CRDSシンポジウム

11/7CRDSシンポジウム 「科学技術イノベーションにおける統合化」講演録

科学技術イノベーションにおける統合化
中村 道治 科学技術振興機構 理事長

ただいまご紹介をいただきました中村でございます。今日のシンポジウムの一番バッターを務めさせていただきます。 わが国は、GDP世界第3位の大国だと言われていますが [スライド1]、ここ10年余りGDPは伸び悩んでいますし、一人当たりのGDPで見ると、世界で24位あたりを低迷していて、一人当たりで見ると決して豊かな国ではないということです。また、エネルギーや食糧の自給率が低いというのは、昔から変わっていません。資源がない代わりに人が財産であり、高学歴社会を作って勤勉に働けば道はあるというふうに我々は言われてきました。また若い人達にもそう言ってきましたが、急激な少子高齢化が進んでまいりまして、唯一の資源とも言うべき次世代人材という意味でも、大きな課題にこれから遭遇しようとしている、そんな非常に難しい局面に我々はきていると思うわけです。

国としての収支を表すのに普通経常収支が使われますが [スライド2]、様々な産業分野で、製造拠点は言うまでもなく最近は開発拠点まで海外に移転しておりまし、かつては花形輸出産業と言われた電機産業が色々な理由で構造改革をするとか、あるいは近年の輸入エネルギーのコストが非常に増大しているといった中で、例えば今世紀の始まりに年間10兆円ぐらいあった経常収入が最近はほとんどゼロになって、月単位で見ますと経常収支が赤字というような月も現れております。このような中で、わが国が持続的で健全な経済成長を果たすためには、これまでと違う考えを取り入れないといけないのではないか、とりわけ製造業がシステムとかサービス指向になるための変革のスピードが鈍いのではないかと思います。あるいは世界的なバリューチェーン(価値連鎖)を作っていくことで、世界経済の動きの中にもっともっと入っていかなくてはいけない、といったことが今課題として浮かび上がってきたと思います。

従いまして、研究開発とものづくりにおきましても、これまでの延長にない新しいパラダイムを取り入れることが避けては通れません [スライド3]。これまでの高品質・高機能ものづくり産業を支えることが必要ですが、今申しましたシステムサービス指向に産業構造を転換していく、あるいはグローバルな価値連鎖の中に入っていくための研究開発・ものづくりのあり方、ということが今問われております。とりわけ、要素技術の開発と、社会に価値を生み出すというところは、依然として大きなギャップがあるわけでして、これまで死の谷とか色々な言葉で言われております。これを克服するためにイノベーションシステムを作るということをこの10年間言い続けてきたわけですが、これをもう少し発展させて、単に供給者が消費者に直接ものを早く送るということではなくて、市民、社会と科学者、技術者が一緒になって価値をデザインし、ものを作りあげていくといった、新しい考えも今必要になっているわけです。こういった課題は必ずしも日本だけではなくて、世界中で議論されているわけですが、なんとかして我々が一歩先に抜きん出られないか、日本の文化というものを取り入れて、日本流の新しいパラダイムを作れないかと思うわけであります。

知の統合については、これまでも様々なところで議論されていて [スライド4]、先ほどの吉川先生では100年前からやっているというお話でございましたが、今世紀になっても、日本学術会議が2007年に「認識科学と設計科学における知の統合と連携」という提言を出されています。私も読ませていただきましたが、非常に目の前が開けた、明るくなったような気がしました。その後、吉川先生が第2種基礎研究という考え方を経済産業省産業技術総合研究所(産総研)において提案されていますし、最近では、JSTのCRDSが「知の統合のための課題設定モデル」を具体的に検討し、CRDSの活動に使っております。また、ご存知でない方もおられるかもしれませんが、横断型基幹科学技術研究団体連合という組織がありまして、様々な知の統合の道具として横断型基幹技術はどうあるべきか、ずいぶん議論されてきました。このような試みが日本の中でもされております。

