乱れを活かす材料科学

エグゼクティブサマリー

本提言は、材料中に存在する様々なスケール・種類の乱れや状態の時間変化といった空間的・時間的不均一性(以下「乱れ」と表現)を、排除すべき不具合や誤差としてではなく、新たな機能を生み出す起源として捉える研究開発戦略を示すものである。これらの乱れを理解・制御し、積極的に活用することで、次世代の高機能材料創出に向けた設計自由度を提供することができる。

地球環境問題、エネルギー問題、高齢化社会への対応、情報化の進展など、社会課題の複雑化により、従来の均質・静的な材料設計では、その対応に限界があることが明らかになりつつある。材料科学は、これまで一部の材料系に限って行われてきた様々なスケールの「乱れ」の積極的活用を、幅広い材料系に適用していく段階に移行しつつある。本提言は、その変化を体系的に整理し、今後の研究開発の方向性を示すことを目的とする。

提言の核心は、「乱れ」を“避ける対象”から“設計自由度”へと位置づけ直すことである。具体的には、以下の三つを提案する。

第一に、材料科学の出発点を「理想物質」から「実材料」へ転換することである。平均構造や平衡近似に依存してきた従来の理論・計測手法を超え、乱れを本質的な自由度として扱う物性理解として再構築する。これにより、結晶・アモルファス・複合相などを統一的に扱う新しい「乱れ学」の確立が期待される。

第二に、“悪い乱れの抑制”と“良い乱れの設計”を両立させることで、従来両立困難であった性能を突破する道を開く。例えば、粒界、空孔、歪み、界面再構成などを設計変数として制御することで、「高強度×高靭性」―「高効率×高安定性」といった特性の同時実現が可能となる。また、時効硬化や自己修復、動的応答など、時間発展を利用する機能設計にも新たな可能性を拓く。

第三に、理論・計測・合成をデータで結び、AIやシミュレーションを活用した「自律的材料探索ループ」を形成することで、研究開発サイクルを高速化・低コスト化する。乱れの定量指標を見出すことで、実験・計算・AIの相互運用性を高め、世界のAI for Materials Scienceを先導できる。

こうした新しい視点は、国内外の研究動向にも呼応している。政府における「マテリアル革新力強化戦略」や文部科学省が指定した令和7年度の戦略目標「ゆらぎの制御・活用による革新的マテリアル創出」のもと、非平衡状態や不均一構造を積極的に活用する研究が政策目標として位置づけられた。海外でも、米国のMaterials Genome Initiativeや欧州のAdvanced Materials for Industrial Leadershipなど、構造的・時間的不均一性を設計要素して促進する潮流が広がっている。

本提言は、これらの国内外の動きを俯瞰しつつ、理論・計算、計測・評価、合成・製造の各分野を横断して「乱れ」を扱うための共通言語と研究基盤を整備する必要性を提起するものである。今後30年を見据えた日本の材料科学の発展には、静的で理想的な構造を超えて、動的で非平衡な実材料の理解と設計に立脚した研究体系への転換が不可欠である。

すなわち、「乱れ」を “不具合”ではなく“機能発現の起源”として扱うことこそが、材料科学の次なるフロンティアであり、革新的機能材料の創出、産業競争力の強化に直結する。本提言は、そのための材料科学の立脚点と戦略的方向性を示すものである。

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