細胞内反応の計算予測

エグゼクティブサマリー

本戦略プロポーザル「細胞内反応の計算予測」は、バイオ生産・創薬の研究開発において実践的に活用できるシミュレーション技術を構築するための研究開発課題およびその推進方法を提案するものである(図)。

生命科学の進展により細胞や生体への化学的・遺伝的介入が可能となった。こうした介入による細胞機能の改変は、疾患治療法の確立や有用物質生産の効率化に寄与してきた。本戦略プロポーザルでは、こうした技術をさらに発展させるために細胞内反応と細胞全体の機能を結び付ける統合的シミュレーション技術の構築を目指し、介入に対する細胞機能の応答を計算機上で予測する基盤技術の確立を目的とする。


図 本戦略プロポーザルの概観

細胞はタンパク質、核酸、脂質など多様な生体分子によって構成される。これらの分子の相互作用によって代謝、シグナル伝達、遺伝子発現制御といった細胞内反応が生じる。細胞の機能はこれらの反応を通じて発現し、その影響は細胞集団から個体レベルにまで波及するため、生体機能の基盤は細胞内反応にあると言えよう。従って「狙った機能を特定の細胞に発現させる」「特定の有用物質を微生物に効率的に生産させる」「疾患の原因となる細胞にのみ薬剤を作用させる」ためには、細胞内反応の理解と最適な介入条件の同定が不可欠である。

しかし、バイオ生産・創薬の主たる反応場は生体内であるため、関与する生体分子の種類が多い。細胞内の生体分子だけでなく周囲環境や近傍細胞の影響も考慮する必要がある。そのため、細胞内反応の全体像を実験のみによって把握することは難しい。膨大な回数の実験による試行錯誤が必要なため、時間的・経済的な負担が大きく、最適な介入条件の探索と同定は研究者の経験に基づいた範囲にとどまることが多い。これを克服するには、介入に伴う細胞内反応の変動や機能応答を精密に予測し、仮説検証を可能とする高度なシミュレーション技術が必要である。しかし、現状のシミュレーション技術は想定できる条件・変数に限界があり、また計算モデルごとに時空間的な適用範囲がそれぞれ異なるなど、実践的に使える場面が限られている。

本戦略プロポーザルでは、バイオ生産・創薬の研究開発で実践的に活用可能なシミュレーション技術の構築に向けて、次の三つの研究開発課題に取り組むことを提案する。

  • 研究開発課題1. 異なる時空間スケールで起こる細胞内反応を接続する。
  • 研究開発課題2. 細胞内反応同士の相互作用や関係性を捉える。
  • 研究開発課題3. 細胞内反応に関するデータを充実させ、計算モデル精度を向上させる。

これらの推進により、バイオ生産・創薬の研究開発において実践的に活用し得るシミュレーション技術が確立されることで、創薬力向上や医薬品開発の加速、バイオ生産効率の向上などが期待される。これは重要物質の対外依存低減や経済的安定性にも寄与する。科学技術上の効果として、生命科学の理解の深化、計測・介入などの基盤技術の発展、データの蓄積およびデータ連携基盤の強化、学際的コミュニティーの形成や人材の育成が期待される。

研究開発課題の効率的な推進と成果の最大化のために、地理的制約を越えた協働を可能にするバーチャル研究所を設置し、長期的なチーム型プロジェクトを推進することが望ましい。初期・中期・長期の目標をそれぞれ設定し、早期から研究開発成果を創出しながら、シミュレーション技術の基盤技術としての成熟を図るべきである。バーチャル研究所からの積極的な情報発信を通じ、新規研究領域としての活性化と定着、協働的発見が生まれる基盤づくりを進めることが求められる。

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