いろいろな知識や技術、モノを統合して、システムやサービスを実現する、逆に実現すべきシステムとかサービスから要素技術開発にいろいろな注文を出すという、そういう取組みを総称して、統合化システム研究と呼んでいます [スライド5]。これからの大きなテーマであろうと思います。この統合化システム研究とは、システムやサービスを目指した統合型の研究開発でありまして、分野俯瞰やビジネス検討、システム要件から出発して、バックキャストで技術を統合化していく。システム研究、実現化研究、あるいは基礎研究を包括的に取り込む、そういうことが重要だと思っております。もちろん異なる専門分野の学問領域を超えた技術融合がその中に入ってくるわけであります。これを実現するためには、大学・研究機関、企業、行政、市民など、いろいろなステークホルダーがオープンな研究開発拠点において一緒に汗を流すということが必要になってくるわけです。その中で人材の育成も進めるべきです。これらを実際に支えるものとして、最近のインターネットの進展、ビッグデータの収集・蓄積・解析の本格化、あるいはコンピューティング技術の進歩など、情報科学技術の進展が大きいと思っております。

このような研究開発の拠点化は、実は今日本で初めて考えたわけではなく、米国のNSF(National Science Foundation)が、1985年にEngineering Research Center(ERC)という構想を出しました [スライド6]。10年単位で拠点を採択して、三階層モデルのもとでシステムサービスを目指した研究から、実現化技術(Enabling Technology)を生み出す研究、そのための科学的知識を生み出す研究、これらを包括的に、ぐるぐる回しながらスパイラルに取り組んでいく、という研究開発モデルを実践しております。現在も全米で15前後の拠点で研究開発を進めているところでございます。わが国では、最近、文部科学省とJSTが、センター・オブ・イノベーション(COI)というプログラムを開始しましたが、このNSFのERCモデルを参考にしたものです。COIにおきましては、未来社会のビジョンからのバックキャストによって、課題を明らかにして取り組んでいるわけです。今年2年目になりましたが、このような取組みが将来に渡って、日本の社会や研究開発の現場にきちんと定着するかどうかが、非常に重要だと考えております。

少し昔のことになりますが、わが国は1970年代から当時の通商産業省によって数々の大型プロジェクトが実施されました [スライド7]。日本の経済成長を達成し世界のフロントランナーになるという非常に熱い思いがございましたし、それに貢献したことはよく知られているところです。この一部は集中研究所方式をとっておりまして、この中には超LSI技術研究組合の超LSI共同研究所であるとか、光応用システム技術研究組合の集中研がありました。太陽光発電技術研究組合も、ファインセラミックス技術研究組合も、技術研究組合オングストロームテクノロジ研究機構も、産総研に研究拠点を作りました。同じ業種の企業や関連する研究機関が多数参加したため、当時は「護送船団方式」だとメディアから非難されました。しかし、こういう取組みが欧米には大きな刺激になって、先ほどのERCも、日本の取組みをモデルとしてアメリカ流にアレンジして作られたと私は聞いています。今はこの当時の通産省と全く同じやり方を取ることは考えておりませんけれども、日本で今から30年、40年前に世界に先駆けてこういう取組みを行ったということは、やはり我々が語り継がなければいけないのではないかと思います。

では、今はどのような取組みをしているか。先ほど触れましたように、昨年度から文部科学省とJSTが始めたCOIでは [スライド8]、10年後の社会ビジョンを定めて、バックキャスト方式で研究開発課題を洗い出して、実現のためのシステム構築、サービス創出、実現化技術開発、基礎研究を包括的に推進しています。将来の社会ビジョンとしては、「少子高齢化先進国としての持続性確保」、「豊かな生活環境の構築」、「活気ある持続可能な社会の構築」、この3つに集約して、この中でビジョンを具体化しています。これまでに12拠点で活動を開始いたしましたが、さらにトライアル拠点もあり、その中からいくつかを正式な拠点として採択するという作業を進めております。先ほど述べたかつての国プロ、あるいはアメリカのERCとの相違は、民間から各プロジェクトのリーダーが来ており、産学官連携が体制として埋め込まれていることです。民間からきたリーダーは、全体の活動を包括的に正しく捉えて、時間軸も含めてきちんとマネジメントするという力量が問われています。

