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食料安全保障と栄養安全保障:歴史的背景と世界が目指す方向性

エグゼクティブサマリー

健康で持続可能な食の調査の一環として、食料安全保障の根幹である安定供給に焦点をあて、本報告書を取りまとめることとした。食料需要に応える供給を実現する食料安全保障という視点だけでなく、ヒトの健康維持に必要な栄養を供給するという栄養安全保障についても紹介する。付録では、食料安全保障に資する研究開発について、2025年11月における最新動向をまとめた。

食料安全保障は1979年の国連「食料安全保障行動計画」を端緒とする、比較的歴史の浅い言葉である。1960年代からの緑の革命によって作物の大増産が可能になり、結果として生じた余剰作物の使途としての、食料援助がその起源である。1996年に制定された食料安全保障の柱は、供給、アクセス、利用の三つであった。その後、作物取引が大規模にグローバル化し、作物貿易が国際経済や地政学リスクによって翻弄されるようになると、経済的にゆとりのある国々においても安定供給が課題となり、2001年に食料安全保障の四つ目の柱、安定が追加された。

1960年代以降、大量供給が可能になった作物を利用して畜産が隆盛し、人類の畜肉消費量は劇的に増加した。日本においてもこの約60年間で、一人当たりの肉類消費は3.7倍になり、畜産飼料と畜産物の輸入量が急増した結果、食料自給率は73%から38%まで下落した。畜産を支えるトウモロコシと大豆、そして肉類を大量輸出できる国は限られており、日本を含む世界の多くの国々がこのグローバル作物供給網に依存している。この供給網は気候変動による異常気象や、地政学リスク、国際経済の変調、需給バランスの変化などによって容易に影響を受け、1970年代以降、世界的な食料価格の高騰は何度も起きている。従って、短期的には食料供給の最大のリスクは、こうした異常気象などによるグローバル作物供給網の脆弱性であり、輸入食料への依存率の高い日本はその影響を受けやすいと言える。

日本国内での食料供給に目を向けると、農水産業従事者が減少し、荒廃農地が増加するなど、国内農水産業を維持し、発展させるには課題が山積みである。国内農水産業の維持・発展には、産業政策は重要であるが、生成AIやデータ科学が実用段階を迎えている現在、不測の事態における実行可能な対策を立てるには、国内で必要とされる食料の供給量や流通の状況、国内に存在する活用可能な資源量の把握に加え、生産から流通・消費までを一貫してつなぐデータ基盤が必要である。こうしたデータ基盤をもとに、予測と評価のデータ科学を推進することで、国内で活用できる資源を最大限活用した場合の生産量の予測、燃料や農業資材の供給が滞った際の生産量変化の予測などが可能になると考えられる。また、データを駆使して農業生産の高効率化と経営改善、環境負荷低減などを同時に目指す、スマート農業を推進することで、肥料などの農業資材や限りある農地の高効率な活用につながり、自給率向上を目指すことが出来る。

一方、先進国を中心に不健康な食生活に由来する、生活習慣病が蔓延していることから、ヒトの健康維持に必要な栄養供給を把握するための研究開発が、2020年代前半から世界各地で進行している。健康維持に必要な栄養の摂取に適した食の内容を把握し、肉類の摂取に過度に依存しない食生活へと変容させることで、持続可能な食料供給を目指すこの動きは、次世代の食料安全保障の方向性として、栄養安全保障と呼ばれる。無制限な食料需要に応える食料供給体制を構築してきた時代から、持続可能な栄養供給を模索する時代へと変わろうとしていると言える。


図1 食料安全保障の歴史的経緯と定義(CRDS作成)


図2 持続可能な食料生産を基盤とした健康に資する持続可能な食への変容(CRDS作成)

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