り出すのだ、というのが人材育成であり、教育というのは、やはり大学が独自に自分でやっていくもの、と勝手に定義をつけまして、今日はお話をさせていただきます。

まず教育について、教養教育のことに少し触れさせていただきたいと思います [スライド2]。大阪大学の場合、20年前に教養課程というものを廃止いたしました。その時の考え方は多分、専門性を重視してのことです。大学に入った時から、専門領域を決めて、段階を踏みながら4年間一貫して専門教育をする。これは先ほどの吉川先生の話で、細分化という話がありましたが、ひょっとしたらその原因かもしれません。ただ私は、細分化ではなくて深化であって欲しいと思ったし、そう思ってこれは作ったんだと思います。一貫教育をして、今までよりも高いレベルの専門家を作るんだ、と意気込んでやった制度だと理解をして、それから20年が経っています。その間に、皆さんよくご存知ですが、最近はキーワードとしてグローバル化、イノベーション、統合・総合、異分野融合、そういう話になっています。こういう専門教育を重視したシステムが、今これにそのままで対応ができるわけがない、というのが一つです。なので、教育プログラムのミスマッチが当然起こってきています。当然対応してきてはいますけれども、基本的にそういう問題があると思います。その結果かどうかはわかりませんが、最近いわゆる基礎的な、基盤的な研究をする博士後期課程にまで進む学生が激減をしています。なかなか総数の統計では現れてきませんけれども、分野毎に博士後期課程を見ていきますと、充足率が半分を切るところもあるぐらいです。

さらに詳細に中身を見ていただきたいと思います [スライド3]。博士課程の学生は、留学生、特にアジアからの留学生が相当の割合を占めています。加えて今、論文博士というのが少なくなっていますので、博士号を取りにくる社会人も多くを占めています。その結果なんとか充足率を保っているというのが現状です。日本の場合、いわゆるポスドクが世界から集まってきて日本の技術を支えているという状態にはなっていません。少し極端な言い方をすれば、博士後期課程の優秀な学生が、どれだけ多くいるかということが、日本の社会基盤技術を支える大きな要因であるいうのが、私の考え方の根底にあります。大阪大学では、高校から大学に入ってきたほとんどの学生が、「研究型の総合大学だから、多様な教授陣から学べると思っていたのに・・・」という言葉を口にします。大阪大学は研究型の総合大学だと思って入ってきたので、多様な分野の多様な素晴らしい教授陣から研究の内容が学べると思っていたけれど、実際にはそうではないという不満が聞かれます。大阪大学としてこれからやろうとしているのは、いわゆる研究マインドを育むような教養教育をやってみたいということです。来年度あたりから本格的に始めたいと思いますが、初年次教育も、実際に研究をやるかどうかは別として、とにかく研究マインド、「君達は研究者になるんだ」という方向に向けられるような教養教育を進めていきたいと思っています。

これは一つの例として「副専攻・副プログラム」というものです [スライド4]。当然、学生は主専攻を学びますが、それに加えていわゆる副専攻を学ぶというものであり、専攻が2つあると思ってください。これは理系文系を問わずに、自由に全学科から選べるような形のものを、メニューを出して実施しています。なかなか全員に強制というところまではいきませんが、この2〜3年で履修学生が多くなってきました。ほとんどの学生が、自分の主専攻以外のものに興味を持ってくれて動き始めたところです。 次に「マルチリンガル・エキスパート養成学部プログラム」というものを来年度から始めようと思っています [スライド5]。ご存知のように大阪大学は、旧大阪外語大学と合併をしていますので、非常にたくさんの言語の専門家を目指す学生がいます。大阪大学の場合は、いわゆる専攻でいうと25専攻、すなわち25種類の言語の専門家が揃っています。まずはその外国語学部の学生に、言語のプロとしてだけではなく、別の素養を付けて世の中に送り出したいと思います。実際に、工学部と言語文化部の学生と一緒に、インターンシップを外国でやるとかいった試みをしています。そういうことをベースにして、この「マルチリンガル・エキスパート養成学部プログラム」を来年度から始めてみようと思っています。

これは、どこの大学も進めようとしていますが、学事暦の改革として、大阪大学もクォーター制度というのを入れようと思っています [スライド6]。多くの大学は、セメスターで、第1セメスター、第2セメスター、それぞれを二つに分けてやろうとする大学が非常に多いと思いますが、大阪大学は少し様子が違っております。第2学期は、第2学期そのものではありません。全体を4分割して、第1学期、それから夏学期、第2学期、第3学期と分けたいと思っています。大阪大学の大きな特徴は、これを全部の学部を統一的にします。非常に難しいと思います。実際には、文科文化系・理科系を同じタームに分けるのは、非常に困難が伴います。多分だからどこの大学も、自由度を持たせたソフトな形でスタートして、そこから統一的に進んでいると思いますが、大阪大学はちょっと乱暴ですけど、こういう形をとる予定です。そうしないといわゆる横串を刺した文理融合ができないという考え方です。