COIの12拠点をすべて紹介すればいいのですが、時間の関係で、京都大学の拠点についてご紹介します。「活力ある生涯のためのLast 5Xイノベーション拠点」という非常に難しいタイトルになっています。パナソニックの方がプロジェクトリーダーになられて、今日もご参加いただいている小寺先生が研究リーダーになられて、10年後には、安心安全な見守りシステムを実現する、あるいは健康情報を集約したゲノムライフクラウドシステムを作って活用する、その蓄積データを活用した予防先制医療を実現するなど、非常にチャレンジングなことを示していただいております。これらは単なる目標としてではなく、この期間の最終段階において、何らかの形で実証実験を行う、あるいは社会に実装するというところまでお願いしたい、と言っているところです。産総研でも、昨年から再生可能エネルギーシステムの研究開発のために、システムから要素技術に至る包括的な研究拠点を郡山市に作って研究を始めています。これは言うまでもなく、原子力発電所の事故の後、福島県を再生エネルギーの県にすることを目的に、国として取り組んでいる施策でありますが、太陽光、風力、地熱などの技術開発から試作、評価、あるいは系統制御などのシステム的な検討まで、この大きな拠点で一貫して行われています。この一角に、文部科学省のプロジェクトを推進する場所を作っていただきまして、量子細線を用いた超高効率太陽電池の基礎研究をやろうとしており、これが上手くいけば、その隣の産総研の試作ラインで実際に試作して、最終的な系統制御まで持っていくというようなシナリオになっています。先ほどのCOIは、主として大学を拠点にして、そこに産業界からリーダーや技術者が参加して一体となってやるという仕組みですが、日本には優れた研究開発法人がたくさんあり、このような統合型の研究を行うという点で極めて恵まれた環境にあるわけです。今回文部科学省でも、研究開発法人を中核としたイノベーションハブの検討をしていただいているところです。大学も研究開発法人も、こういうふうに大きく舵を切りつつありますので、関係する機関並びに産業界は、これを活用していただければいいのではないかと思います。研究開発法人に対しては、大学、産業界が入り込む、大学のハブに対しては、研究開発法人、企業が入り込むという、クロスアポイント制度がその場合有効だと思います。

各国でも、いろいろな取組みをやっております [スライド9]。NSFのERCについては先ほどお話しましたが、イギリスでは、IfM (Institute for Manufacturing)という、製造科学に関する研究所がずっと続いています。ここでは、まさに統合型の研究を製造・ものづくり分野で行うことを念頭に、システム、サービスだけではなくて、ビジネスモデルや政策提言まで含めて、ケンブリッジ大学に拠点を置いて取り組んでおり、非常に注目しています。ホライズン2020でも、巨大な社会システム、複雑なシステムを作る上で、統合型研究が必要である、と言っています。

実際どういう要素技術を生み出して、社会やシステムとどう結びつけるかという点に関して、もう少し時間をいただきたいと思います [スライド10]。わが国は、今年ノーベル物理学賞の対象となった、青色発光ダイオードの例や一昨年の山中先生のiPS細胞技術の樹立に見られますように、革新的な技術が生まれております。これらが実現化技術として、一直線にシステム研究に結びつけばいいのですが、その過程ではいろいろな技術と組み合わせて、つまり統合化することが不可欠です。実現化された科学技術の例として挙げているものは、ほとんどがこの過程を通って、青色発光ダイオードや垂直磁気記録方式、リチウムイオン電池が実現できた、というわけです。従ってその過程では、素晴らしい才能を持っている研究者だけではなく、技術統合によって実現化技術を作っていくもう一つの研究集団が必要です。このような研究集団にもっとスポットライトを当てて評価することが重要ではないかと思います。