もう一つ、教員のクロスアポイントメント制度というのを、企業相手に始めたいと思っています [スライド7]。法的に解決すべき事柄も多く、なかなか難しいんですが、両方から給料をもらえるような仕組みにしたいと思います。

時間が少なくなってきましたので人材育成の出口について、少しお話しをします [スライド8]。大阪大学では、平成18年に、「Industry on Campus」というキャッチフレーズで、共同研究講座システムというのを作っています [スライド9]。従来の共同研究というのは、企業からテーマとお金をいただいて、大学が結果をお返しするというのが共同研究でした。でもよく考えると、これは受託であり、もっと悪く言えば下請けです。企業の方から、「人もテーマも来て欲しい、人は常駐で来て欲しい」というのが基本的な考え方です。

共同研究講座というのは、大学の中に、企業の人、研究者やその講座を運営する人にも常駐をしてもらいます [スライド10]。もちろん機密保持が保てるクローズした環境を整備して、一緒にやる、それが本当の共同研究ではないかと思います。もっと本気の研究テーマを大学でやりましょうという考えと、オンキャンパスというのを非常に大事にしています。私達が企業に出ていくのではなくて、企業の方からキャンパスに来て欲しい、この思いは、ご存知のように大学は予算削減で、人がどんどん減っていく可能性があります。なので、それを補うのに、人・物・金が全部外から来て欲しい。私達が行くのは御免被ります、と言うのは身勝手に聞こえると思いますが、「大学のポテンシャルを上げるにはキャンパスに居る研究者の数が絶対に必要です」という考え方で、企業から研究者を招いて、それを大学の力に使いたいという思いがあります。それをやることによっていろいろなメリットがあります。交流ができます。それから学生の就職に関しても人をじっくりと見てとっていただける。実際にそういう事例が起こっております。詳細は省きますが、今言いましたように、とにかく企業から常駐して来ていただいて、一緒に講座の運営をするということです。ここの教授は企業の方になってもらっています。常駐していますので、事前にテーマもきちっと決めなくても、臨機応変に相談して決めながら、または変更しながらやっていける、そういう講座を作っています。寄付講座とは異なるものであり、あくまで共同研究ということで、ご理解いただければと思います。

共同研究講座の大きなものが「協働研究所」とご理解ください [スライド11]。この「協働研究所」が入っているのが、大阪大学のテクノアライアンス棟という、吹田キャンパスのちょうど真ん中にある建物です [スライド12]。ここは大学の先生が取ってきたプロジェクトは、入れておりません。企業にお貸ししています。それはいろいろな理由がありますが、結果的には非常に良かったと思います。化学企業や電機メーカーなど、いろいろな企業が入っています。異業種が相互に交流をするようになりますし、ここには現在200名の企業の方が常駐をしています。そこに先生方が、学生も含めて常に出入りするというスタイルをとっていいます。今日は時間があまりありませんので、中身のお話はできないと思いますが。平成18年にスタートをして、共同研究講座が現在37個、いわゆるその大型版の協働研究所というのが6個、合わせて43の講座・研究所が今、吹田キャンパスにできています [スライド13]。それがどういう数かというのはちょっとおわかりにならないと思いますが、私が所属していた工学部、工学研究科は、大体、大阪大学全体の人間においても予算においても、大体4分の1を占めており、そこで120講座ほどあります。これと比べていただければわかりやすいかと思います。今は、ほぼ50講座になりましたが、もし100講座までもっていけば、何か新しいことができるんではないか、大きなうねりが起こるのではないか、というふうに考えています。

学にとって、共同研究講座というのが大きな勢力、財産になりつつあると思います。財産という言葉が出たので、少し横道に逸れますが。大体この1講座、人件費を除いて3年で1億円の規模で動いています。人件費は企業から常駐で来ていただきますので、基本的に大学からは払わないということになります。研究費として大体年間3千万円であり、もう10年続けている講座もあります。やっぱり10年続けると、そこでポスドクを雇う、あるいは大学院生を雇う、大学の教員を雇うという現象も起こってきています。そういう意味では流動化を図れてきていると思います。私は、企業と大学が同じ目標に向かって動くというのは、少し無理だと思います。同床異夢でもいいから、お互いの夢を目指して同じ場所でやろうというのが、この考え方の基本になります。

これが最後ですけれども、グローバル化と言っていますが、日本が外に出ていくというよりも、やはり日本に優秀な人をどれだけ集めるかが日本のレベルを上げる鍵だと思っています [スライド14]。日本にどれだけ優秀な人を世界から集められるか、ということが大きなポイントだと思っています。これを大学にてオンキャンパスで産学連携を日常茶飯事のようにやれば、それが出口としての人材育成に繋がるというように考えて今進めています。ぜひとも産学協働で、博士課程の学生のレベルを上げたい、数を増やしたいと思います。先ほど、私100の共同研究講座を狙っていると言いましたが、100講座を受け入れて動かすためには、博士課程の学生がたくさん要ります。研究の原動力になる学生数を増やさないと講座数も増えないと思っています。ということで、最後の結論としてはとにかく博士課程の学生が全ての鍵だというふうに考えています。以上で終わらせていただきます。



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