革新的な技術シーズを生み出すという点で、材料分野で元素戦略という新しい取組みが始まっています [スライド11]。元素戦略は、2004年にCRDSがこれからの材料研究がどうあるべきかを議論するためのワークショップを箱根で開催して、そこから生まれたコンセプトです。日本は資源がない、例えば高性能磁石に必要な希少金属等の資源問題を考えた時に、新しい考え方で材料研究をやらなければいけない。人類の歴史、あるいは現在置かれている世界の事情、社会の事情を考えて、最終的に未来の物質はどうあるべきか。このような考察のもとに生まれました。30人余りの参加者が議論した結果、「元素戦略」と東京大学の中村栄一先生が命名されたとうかがっております。CRDSのような官のシンクタンクが主導して政策主導型で議論の場を設け、学会・研究者コミュニティがこれに呼応してくださったという、わが国の科学技術イノベーションのモデルケースだと思っております。従来のセラミックスや金属、化学、物理といった狭い学術領域の境界を乗り越えて、議論を交わし共同で研究するためには、分野の壁を越える努力が必要ですし [スライド12]、イノベーションに向けては、さらに産と学が連携する、あるいはそのシステム化に向けては異業種が連携する、まさにいろいろな階層での統合が材料研究にも求められている、そういう時代になったということです。元素戦略では、経済産業省と文部科学省が合同でガバニングボードを設置しました [スライド13]。文部科学省は磁石材料、電子材料、触媒、構造材料などの研究開発拠点を作り、JSTが行ってきた様々な研究をこれに結合し、さらに経済産業省が行っている実用化プロジェクトも含めて、一つのガバニングボードで全体を運営するという形になっています。さらに、最先端の共用施設も十二分に活用されています。すでにいろいろな成果が出ていますが、世界でも非常に稀な優れたシステムができあがったのではないかと期待しているわけです。

昨年から桜井総括、横山総括のもとで始まったCREST、さきがけでのデバイス研究も [スライド14]、従来は一つのデバイス、例えば磁気ヘッド、あるいは新しいトランジスタ構造などを対象としていましたが、今回は材料研究からアーキテクチャ、あるいはシステムアプリケーションまでを対象としています。また各階層でも、個別研究を統合する研究の提案も受け付けているなど、統合化の試みが研究現場でも少しずつ広がりつつあるということを紹介したいと思います。

材料研究やデバイス研究の新しい攻め方として一つ申し上げたいのは、データ駆動型研究開発です [スライド15]。これまでわが国でも、モデリングやシミュレーションを用いた第3の科学について取り組んできましたが、世界はそれを超えて、第4の科学の時代に入っています。つまり、そう簡単に解けない複雑な問題に対して、毎日膨大に取得されているデータを活用して新しい研究開発の方向性を出す、このようなデータ駆動型研究が始まっています。日本でも、医療・創薬、地球環境、防災、材料、宇宙、天文、エネルギーといろいろな分野で進んでいます [スライド16]。日本としては、新しい文化をどういうふうに育てていくか、プラットフォームをどのように作っていくか、問われています。

マテリアルズ・インフォマティクスについては [スライド17・18]、物質・材料研究機構(NIMS)が、MatNaviというデータベースを一部運営していますが、この分野を国として充実させて材料研究者が活用できるようにする必要があります。バイオサイエンス分野では、JSTがナショナルバイオデータベースセンター(NDBC)を運営しております。これは活用する段階に達しつつあると思っております。統合化研究の中で実現可能技術を作る上で、十二分に使っていくということが重要ではないかと考えております。問題は、データ分析ができる人材が日本にいるかということです。マッキンゼー・グローバル・インスティテュート(MGI)の最近のレポートによると、集まってきた膨大なデータ分析して、有用な知見を得ることのプロを目指した学生数は、先進国では日本が一番少ないという結果になっており、どうも我々は、情報を扱う、解析することの価値を低く見積もっており、フラスコやビーカーを使う研究の価値のほうが高いと考える文化があるのではないかと思います。このままでは、新しい波に乗れないのではないかと心配しています。

最近Science 2.0というコンセプトがEUの方から出てまいりました。また、次世代製造技術については、ドイツやGEから新しいコンセプトが出ています。私自身はこの中で議論されている視点が非常に重要だと思います。データを共有し活用して研究開発を進める時代であり、社会や市民も参加する時代になったという考え方が、Science2.0だと思います。明らかに、研究開発のパラダイムが今変わりつつある [スライド19]。我々の強いところは活かしつつ、新しい潮流にも積極的にチャレンジする社会になるべきだと思っております。時間がまいりましたので、私の発表はこれで終了させていただきます。



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